第26話 とある宿屋の受付嬢【1】宿屋のお嬢さん
「少し趣向を変えてみようと思うの」
ユイがふと言い出す。
どうしたんだ一体?
「慣れない環境への適応能力を磨くため、少しの間、あんたには、これから行く世界にとどまってもらおうかと思ってね」
なるほど。今までは単発式だったからな。
シリーズものみたいなもんか。
「ポイントはそこでの行動評価を帰還後にまとめて行うわ。どう?やってみる?」
興味はあるな。ただ……
「ひどい世界だったら嫌だぞ?」
バトロワみたいな世界だったら命がいくつあっても足りないからな。
「そこは極端に酷くならないよう、配慮するわ。まったく危険が無かったら成長に繋がらないから、少しは我慢しなさいね」
それだったらOKかな。
「お題はそうね……これから行く世界で、住人の困り事を一つ解決してくること」
「何でもいいのか?」
それならそんなに難しくはなさそうだが……
「ええ。ただし、何の問題を解決するかも評価の対象になるから。それは忘れないでね」
「わかった。手は抜かないようにするよ」
「それと、帰還には、このベルを3回鳴らしなさい」
手のひら大のベルを渡された。
これを3回鳴らすと帰れるのか。便利だな。
「まぁ、肩肘はる必要はないわ。行ってらっしゃい」
背を押されて送り出された。
◆
視界が開けると、そこは平野だった。
街道があり、三叉路の分岐点に立て札がある。
「西……ユート村、東……パウロの丘」
お、おお~! とても異世界っぽい!
それに空気がキレイだし、風が気持ちいい。
開放感あふれる感じでいいね!
お題は住人の困り事を一つ解決することだったな。
であれば、西にあるという村に行こう!
歩きながら自分の身の回りを確認する。
ひのきっぽい木でできた棒を持っている。
……ってまんま、ひのきの棒じゃねぇか!
あとは普通に布でできた服を着てるな。
……布の服だな。
見事に初期装備だった。
それとカバンを持ってるが、携帯用トイレと回復薬が少々。
携帯用トイレは前回の未遂事件から必須アイテムだ。
まぁ最初はこんなもんか~と、ひのきの棒を軽く振り回しながら街道を進む。やがて村が見えてきた。
よく見る田舎村の風景というべきだろうか。
畑や水田、厩舎や鶏小屋があり、まばらに民家が建っている。一見のどかに見えるが、どことなく、緊張している気配を感じる。気のせいかな?
村に着いた俺はとりあえず、宿屋を探す。荷物を置きたいからね。近くにいる住人に声をかける。
「宿屋を探してるんですが……」
「旅の方かね?あそこに厩舎が見えるじゃろ?そこの右隣が宿屋じゃよ」
親切に教えてもらえた。ありがたいね。
お礼を言い、早速宿屋に向かう。
キレイな宿屋だな。どんな飯があるんだろ?
ワクワクしながら宿屋に入る。
受付のお嬢さんに話しかける。
「一泊したいのですが……」
「いらっしゃい! お疲れでしょう。銀貨3枚になります」
まぶしい笑顔で出迎えてくれた。嬉しいが、それより……
銀貨……とな?
カバンを漁るも、前に確認した通り、携帯用トイレと回復薬が少々……金なんて入ってない。
「もしかして、財布を落とされたんですか?」
心配そうに受付のお嬢さんが声をかけてくる。
「まぁ、そんなもんで……」
絶望に暮れながらも、俺はそう答える。
金ってどうすりゃいいのよ~
「それは大変ですね。今日のところはお代は結構ですから、泊まっていってください」
え!? いいの?
現実社会ではありえない親切さ……
「すみません、ありがとうございます。お金を工面したらお支払いしますので、少しお時間をください」
ご厚意に甘え、泊まらせてもらうことにした。
「ご飯はお済みですか?」
え!? まさかご飯までくれるの? 俺、金無いのに。でも……
「さすがにそこまでご迷惑をおかけできません」
やっぱり甘えすぎはよくないよね。
断ろうとするが――
ぐぎゅるるる~
腹の虫は正直だね。
飯と聞いて腹の虫が盛大に食いたいと主張する。
受付のお嬢さんはクスリと笑い、俺を食堂に連れていき、飯を出してくれた。パンにスープに野菜のサラダ、お肉が少々といった定番メニューだったが、おいしかった。お腹が空いてたのもあるけど、何より、受付のお嬢さんの思いやりが嬉しかった。
日が暮れてきていたし、今日はこのまま泊まることにする。明日はなんとかしてお金を稼いで、余裕があれば課題である住人の困り事解決のために動きたい。
うとうとしながら目を閉じ、自然と眠りにつく。
夜中、ふとトイレに行きたくなり、目を覚ました。
トイレはどこだ?と部屋を出てさまようが、ふと、宿屋の外の裏口あたりから、男の怒鳴り声が聞こえる。
「またお前は、金の無い客を泊まらせてからに! 拾ってやった恩を仇で返しおって!」
怒鳴ってる相手は今日の受付のお嬢さんみたいだ。
「ごめんなさい……でも、どうしても放っておけなくて……お代はこれを代わりにしてください」
上着からブローチを取り出し、男に渡す。
男はふんっと言いながらブローチを無造作に受け取り、さらに追い討ちをかける。
「また同じことをしたら、お前も売っ払っちまうぞ!」
お嬢さんは困った顔で「ごめんなさい」とだけ答えた。
……
俺は傲慢だったんだろう。
困った人を助けると簡単に言いながら、実際にはこんなにも迷惑をかけ、助けられている。
なんとしても、お金を稼いであのブローチを取り戻す。
俺のやるべきことが決まった。




