037 カジノ
「信用のワロス」を後にした時には、もう夜が更けていた。腹が減った俺は近くのカフェに飛び込み、目に付いたポモドーロを食べる事にした。スパにパンが付くのはこの世界の常識。このエレノ世界、どういう訳かパスタメニューが充実している。おそらくうどん・そば・ラーメンといった麺類が登場できないので、パスタが充実しているのだろう。
(あの悪徳商人と話ができた事は大きかったな)
メシを食いながら、ワロスとの会話を思い出した。フェレット商会とカジノの関係。そのフェレットと貸金業者内のシアーズ派と思われる勢力との確執。そしてワロスがシアーズ派の有力メンバーと思われること。
何よりも、俺がワロスの雇う殺し屋に狙われることがなくなったというのが一番デカイ。契約を解除したというのだからこちらも安心。ファーナス商会とジェドラ商会を巻き込んで話が大きくなり過ぎたかと思ったが、結果としては上出来だ。
ワロスが生徒会『緊急支援貸付』の融資委託と、融資事務費のキャッシュバックを無条件に引き受けてくれたのもよかった。これで、生徒会側で俺の名前が出ることもないし、俺の影もかき消すことができる。暗躍しているつもりはないが、生徒会長トーリスの逆恨みのリスクをヘッジするのは当然のこと。これで憂いが一つ消える。
(さぁ、今日は帰るか)
気分良くカフェを出た俺は、歓楽街から学園寮に帰るべくカジノの前を通ったとき、明らかに見覚えのある、俺がよく知る人物が中に入って行くのが見えた。
(あれは・・・)
大きなハットで顔を隠し、派手目なワンピースに濃い化粧。長身だから似合うのだが、学校での出で立ちとはまるで違う。だが、明らかに俺がよく知る人物だ。その人物の後を追い、カジノの中に入った。
カジノの中はゲームの背景画と瓜二つだった。というか、背景画よりも豪勢だ。俺はゲーム上ではビート相場でカネを稼いでいたので、カジノゲームでのカネの稼ぎ方はよく知らない。確かゲームではルーレット、トランプ、クラップスの三つで、トランプはバカラとポーカーがあったと記憶している。
ゲームの背景画では客がいなさそうだったが、リアルでは中々の盛況ぶり。博打だけではなく、手品ショーも行われているのには驚いた。しばらくカジノを見学しているような感じでウロウロしていたが、お目当ての人物をルーレット会場で見つけた俺は、静かにそっと近づいてみた。
その女性の前には多くのチップがあった。顔の方を見るとニヤリとほくそ笑んでいるのがわかる。ツキが回っているのか、勝っているようだ。そして今の勝負もモノにした。見ると赤黒賭け一本のようで、低いオッズで勝率を上げる戦法を使っているのだろう。勝敗が決した間合いで女性にそっと近づく。
「マドモアゼル・レティシア、今日は盛況のようで」
相手の耳元に口を寄せ、声色を変えて甘く囁くと、ハッっとした顔でこちらを振り向いた。
「グ、グ、グレン・・・」
美しい淑女は珍しく狼狽しているように見えた。
(きれいじゃないか)
間近で見るレティはドキッとするぐらい綺麗だった。レティもやはりヒロイン。メイクを決めたレティはとても美しい。大人の色気というか、少し妖艶さも織り交ぜたような美しさ。これで十五歳だとは誰も信じないだろう。
「きれいだね、レティ」
その姿に思わず呟くと、少し慌てたような感じで、お世辞なんて言わないでよ、と返してきた。恥ずかしそうに俯くレティはしおらしく、可愛らしく見える。レティにこんな一面があるなんて思いもしなかった。
「ど、どうしてグレンがここにいるわけ?」
「もしかして娼館通い?」
何を言ってるんだ、レティ。俺は現実世界で、そういう場所に一度も足を踏み入れたことはない。興味がなかったかと言えばウソになるが、遂に行くことはなかった。大体、女は佳奈しか知らん。だいたいで君、それ十五歳の子が言うことじゃないから。外見をいくら着飾っても中身はやっぱりレティだった。
「そんなわけ無いだろ!」
さすがレティ。余裕で雰囲気をぶち壊してきた。まぁ、それはいいんだが、俺は身の潔白を主張するため、ワロスの件を話した。
「つまり『緊急支援貸付』の融資元と話をするために歓楽街に?」
「そういうこと。それより君は何をしに?」
俺はわざとキザっぽく呟いた。レティの顔が少し赤い。
「私は・・・・・ カジノで少々・・・・・」
「少々?」
さっきより声量を落とし、耳元でよりキザっぽく囁く。レティの顔が更に赤くなった。レティはこういう雰囲気や攻め方に弱いのか。
「少々、ベットしておりましたの」
「ベットとは?」
「・・・・・・・・」
レティが困っている。サファイアの瞳を伏せ目でチラリと見やりながら困っている顔は悪くない。というか十分イケてる。レティも貴族の息女、さすがに「わてバクチしてますねん」とは言えないか。
「もう! いじわる!」
「わかったわ。一杯おごってよ」
そう言うとチップをかき集め、俺に押し付けてきた。レティは頬を膨らませ、こちらをギロッと睨んでいる。ご機嫌ななめになってしまったようだ。俺は仕方なく、チップ交換所にチップを持ち込み精算。へそを曲げたお姫様に受け取った一八万六〇〇〇ラントを渡して、カジノのバーにお連れした。
「もう! せっかくツキが回ってきたのに」
バーに座ったレティはワインを与えても悪態をついた。ワインの銘柄は「マクシミーダ ジェラトル」という二万ラントほどする高級ワインなのだが、今のレティにとってはワインが高かろうと安かろうと、どうでもいいことなのだろう。俺はさっきの続きで遊ぶことにした。
「バクチのツキでございますか?」
「・・・・・なんなの、その厭らしい口調は!」
「美しいそのお姿に合わせ、今日からマドモアゼルに相応しいお声掛けをしなければと」
俺は声のトーンを上げ、レティの近くに寄りながら囁いた。レティは調子を狂わせられているのか、困った表情を浮かべながらこちらを睨みつけてくる。いやぁ、綺麗だよ、美しいよ、レティ。いつものぶっ飛びよりかはずっといい。
「おやめになって、アルフォード様」
今度はか弱そうに振る舞いながら媚びを売る目で迫ってくるレティ。やはり一筋縄にはいかない。レティはやはり人生経験が豊富のようだ。
「分かった分かった。やめるやめる。だから飲んで機嫌を直しておくれ」
俺はレティのグラスにワインを注き、ご機嫌取りに走った。するとレティはフフッと、いつもの笑みを浮かべながら囁いてきた。
「機嫌は悪くないわよ。こうやって紳士にエスコートされているから」
ワイングラスを片手にエメラルドの瞳でこちらに視線を流してくる。やっぱりレティは小悪魔だ。
「この前の決戦賭博でもヤマを当てただろ。あれで足りないのか?」
「もうすぐ『シーズン』が来るでしょ。用意しなくちゃいけないのよ」
『シーズン』。それは貴族社会では王都で社交パーティーを行う時期のことを指す。期間は初夏から盛夏にかけての三ヶ月程度。確か学園も途中の二週間以外は休みになるはず。俺は平民だからそれ以上のことはわからない。
「初夏か。あと一ヶ月半後。だがお前には子爵家があるだろう」
「家のカネは使えないのよ。家の人間がバカだから」
レティの嘆き。それは理解できる。乙女ゲーム『エレオノーレ!』ではレティの父親であるリッチェル子爵が度々やらかし、そのたびに娘のレティシアが攻略対象者と協力して、尻拭いをする描写があった。リッチェル子爵がお調子者で、いきなり払えぬ借金を作って泣きついてきたりと、中々のトンデモ親父。
ただ、そのお陰で攻略対象者との距離が縮まり、レティとの絆がより深まるという話に展開していく。ゲーム攻略としては楽に好感度上げる事ができるので、おいしいイベントなのだが、よく考えれば現実問題、まだ十代の男女にとっては過酷な話である。
「だから全部、自分で用意しなきゃいけないの。屋敷も売ったし」
「王都のか」
「そうよ。だって使ってなくてもお金がかかるし、持っていてもバカが住んで碌なことしないし」
「自分の所領に住んでいてもやらかす連中が、カネと人が集まる王都に永住なんかしたら、取り返しのつかない事をやるに決まっているんだから」
「だから屋敷自体を消した、と」
「そうよ。不安材料を一つでも消さなきゃ、正直やってられないわよ」
レティは勢いよくワインを飲み込んだ。空いたレティのグラスに五分の一くらいのワインを注いでやる。この様子じゃ、深酒になるに決まっているな、と思い、チビチビと飲ませることにしたのだ。
「しかし屋敷がなければ、パーティーに参加する用意をするのも大変だろうに」
俺は平民、商人の子。そもそもそんな席に参加するどころか、従者給仕を行う身分ですらないのだ。しかも男だから、貴族の娘の用意について全く知りようもない。ただ、派手な髪型、ボリュームのあるドレス、きらびやかな貴金属等々、用意をするのに人手を含めた労と時間がかかることくらいは理解できる。
「そこはホテルでやれるから大丈夫なのね。屋敷のない家、みんな使ってるし」
「そうか、ホテルで着付けができるのか」
ホテルが貴族の外注業務を請け負っている。基本、風呂とメシしか使わない俺は、ホテルが宿泊業務以外にそうやって稼いでいるのか、と感心した。
「ええ。日頃から自分の事を知っている侍女がやってくれる訳じゃないから、完璧とはいかないけれどね」
「しかしレティ。どうして君がそこまでして社交パーティーに出なきゃならないんだ?」
「バカ共を表舞台に出さないためよ。出したらすぐやらかすから」
「私は親の代役として立たなきゃいけないの」
「リッチェル子爵か・・・・・」
「確かにそれもバカだけど、それ以上にバカ母が問題なのよ」
レティはワインを男前にグビッと呷ると、自分の母親、リッチェル子爵夫人の事について話しだした。




