第231話 ファティリタス復興編 【第3クール】 ベリアル
――南西の集落――
「やぁ、ベリアル。困るから手は出さないでって言わなかったかな?」
「僕はこの子達をアンデッドにしただけ~! 直接手は出して無いよ~?♪」
少女――魔族の元幹部ベリアルの少しも悪びれない態度に、ここにいる面々が気色ばむ。
ベリアルはフード付きのローブを纏っていた。今はフードを外して顔を晒しているが。褐色の肌で、耳は尖っていた。
それにしても、ローブの女って、もしかして――
「――――ひ、ひぃっ!」
「おめでとう! よかったね! 優しいバイラルに甦らせてもらえてさっ!!」
アンデッドから甦った4校生徒がベリアルを見て座り込みながら後ずさる。ブルブル震えている。余程の恐怖を味わわされたようだ。
残りの4校生徒二人もいつの間にか目覚めており、恐怖に顔を歪めていた。
「屁理屈はよさないか。私は迷惑してるんだ。君の命令以外でアンデッドが動くわけないだろ?」
「この集落の近辺に連れてきて、後は自由にさせましたよ~だ! だから、やったのはこいつら! どう!? 見ものだったでしょ!?」
ベリアルは楽しげに笑っている。作り笑いでもなさそうだ。それが否応なしにこの少女の狂気を物語っている。
しかしここで、今まで静かだった人物が動いた。
◆
――パンッ!
大きな音が響き渡った。一部を除き、皆顔を青ざめさせている。リンダがベリアルを平手打ちしたのだ。
「――いったいなぁ」
「この人達があなたに何をしましたか!?」
転がる集落の住人の骸を指差しリンダがベリアルに問う。
「バイラルぅ~。玩具の躾がなってないよ? ――そんなんじゃ……壊しちゃうよ?」
ベリアルから瘴気のようなモヤがわき出る。バイラルが慌てて前に出てリンダを後ろに下がらせた。
「落ち着くんだ、ベリアル」
「何をしたか? バイラルを殺しにこのゴミ共を差し向けたでしょ? 今までずっと、他の魔族を殺しに兵を差し向けたて来たでしょ? あんただって、こいつらに追い出されたんでしょうが!!」
ベリアルの纏う瘴気の勢いが増した。目が金色に煌々と輝いている。ベリアルの怒りは加速する。
「僕らの仲間を笑いながら殺した種族なんだ。今すぐにでも滅ぼしてやりたいさ! ――ねぇ、教えてよ? 『やった! “中ボス”撃破だ!!』って、何? 異世界から来た君達なら、あいつらの言ったコレの意味、わかる?」
俺達異世界人にベリアルが尋ねるが、答えられる者はいない。意味を知らないからじゃない。知っているからこそだ。ジェシカは少し離れたところで目をつむっていた。
「“異世界人”って聞くとさ? あの時のことが思い出されて憎しみが抑えられなくなるんだよ!! なんでまた来てんのさ!?」
「それは、この世界の復興のために……」
「あんたら異世界人が壊したんだろうが!! ここには無かった兵器を次々に開発して!!」
『俺達じゃない』とは思っていても、誰も言えなかった。ベリアルに取っては、自分達の持たない先進的技術を持ち込み、ファティリタスを――この世界の自然を壊し、魔族達を殺す異物に過ぎないのだ。
「だったら……少しくらい痛い目見させてもいいじゃない。やられっぱなしじゃ、割に合わないでしょ?」
ベリアルのその言葉に返せる者はこの場にはいなかった。ベリアルの苦しみの前には、どんな言葉もちんけにしかならないとわかっているから。
だけど――
◆
「一緒に暮らさないか?」
「ユウスケさん……」
そんなの悲し過ぎる。どちらかが滅びるまで憎しみは終わらないじゃないか。アンリさんは俺の名をつぶやいた後、俺の横に並んだ。
「――――は?」
たっぷり間をおいて、ベリアルからそれだけの返答があった。他の皆も、『何言ってんだこいつ』みたいな顔をしている。
「南の森林地帯でさ。今、魔族達と暮らしてるんだ。――というか、暮らし始めたって感じかな? そこでは、ここにいるジェシカやランディ含め、魔族と仲良くやってる。――まぁ、まだ魔族を毛嫌いする人間も多いけどさ……」
名を呼ばれたジェシカとランディがこちらに寄ってきた。
「私は勇者パーティの末裔よ」
「ジェシカ!!」
『こんな時になんてことを言うんだ!』とランディがジェシカを怒鳴り咎めた。勇者パーティと言えば、魔族に取って一番の仇だ。案の定、ベリアルの怒気が高まりジェシカに向けられた。
「祖母はずっと悔いていたわ。自分達は愚かだったと」
「だからって! 死んだ魔族達も! 魔王様も帰って来ない!!」
ベリアルの慟哭だった。怒りと哀しみがごっちゃになって、その感情がとめどなく溢れてきているのがわかる。
だが、ジェシカはそれを受け止める。
「えぇ。あなたの言うことはもっともよ。だから――」
ジェシカはその場に膝をつく。そして、「お、おいジェシカ……」と困り果てるランディをよそに――
土下座をした。
◆
「な、何だよ、それは!?」
意味がわからず、ベリアルがジェシカに問いただす。ジェシカは、額を地面から離しベリアルの方に顔を向けると、こう告げる。
「勇者パーティにいた私の祖母のいた世界では、これが“最上級の謝罪”らしいの。だから――」
もしかしたら、ジェシカのおばあさんは、俺と同じ地球の日本出身だったのかもしれないな。そう言われてみると、ジェシカはどこか日本人っぽい顔立ちをしているような……。
俺がそんなことを考えている間にも会話は続いていた。
「何でお前が謝るんだよ!?」
「祖母はもういないから。なら、せめて私が謝ろうと思って」
ジェシカに一切の戸惑いは感じられなかった。肝がすわっているというか、なんというか……。
ベリアルの心も揺らいでいるようだ。取り巻く瘴気も揺らいでいる。ほんとは、残虐な奴じゃないのかもしれない。なら――
「色んな奴がいる。人間にも。お前から見て、ジェシカはどう映る?」
「――変な奴」
ボソッとそれだけ言うと、ベリアルを取り巻く瘴気が消え失せた。煌々と輝いていた目も元に戻っている。
「あ~あ。しらけちゃった。か~えろっと」
「ベリアル。話はまだ――」
バイラルが止めようとするが、ベリアルは――
「人間相手に子孫を残すことだけ考えてる色欲獣は黙っててよ。もともとは君を救おうとこいつらをやっつけたんだしさ。じゃ、後始末よろしく~♪」
それだけ言うと、ベリアルの姿はかき消えた。
後には、微妙な沈黙だけが残った。




