465 結託
旧ムファスタ行政府跡地。この土地を購入したのはフェレットの息のかかった衛星商会だというのは知っていた。しかしこの行政府跡地をその衛星商会に斡旋したのが、学園の同窓会組織である園友会会長でアウストラリス派に属する高位貴族、ゴデル=ハルゼイ侯だったという話は初めて聞いた。このゴデル=ハルゼイ侯の所領もムファスタ近郊にある。
ゴデル=ハルゼイ侯爵領はムファスタの西南部に位置しており、ムファスタの南東部にあるアンドリュース侯爵領とは、古都ムファスタを挟んで向かい合っているような形となっているそうだ。そういう事もあって、ゴデル=ハルゼイ侯はアンドリュース侯に対抗しようと考えているのではないかというのが、アンドリュース侯爵本人が分析した。
「ヤツは商人と結託して、力を蓄えようとしておるのじゃろう。しかしそれにしてもやり方が悪い。派閥の同志を喰い物にするとは・・・・・」
アンドリュース侯が呆れ果てている。常識的に考えて、まずあり得ない方法をゴデル=ハルゼイ侯が使っているのだろう。しかし、そのゴデル=ハルゼイ侯が斡旋した土地を買ったフェレット。しかしフェレット、あの土地で一体、何をやろうと考えているのだろうか? 確かに街の中心街には近いが・・・・・
「閣下。先程お話にありました土地。ムファスタ総督府の跡地ですが、一体何に使われるのでしょうか?」
「カジノだと聞いておる」
「カ、カジノ!」
思わず声を上げてしまった。カジノが出来る。ムファスタにカジノが作られるというのか。いやはや、全く想像すらしていなかった話だ。しかし現在、カジノがあるのは王都トラニアス歓楽街一つのみ。その昔、時の国王がトラニアスの歓楽街でのみカジノを営むことを許した事から、王国で一つしか無いのだという話をシアーズから聞いた事がある。
そのときに許可を受け、カジノを一手に取り仕切ったのが、王都の商人の纏め役だったフェレット商会。元々規模が大きかったフェレットはカジノの運営を影から取り仕切り、商人界においてその地位を不動のものとした。そのフェレットがムファスタにもカジノを作ろうと動いているのか。
「では、カジノはいつ作られるのですか?」
「現在のところは未定じゃ」
「未定?」
アンドリュース侯は俺の問いかけに頷くと、未定である理由を話してくれた。
「宰相府が認可を止めておるからだ。カジノは一つで十分であるとしてな」
なんと! まさか宰相府がカジノ建設を退けていたとは。そのため、フェレットが衛星を使って押さえたムファスタの土地は、今をもって野ざらしになったままとなっているという事である。宰相府とフェレットは利害関係者だったのだ。つまり宰相側に付く我々三商会と、アウストラリス公と結びつくフェレットとの対立は、むしろ必然というべきか。
「ムファスタのような土地は、確かセシメルにもあった筈。そちらの方はヴァンデミエール伯が斡旋したはずじゃ」
えええええ! 驚くべき話ばかりだ。そういえば以前、セシメルギルドの会頭ザール・ジェラルドが、セシメルに妙な土地があると封書で知らせてきたな。フェレットがその土地を押さえていると。俺はてっきりフェレットが、商売拡大の為に地方部に進出しようとしていると思っていたが、実際に進出しようと考えていたのはカジノだったという話。
「では・・・・・ 両貴族ともフェレットと・・・・・」
「そういう事になるな。余ももっと早く気付くべきであった」
アウストラリス派の後ろにはフェレットがいる。そんな事は百も承知の話で、それはトゥーリッドを通じてフェレットが繋がっていると思っていた。無論、その分析は間違ってはいないだろう。しかしフェレットと貴族との繋がり、アウストラリス派貴族とのパイプは、領袖アウストラリス公の他にも存在していたのである。
ゴデル=ハルゼイ侯、そしてヴァンデミエール伯というアウストラリス派の幹部貴族がフェレットと強く繋がっている事実が明らかになった。その事実を俺が知ることができたのは、他ならぬアウストラリス派の副領袖と呼ばれるアンドリュース候からだったのは皮肉な話。しかし、まさかこんな形で様々な話が繋がっていくとは思っても見なかった。
「しかし、余がこれを分かったのもカテリーナの一件があったお陰。これがなければアルフォードやディール家と交わる事などなかった。娘が我が家を守ってくれておるのだ」
アンドリュース侯は首府ジニアへの留学の為、サルジニア公国に旅立っていった、娘カテリーナへの感謝の言葉を述べた。家を守りたいというカテリーナの切なる願いは、親である侯爵の心にも通じたようだ。その侯爵が俺に尋ねてくる。
「アルフォードよ。余より一つ頼みがある。ディール子爵夫人より聞いたが、そちの姉は帳簿に強いそうだな。小麦融資の撤収も利を上げながら行っているそうではないか」
「は、はい」
「すまぬがそちの姉に頼み、我が一門の面倒を見てやって欲しいのだ。あのような者達であっても一門は一門。見捨てる訳にはいかぬ」
「分かりました」
俺は即答した。リサの了解を取っていないが、受けるしかない。これまで宰相側や中間派では得られなかった、貴重な情報の数々が手に入った。どうしてフェレットが『貴族ファンド』を作ったのか。その動機の一端がようやく明らかになろうとしているのだ。有益な情報に対しては、相応の対価を払う必要がある。今の話の場合、それはリサだった。
――『週刊トラニアス』に小麦高騰に係る特別融資支援の件が大きく報じられた。「宰相府、小麦高騰に悩む暮らしに本腰」「融資、実質ゼロ金利に!」「小麦が買えぬ平民に光明差す」などのタイトルが躍った。この件は「週刊トラニアス」だけではなく、他の四誌も号外を出しており、この話はすぐに王都の隅々まで行き渡るだろう。
「小麦購入に無金利の融資を決行」(蝦蟇口財布)
「高騰する小麦の購入費用に宰相府が本格的な対策」(翻訳蒟蒻)
「王国、小麦対策を積極策に転換」(無限トランク)
「宰相府、小麦高騰に断!」(小箱の放置)
各雑誌とも、宰相府の小麦対策を好意的に伝えている。その記事を総合すると、クリスの次兄で宰相補佐官のアルフォンス卿が宰相府内で記者会見を開き、「小麦特別融資支援」の発表を行った。この支援策の概要は、小麦高騰によって購入資金もままならない状況に置かれている平民を対象に、宰相府が小麦購入の為に借入したカネの利子補給を行うというもの。
対象となるのは『金融ファンド』の小麦購入資金貸付用の低利融資を受けた貸金業者からの借り入れが対象で、金利を宰相府が負担することによって、借入金利が年率ゼロとなるというもの。借入者は五%の借入手数料のみの負担となる訳で、安くなったとはいえイカれた金利なのは変わらないエレノ世界にあって、破格の条件である。
また同日午後、『金融ファンド』の取締役総責任者ラムセスタ・シアーズが会見を開き、貸金業者が小麦購入資金の貸出を行うための緊急特別融資を行うことを発表した。対象は『金融ファンド』に出資する貸金業者で、向こう半年間は無利子で融資される。この貸出を受けるには、借り入れを行う平民に対して、年利八%で融資を行う事が条件。
つまり『金融ファンド』が貸金業者に三%で融資を行い、貸金業者が五%の金利を乗せて年利八%で融資をするが、宰相府がその八%の金利を負担することで借入金利がゼロとなる算段。貸金業者の方は宰相府の利子負担と、借入手数料で利益を確保するという寸法である。エレノ世界始まって以来のゼロ金利の到来だ。
宰相府が行う「小麦特別融資支援」が、一家について最高一〇万ラント分の利子補給を行う事になっているので、『金融ファンド』が用意する緊急特別融資枠を使った貸金業者の貸付も、「小麦特別融資支援」に合わせて一家一〇万ラントが上限。宰相府と『金融ファンド』が完全提携した、小麦購入支援策である。
「一家」とは現実世界でいう世帯のようなものだが、こちらとはちょっと意味合いが異なる。現実世界の場合、基本的に別に住めば籍を抜くケースが多い。ウチの家では祐介が大学卒業後、働きに出て一人暮らしをする際に籍を抜いた。俺の世帯に祐介は入っていないのだ。祐介は祐介で別の籍になっている。
つまり親子であろうとも俺と祐介は別々の籍で、共に世帯主。ところがこちらでは、別々に住むだけでは籍を抜くことはできない。教会で別家を立てることの了承を得て、初めて籍を抜くことができるのだ。だから俺の家に当てはめれば祐介は籍を抜くことができず、佳奈や愛羅と共に俺の籍に入ったままの状態だということ。
だから「一家」最大一〇万ラントというのが、好条件なのかどうかは分からない。しかしラトアン広場の一件を見ても分かるように、そもそも民政なる概念すらないこの世界において、国と金融機関がタッグを組んで民を支援するというのは画期的な話である。但し、学園の少なからぬ生徒は、この恩恵に与ることはできない。
というのもこの「小麦特別融資支援」、貴族は除外されているからである。この場合でいう貴族とは貴族成分、貴族階級出身者を含むので、例えば『常在戦場』の参軍ルタードエもこの融資支援を受けることができないのだ。仮に貧しかろうとも、貴族と貴族の血流を汲む者は強制的に除外されるのである。これがエレノの身分制度。
だから学園内に号外が張り出されても、熱心に読む生徒が少なく、全く熱が起こらなかったのである。しかし市井では大きな騒ぎになっているだろう。ただ『金融ファンド』の参事ピエスリキッドが抱いた危惧。小麦購入の為の資金を融資する事で、より小麦市場が加熱するのではないかという危惧がどこまで当たるのかが、今後の焦点だろう。




