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058 悪役令嬢の意地

 『実技対抗戦』の一年ε(イプシロン)組決勝リーグ。俺の属するデビッドソン組と悪役令嬢率いるクリス組との戦いは佳境に入っていた。三人全員が健在のデビッドソン組。対してクリス組は二人の従者、シャロンとトーマスが倒れ、残るは悪役令嬢クリスのみ。そのクリスも鑑定すれば、体力も魔力も残り少なく、俺があと一撃を加えれば倒れる状況である。


 だが、クリスは負けず嫌いのお嬢様。エレノ世界の悪役令嬢だ。ただで引き下がる訳がないだろう。よろめきながらも詠唱するクリスへの警戒は怠ってはならない。


「【炎の大滝(ファイヤーフォール)】」


 クリスの詠唱が終わった瞬間、俺たちの頭上に炎の球が現れた。【炎の爆弾(ファイアーボム)】。最後のあがきか? 頭上から落ちてくる火の球を見ながらそう思った。だが何かが違う。暫くすると霧消するはずの火が消えない。炎は落ちてきた瞬間の力を維持し続けている。なんだ、これは?


(ま、まずい)


 見る見る体力が奪われていく。炎魔法の攻撃での打撃だ。


「キャアッ!」


 リディアが短い叫び声を上げた後、ドタっと倒れた。


「グ、ググッ・・・・・」


 後ろを振り返るとフレディも倒れてしまっている。両方とも体力はゼロ。連続した炎の術に耐えられなくなったのだ。残ったのは俺のみか。この炎の滝が終わるまで耐え続けなければ仕方がない。そう思った瞬間、スッと炎が消えた。


(よし、チャンスだ)


 刀を大上段に構え、クリスめがけて突進しようとした瞬間、クリスが足元から崩れた。


(? なんだ? どうした?)


 俺はクリスを鑑定すると体力はある。体力はあるが・・・・・


(魔力がゼロ!)


「ク、クリス!!!!!」


 脳内の曲が鳴り止んだ! 俺は得物を放って、クリスの元に駆け寄った。


「おい、クリス! しっかりしろ!」


 両肩を掴んで揺らしたが反応がない。俺はハッとした。


(確か魔力がゼロになると生命に関わるとか言ってたよな)


 こんな戦い程度(・・)でバカな事を・・・・・ どうすればいい、どうすればいいんだ!


(イチかバチか、あれを・・・・・)


 俺は【収納】で持っていたハイパーエリクサーとタオルを取り出した。ハイパーエリクサーはエレノ世界最高の回復薬。どんな状態でも完全回復する薬だ。これをクリスに無理やり飲ませる。


 俺はクリスの兜を剥いで、俺の膝の上に頭を乗せた。クリスの亜麻色の髪が俺の大腿部全体に広がる。俺はタオルをクリスの顎の下に挟んで、ハイパーポーションの瓶を口の中に突っ込んだ。気道に入る可能性があるが、そんな事を言ってる場合じゃない。


 ハイパーポーションが空になるとクリスの口から瓶を外した。クリスを鑑定すると体力も魔力も見る見る回復している。だが、クリスの反応はない。


「おい、クリス! しっかりしろ!」


 俺はクリスの頬を何度も叩くが全く反応がない。すると俺たちにサッサッと近寄ってくる人影を察知した。見上げると青い瞳の女子生徒、アイリだった。


「アイリ! クリスを見てくれ!」


 アイリの『癒やしの力』ならば何とかなるかもしれない。アイリはすぐにしゃがんでクリスの状態を見た。


「グレン、大丈夫よ。気を失ってるだけだから」


「はぁ・・・・・」


 アイリの言葉に俺の体の気が抜けた。


「お、お嬢様!」

「お嬢様!」


 回復したシャロンとトーマスが血相を変えて駆け寄ってきた。俺がみんなにクリスの魔力がゼロになった事を告げると、シャロンもトーマスも、そしてアイリも青ざめてしまった。


「なんてことを・・・・・」


 シャロンが泣き出す。普段は無表情だが、内心はそうじゃない。シャロンは常に精神を抑制しているのだ。俺はシャロンに大丈夫だと声を掛け、みんなに手持ちのハイパーポーションを無理やり飲ませた事を告げると、アイリが言った。


「そのおかげで助かったのですね。グレンは偉いです」


 あの判断は間違ってなかったということか。


「グレン、すまん。俺たちがいながらこんなことまで」


 泣いているシャロンの両肩に手をやりながらトーマスが詫びてきた。


「二人は何も悪くない。無茶したクリスの責任だ。気にするな」


「・・・・・グ、グレン? 何で・・・・・」


「お、気がついたか!」


 クリスが寝ぼけたような感じで目を開けた。今の状況が飲み込めていないようだ。


「お嬢様!」


「気づかれたのですね!」


 トーマスとシャロンが急いでクリスに顔を近づけた。


「ここは・・・・・」


「グレンが助けてくれたのですよ。お嬢様」


 シャロンが涙目で説明する。


「え? わた・・・くしが・・・」

「ええっっっっっっっっ!!!!!」


 その瞬間、パッと両目を見開き、両手で俺を押し返すと、半身を起こして一メートルくらい後ずさりした。


「グ、グレン。私は何をしておりましたの!」


 顔を真っ赤にして俺に聞くクリス。よく見ると耳たぶまでが赤い。恥ずかしいのか、クリスは。


「いや、魔力がゼロになって倒れてた」


 固まっているクリス。だが、その態度を見るにどうも自覚はありそうだ。


「命が危なかったのををグレンが助けてくれたんです」


「グレンがとっさに『ハイパーエリクサー』を令嬢に飲ませてくれたのが幸いでした」


 俺の代わりにトーマスとアイリが説明してくれた。


「そ、そ、そうなの・・・・・」


 クリスは恥ずかしそうに下を向いてしまった。今はあまり言わないほうがいいだろう。俺は立ち上がりクリスに言った。


「クリス。二人の従者に心配かけるな」


 俺はアイリに礼を言うと、回復してこちらを見ていたフレディとリディアの元に駆け寄った。


「大丈夫だったの?」


 心配そうに訊ねてくるリディアに俺は「大丈夫だ、心配するな」と答えた。


「それより結果はどうなったんだ?」


 クリスが倒れて俺が戦いを放棄した感じになってしまったので、このような場合どうなるのか、と思ったのだ。


「ウチの勝利だよ、グレン。グレンが最後まで立っていたからだそうだ」


 フレディは事情を教えてくれると俺の刀を渡してくれた。


「じゃあ、明日も戦いだな」


「うん」


「ああ、頑張ろう」


 俺の呟きにリディアとフレディが応じた。


「しかし本当に大変な戦いだったね。体力を全回復したのに持たなかったよ」


「最後の魔法攻撃には手も足も出なかったよね」


 二人ともクリス戦の戦いは厳しいと感じたようだ。俺にとっても厳しかったのは事実。本当に大変な戦いだった。


「明日は明日の風が吹く。その時に考えよう」


 俺たちはリングから降り、闘技場を後にした。

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