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035 ジェドラ商会ウィルゴット

 『緊急支援貸付』の融資資金が少なくなってきたとの事で、朝の稽古を切り上げて生徒会室に入ると、副会長代理のエクスターナが対応してくれた。話によると『緊急支援貸付』は非常に好評で、既に七百人以上の生徒に五〇〇〇万ラント超の融資が行われたそうである。


 俺が現在生徒会に貸し出しているのは、先日の決闘相場の掛金と配当金合わせ五八〇〇万ラント。貸出資金は今日で尽きる計算だとのことで、新たに一〇〇〇万ラントを追加し、エクスターナに借用書のサインをしてもらった。


「凄いな、君は。これだけの金額をポンと出せるんだから」


「まぁ、すぐに返してもらえますんで」


「そりゃ、そうなんだが」


 俺は微妙に会話をずらしてはぐらかした。ところで、と話題を変え、あの一件の話を聞いた。


「会則変更の件は・・・・・」


「もちろん今日議決するよ。速やかにね(・・・・・)


 エクスターナはニヤリと笑う。レティ経由でグリーンウォルドに回した案が既にエクスターナのところまで達していたようだ。仕事が速いな、あの二人。

 

「大将首は守らないといけませんからね」


「ああ。勝負は来週の最終日だ。期待に応えるよう努力するよ」


 意図がわかっているようで安心した。来週早々に貸金業者からの融資が行われる状況にあることを告げ、俺は教室に向かった。


 ――ジェドラ商会の息子ウィルゴットが馬車に乗り、サルンアフィア学園にやってきたのは昼休みのこと。わざわざ俺のスケジュールに合わせて来てくれたウィルゴットに敬意を表し、俺もロングジャケットにウエストコート、スラックスにクラバットという商人服で出迎えた。


「まいど」


 学園の玄関で待ち合わせ、商人式挨拶を交わす。俺はウィルゴットを学食「ロタスティ」に誘った。


「いいのか、おい」


「ああ、大丈夫だ。入園許可証があれば、学食は来客者でも利用できる」


 ウィルゴットを学食内に案内すると好奇な視線を浴びるが、それは貴族学園に商人服だから仕方がないところ。貴族服が平民にとって見慣れないものであるのと同様、彼らにとっても商人服はあまり見慣れた服ではないのだから。


「いやぁ、これが学園の学食か。学院とは大違いだぜ」


 ウィルゴットは国立ノルデン学院に高等科を含め六年通ったそうだ。通常三年の学院生活を六年送って高等教育を身につけたことになる。そのウィルゴット曰く、学院の食堂は僧院みたいなところだが、学園の学食は高級レストラン。まさに雲泥の差だとのこと。お前が羨ましいよ、とまで言われてしまった。


「こんなのが学院にあればなぁ」


 それでもぼやくウィルゴットを見ると、設備環境は学園の方に軍配が上がるのだろう。別に学園に入りたくてここに居るわけではないのだが、設備と環境だけは選んで良かったということなのだろうか。俺は話を切り替え、ウィルゴットにギルド関係の進捗状況について聞いた。


「まずアルフォード商会の王都ギルド加入の話は纏まった」


 一週間程度で纏まるというのは早いな、と言うと、ウィルゴットは首を振った。


「フェレットが小言を言ってな」


 フェレット商会。王都ギルドの頂点に立つ巨大商会。ガリバーと称されるそのフェレットが、アルフォード商会の加入に難色を示した。やはり、ジェドラとファーナスのラインを警戒しているということか。


「だから親父がトゥーリッド商会の加入はどうなるんだ、と詰め寄ったら了承した」


「渋々?」


「ああ、その通りだ」


 何故? 俺の疑問にウィルゴットは答えた。


「実はトゥーリッドの加入を主導したのは他ならぬフェレットだ」

「トゥーリッド商会は良くて、アルフォード商会はいけない理由はなんだ、と詰めた」

「それまではフェレット、ジェドラ、ファーナスの三商会体制だったのを、トゥーリッドを加えたのはどういう了見なのか、ってこと」


 なるほど。少し話が読めてきた。二位三位連合に不安を抱いたと思われるトップのフェレットは、王都ギルド内で自己の優勢を保つべく、地方都市レジドルナで勢力を伸ばしていたトゥーリッド商会と結び、王都ギルドに引き込んだ。


 一方、ジェドラ=ファーナス連合はこの動きを受けて、モンセルを中心とした地方都市を抑えつつあったアルフォード商会を仲間に加えることで、その動きに対抗しようと考えた。こんな感じかな、と。まさに王都ギルドを舞台とした権力闘争。どこぞの生徒会会内政局とは訳が違う。


「要はジェドラ=ファーナス連合をフェレットが恐れたって話だよな」


「随分ストレートだな、お前さん」


 ウィルゴットは苦笑している。事実なのだろう。少なくともジェドラの目を通せば。


「だからトゥーリッド商会を入れてファーナスを四位に甘んじさせようとした。ではないのか?」


 あえて『甘んじた』とは言わなかった。トゥーリッド商会の規模は本拠レジドルナの商い量を含めてのもの。王都の商い量のみで競えばファーナス商会の三位は変わらぬはずだ。しかし評価だけ(・・)は四位に落とす。そういうことを考えるのがトップに君臨するフェレットのいやらしさ、それがフェレットの政治のやり方なのだろう。


「全くその通りだ。だから俺たち(・・・)はアルフォード商会が、いや、今はグレン・アルフォードが必要って訳だ」


「おいおい、お世辞を言っても何も出ないぞ」


「事実だ。現に『金融ギルド』の話は大きく動いているんだから」

「この歯車、もう誰にも止められないぞ!」


 先程まで軽いノリだったウィルゴットが興奮気味に捲し立ててきた。あの貸金業界の大物ラムセスタ・シアールが店を畳み、一身を投げ打ってまで『金融ギルド』の責任者になること。シアールのネットワーク上にいる数多の貸金業者が動き出していること。王都ギルドに加入している中小商会も予想よりも多くの賛同者がいることなどを熱く語り始める。


 これは若旦那ファーナスと同じ反応だ。みんなこの話になると異様に熱を帯びてくる。これはおそらくエレノ世界では桁外れの規模だからだろう。


「各ギルドの中にも賛同する流れがあって、こちらからも出資の話が出てるんだ」


 なんと! それは予想外の話だ。ギルドとは基本同業組合なので、組合費は組合員の利益になるもの以外に使われる筈もなく、まして他所に出資しようなんて事はまずない。ないはずなのだが、そういう話が起こっている。


「具体的な話としては金属ギルドが出資を考えている。あっちの加盟業者が不払いで悩まされているらしい」


「なるほど。俺たちと同じ悩みか」


「そうそう。一業者ではとても扱えん金額だが、みんなで出し合えばって話になってる」


「まさにギルド的じゃねえか、それ」


「そうそう。規模は違うが俺たちの発想と同じだ」


 賛同の動きが広まるとガリバー・フェレットが困るだろうな。相手がどう出てくるか。そして王都ギルド三番手のトゥーリッド商会がどのように振る舞うのか。この辺りなかなか見所がありそうだ。


「そういう訳で、アルフォード商会には王都ギルドの加盟式に参加していただきたい」


 立ち上がったウィルゴットから、王都ギルドからの招待状を差し出された。俺は立ち上がり(うやうや)しく受け取る。


「加盟式には我がアルフォード商会より当主ザルツと長男ロバートの立ち会いを求める」


 「相判った」とウィルゴットは返答した。これは商人式の招待法で、受けた側は要求を出し、出した側はそれに応えるという図式を儀式化したようなものである。周囲から奇異な目で見られるのは仕方がない。これまで見たこともなければ、これからも見ることがないだろうから。俺とウィルゴットは招待の儀式を終えると「ロタスティ」を後にした。


 「ロタスティ」から外に出ると、ウィルゴットをある場所に連れて行った。寮の裏側、学園の敷地の境界線である。


「あの屋敷について調べて欲しいんだ」


 俺は学園の敷地外にある建物を指差した。人の気配が全く無い、黒屋根の屋敷。


「あれをか?」


 ウィルゴットが訝しがっている。俺は理由を説明した。


「あの屋敷は今、無人なんだ。もしも買えるのであれば、ぜひ買いたい」


「おお、そういうことか!」


「ジェドラ商会は不動産に強いと聞く。だからウィルゴットに調べて欲しいんだ」


 王都ギルドへの加盟にあたって、王都トラニアスでのアルフォード商会の拠点について色々考えていたのだが、その中でこの屋敷、黒屋根の屋敷の事を思い立ったのだ。俺がアルフォード商会の代理人として動く以上、学園近くにあった方がなにかと都合が良いのではと思ったからで、建物を眺めているうちに気に入ったというのもある。


「相手が売ってくれるかどうかはわからないが、調べてみよう」


「この仕事はウィルゴット、お前に依頼するからな。頼むぞ」


「俺でいいのか? ジェドラ商会じゃなく」


「ああ。だから今日頼もうと思ったんだ」


「よっしゃ! 俺にとっちゃ初めての大物案件だ。頑張らせてもらうぜ」


 俺とウィルゴットは握手を交わし、魔装具の連絡先を交換した。俺はファーナスとは連絡先を交換しているが、ジェドラ父イルスムーラムとは交換していない。これは父ジェドラが俺を警戒しているからではなく、息子を世代の近い俺の連絡役とし、ウィルゴットに経験を積ませたいがゆえ、敢えて連絡先を交換していないのだ。


 俺には父イルスムーラムの意図を汲んだ振る舞いが求められている。その一つの回答が物件の斡旋依頼だ。これでウィルゴットの技量を試すことができるし、成功すればウィルゴットの実績に繋がり、依頼した俺とジェドラ商会の絆は深まるだろう。


(譲ってくれたらいいのにな)


 黒屋根の屋敷を眺めながら、そう思った。

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