056 決勝リーグ
「どう? 進んだ~?」
台所の片付けが終わり、発泡酒を手に持ってソファーに座った佳奈が聞いてきた。
俺がゲームが好きでやっていた訳じゃない。佳奈から頼まれてゲームの中のダンジョンやら決闘イベントなどを受け持っていたからだ。このゲーム、恋愛ゲームのはずなのにRGP要素が異様に強いという、よくわからないゲームだった。大体、主人公の女の子が主体になって攻略相手の男を中心にパーティー組んで戦うという設定自体が意味不明。
「いやぁ、なかなかレベルが上がらなくて・・・・・」
「そうよねぇ。戦闘モード、ムズいもん」
このゲーム、普通にやれば戦闘モードで苦戦する。そういう設定になっているのだ。強力なアイテムがなければ普通に戦えないという、異様なまでのバランスの悪さ。これは最初から課金アイテム、カネを使わせることを前提としている為である。そういったチートアイテムを持っていなければ、戦闘モードで不利になるように作られているのだ。
「やっぱり課金しなきゃダメなのかな」
ディスプレイを見ていた佳奈はため息をついた。そもそもこのゲーム、元は愛羅の持ち物だったのだが、愛羅が大学に進んで寮生活に入ったため、家に置いていったもの。それを見つけた佳奈が何を思ったのか「課金なしでクリアする!」と宣言しておっ始めたのだが、戦闘モードで白旗を上げて俺が受け持つハメになった。
「今はオルスワードだから余計に難しいんだよ」
「隠れキャラだから?」
「そうだろうなぁ」
オルスワードはこのゲームの隠れキャラで、正嫡殿下アルフレッド、剣豪騎士カイン、天才魔道士ブラットという初期の攻略対象者3人をまずはクリアし、その後に攻略できる悪役子息リンゼイと殿下の陪臣フリックをクリアした後、初めて攻略できる第六の対象者。
だがこの対象者、職業が「教官」で、生徒である他の五人の攻略方法と違うことから苦戦している。まず教師だから生徒に味方がいない。教師なのでパーティーが主人公としか組めない。自力で戦えるかと言えば教師だから体力が貧弱。これでどうやって勝てるというのか?
「なんとかここまできたのにね」
佳奈は右手を口に添えて大きくあくびをした。結婚して二十三年、祐介が家を出て働き、愛羅が寮生活になった今、ようやく二人のだけの落ち着いた暮らしとなるはずだったのだが、現実は違う。家のローンと子供の学費の為、佳奈も俺と共にフルで働かなければならなかった。
「あと片付けておくから、今日はもう休んだら?」
最近仕事が多いのか、佳奈も疲れ気味のような気がしたので、早く寝るように促した。
「うん、そうする~」
発泡酒を飲み干した佳奈は、立ち上がると「おやすみ~」と言って寝室に向かった。
(やっぱり疲れているな)
部屋を出る佳奈の姿を見ると、改めてそう思う。佳奈は出会った頃から変わっていないように見えるのだが、やはり年齢から来る体力の低下は避けられないようだ。四十代後半ということで、当たり前と言えば当たり前なのだが、申し訳ないやら寂しいやら、なにか情けない気持ちになる。
そんな取り留めもいことを考えながら、俺はゲームを続けた。ゲームでやることはキャラのひたすらのレベルアップ。キャラよりも弱い敵を倒し、少ない経験値を積み上げ続ける。ルーチンワーカーの俺にとって、一番楽な作業だ。
もちろん楽しくもないし、面白くもないが、確実にこなせる方法。負けない、失敗しない、安全ということが俺にとって気が休まる。それにしても・・・・・
「強くならねぇよなぁ、ホントこのゲーム」
レベルを上げているのに強くならない。このオルスワードというキャラ使って戦うのは誰得なんだ。ただ親密度を上げて攻略するためだけで、なんでこんなに苦戦しなきゃいけないのか。そこまでして恋愛しなきゃならんのか、本当に訳がわからない。
確かに佳奈と付き合うまで色々あったのは事実だが、結ばれるまでにここまでの苦労はしなかった。もうこのゲームは、恋愛を軸に置く乙女ゲームの趣旨から逸脱してしまっている。
(なんか眠たくなってきたな・・・・・)
寝転がりながらゲームをしていたからかウトウトしてきた。俺も佳奈と同じで年を取っているかなぁ。最近はたまった疲れが抜けにくくなっている感じがする。明日は金曜日。ゲームをセーブして、片付けて、電気を消して・・・・・ 寝室にいかないと・・・・・
(あ、仕事だ!)
ハッと目が覚めた俺は、時計を探す。だが見当たらない。カレンダーを探すも見当たらない。テレビもない、ソファーもない、ゲーム機もない。部屋には見慣れた机と椅子、俺が乗っているベットしかない。
(寮か・・・・・)
夢を見ていたのか・・・・・ 本当ならば逆じゃないといけない。夢が本当で、今が夢。しかし今はそうじゃない。佳奈は夢の中にしかいないのだ。
(あれは『最後の日』だったな)
この夢は、エレノ世界に来る前、現実世界の最後の日の記憶。起きたらモンセルの俺の部屋にいて、グレン・アルフォードになっていた、あの記憶が甦る。不意に目から涙が溢れてくる。なんでこんなことになってしまったのか? 何故こんな所にいるのか? 悔しいとか悲しいとか腹立たしいとか、そういう感覚ではない。あるのは何とも言えない感情だけだ。
元いた世界に帰ろうにも、帰る手立ては未だなし。帰るためにこの学園に来ているはずなのに、何かに忙殺される日々。だがしかし、それで諦めるわけにはいかない。俺は誰が、何を、どう言おうとも佳奈の居る現実世界に帰ってやる。そのためにはまず、今、今日を乗り越えていかなければいけない。
夢で思い出したが、教官のオルスワード。あのドーベルウィン戦で俺を【鑑定】したオルスワードだ。最近の忙しさから警戒心が薄れていた。それを思い起こさせてくれたということで、夢を見る価値があったということだろう。俺は佳奈に感謝しつつ、いつものスケジュールをこなして『実技対抗戦』に臨んだ。
昨日のクラス内の予選リーグに続き、今日は本選リーグの日である。本選リーグは予選リーグを勝ち上がってきた我がデビッドソン組と、シスレー組、マッケイ組、そしてクリス組の四つのパーティーで戦われる。
まずは第一グループの勝者であるデビッドソン組と第二グループの勝者であるシスレー組との戦い。この戦いに勝った側、間違いなく俺たちなのだが、次の戦いを続けて行うか、一端リングを降りて、次の戦いの勝者と戦うか決めることができる。
シスレー組は、伯爵の嫡嗣シスレーが魔術師、男爵の次女ルティエンスが剣士、騎士の息子ソレルが白騎士である。前衛がルティエンスとソレル、後方がシスレー。回復魔法はシスレーとソレルが扱える。リングに上がると今日はJSバッハのBWV847が聞こえてくる。平均律クラヴィーア、鍵盤楽器の曲だ。バッハの曲は刻む曲が多い。
試合が始まると俺たちは事前の打ち合わせ通りの動きをした。まず俺は【機敏】を複数回唱え、リディアの動きを早める。動きの早まったリディアが攻撃魔法のダメージを半減させる【魔法結界】を唱えた。
(これが魔法結界というヤツか)
俺たち三人がいる領域をシャボン玉のような膜が覆っているような不思議な光景。それがリディアが現出させた魔法結界だった。こんなものゲーム中に表現されてなかったぞ。というか制作陣の表現技法に限界があったのかもしれない。課金に忙しすぎて手を抜いただけかも知れないが・・・・・
戦いの方に戻ると、リディアが【魔法結界】に続いて、物理攻撃のダメージを軽減させる【防御の盾】を唱えた。これでパーティー全体の防御力を上げる。こちらの方は、魔法結界と違って何も見えない。
こちらがそうしている間にルティエンスとソレルが剣技で、シスレーが水魔法で攻撃を仕掛けてきた。剣撃の方は高い防御力でさしてダメージは受けず、水魔法【水撃弾】は魔法結界のため、威力は大きく減退。フレディが回復魔法を唱え、早々にみんなが全快した。俺は【機敏】を更に自分に唱え、自身の動きを早める。
「キィィィィィィィィィヤァァァ!!!!!!!!」
俺は刀を大上段に構え、まず聖騎士ソレルを攻撃した。続いてリディアがソレルに斬りつけに行く。俺たちの攻撃に難なくソレルは崩れ落ちた。俺は一端元のポジションに戻り、ルティエンスの攻撃を半身でかわすと、奇声を上げて後方のシスレーに襲いかかる。刀を大上段から振り下ろし、三回打ちつけると、シスレーはそのまま沈んだ。
一人残ったルティエンスにリディアとフレディが一撃を食らわせる。ルティエンスは俺に一撃を見舞うが、俺がその直後反撃し、ルティエンスの体力もここに尽きて我らデビッドソン組の勝利となった。
俺たちはリングに立ったまま引き続き次戦を臨み、マッケイ組と戦うこととなった。マッケイ組の中心マッケイは子爵嫡嗣の剣士。決闘賭博で全額スッた男爵三女のフューリンデが火を扱う魔術師、地主の娘トワールが魔法術師という組み合わせ。マッケイが前方、フューリンデとトワールが後方だ。
戦いが始まると、先程の要領で俺が【機敏】を複数回唱えてリディアの動きを早め、【魔法結界】と【防御の盾】を構築。マッケイの剣技とフューリンデの「炎の槍」の攻撃を無視し、俺が奇声を発して大上段の構えでトワールに襲いかかり、それにリディアが続く。フレディの槍がトドメとなってトワールは沈んだ。
ヒーラーを失った相手陣営に対し、俺は前方にいるマッケイにターゲットを絞り、大上段の構えから奇声を発して刀を二度ほど振り下ろし、マッケイを討つとそのまま後方のヒューリンデに一撃を加える。つかさずリディアとフレディが攻撃を加えてヒューリンデを討ち取り、俺たちは難なく二勝目を飾ることができた。
「次、ノルト=クラウディス組、リングへ!」
ヒーラー部隊と救護班が倒れているマッケイ組を撤収すると、戦いを采配している教官が指示を出した。リングに上がってきたクリスを見ると、兜や鎧、籠手、臑当に覆われている。全装備オリハルコン製、装備価格は一億ランドを下らないだろう。カネに飽かせた完全防護だ。
前方にトーマス、後方にシャロンとクリス。今まで対戦した四組とは明らかに違う。名のあるキャラであるかそうでないか、それがこのエレノ世界では歴然とした力の差を示すことを、俺達の目の前にいる三人の存在感が証明している。主要キャラを中心に二人のサブキャラで構成されるパーティーから発されるプレッシャーは、これまでとは比べ物にならない。
(いやぁ、強いな。分かっちゃいるけど、これは・・・・・)
ふとクリスを見るとあの目、ドーベルウィン戦で観客席から【鑑定】してきた挑戦的な目で俺を見てきている。こうやって対峙すると定められし悪役令嬢の血が沸き立つのかもしれない。クラス全員の視線が集まる中、一年ε組の『実技対抗戦』最終戦は今、始まろうとしていた。




