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025 宴もたけなわ

 俺とクリスが決闘賭博で獲得した配当を一つに纏め、学園内で使うという「セイラ基金」構想は、資金の管理は男従者フレインが受け持つ事や、企画を学園内で広く求める事など、俺たちの中でトントン拍子に具現化していった。


 何よりも驚いたのは、あまり表情を出さない感じのクリスがニコニコと話を進めていた事で、これには普段からクリスを見ているはずの二人の従者も驚いていたようだった。そういうことから見ても、クリスにとってこの話はよほど嬉しかったのだろう。


 ワインが進むにつれ、話の肴はもっぱら俺の事になっていった。


「目が覚めたらグレン・アルフォードになってたんだ。誰なんだグレンって?」


 俺がこの世界にやってきた初日の話をすると三人がクスクスに笑った。


「今だから笑える話だが、部屋を出るのに半日かかったからな。寝たら元に戻ると思ったんだが、起きてもグレンだし」


「起きてもグレンって!」

「笑ってはいけないのでしょうが、話が凄すぎて」


 男従者フレインが腹を押さえながら笑っている。クリスもクローラルも口を押さえて必死に笑いをこらえていた。


「ところで会う前から私達を知っていたって言っていましたけれど、みんなをどう呼んでいたのですか?」


 クリスが俺の三人の呼び方を聞いてきた。


「もちろん、普通にトーマス、シャロンと呼んでいたよ」


 トーマス・フレイン、シャロン・クローラル。二人の従者はやっぱり、といった感じで顔を見合わせている。


「私のことは?」


 クリスがこちらを真っ直ぐ見て聞いてきた。ここは言わなければならないようだ。


「・・・・・クリスと呼んでいた。だから今は脳内で変換して『令嬢』と呼ぶのに忙しい」


 クスクスとシャロンが笑っている。いつもは無表情な女従者なのに、実際はこういう笑い方をするのか。


「だったらクリスでいいわ」


 クリスはサラリと言った。どういう心境なのか見ようとしたが表情を消しているので無理だった。ここらはワインが入っても流石は悪役令嬢。俺も脳内変換作業に疲れていたので快諾することにした。


「だったらこちらもグレンで」


「ええ。二人もいいでしょ」


 二人の従者にクリスは促した。二人とも頷いている。どうやら彼らもトーマス、シャロンと呼んでも良いことになったようだ。クリスの方はというと、少し微笑んでいるように見えたのでまぁ、こちらの方も大丈夫なのだろう。


 そうこうするうちに俺の話も佳境に入り、お題もこの学園に入るまでの経緯についての話に移っていった。俺が知っている話は学園内の出来事なので、事情を知るため学園に入ろうと思ったら商人だから難しかったこと。それを知り家業に入って業績を伸ばし、推薦入学の機会を得たこと。しかし入ったら、ドーベルウィンというモブになぜか決闘を申し込まれた事。


「いきなり『我がジェムズ・フランダール・ドーベルウィンはドーベルウィン伯爵家の名を賭けて、貴様グレン・アルフォードに決闘を申し込む!』なんだぜ。お前誰なんだよ、このモブは! てな話で」


俺がドーベルウィンの身振り手振りを交えたモノマネをしながら、あのときのセリフを吐くと、三人が大爆笑してしまい、暫く話が止まってしまった。シャロンは両手で口を覆い、クリスに至ってはテーブルに額を付けて笑っている。ドーベルウィンネタはどうもみんなの笑いのツボに(はま)ったようだ。


「いや、その『モブ』って一体なんですか?」


 腹を抱えながらトーマスが聞いてきた。ああモブか、そう言えばここでは使わない単語だな、と思い説明する。大きな絵に例え、真ん中に令嬢、両脇に君たち従者が控え、そしてその後ろに大勢の人々。その端っこにいるのが『モブ』。つまりドーベルウィンの事だと。


「背景のような存在がモブなのか」


 背景! そうそう。トーマスは俺の話をすぐに理解した。


「えっと、グレンはその絵のどこに居られるのですか」


 シャロンが聞いてくる。良い質問だよ、シャロン。


「居ないんだよ俺は。最初から。つまり背景みたいなドーベルウィンがモブだと言うのなら、俺は『モブ以下』。今日の決闘は『モブ』と『モブ以下』の戦いだって事だ」


「モブ以下・・・・・グレンが? 目立っているのに?」


 クリスが『モブ以下』という言葉に反応した。


「主役だから目立っているのではなくて、本来描かれてはいけない『異物』だから目立っているだけなのです」


「異物・・・・・」


「そう。ドーベルウィンが絵の背景だとするなら、グレン・アルフォードは絵に描かれすらしない存在ということだわな。そもそも見ている側の人間が絵の中に居る訳ないから」


 俺の例えに三人が頷いた。俺が置かれている状態が少し理解できたのかも知れない。俺はグラスのワインを飲み干し、話を続ける。


「だから俺がこの学園に存在してはいけない人間なんだ、というドーベルウィンの指摘自体は間違ってないんだよなぁ。事実『絵の外にいる人間』すなわち『異物』なんだから。しかし言ってる君自身が単なる『モブ』に過ぎん訳で、そこが全く見えてない」

「そりゃドーベルウィンからしてみれば自分が主人公かもしれんが、所詮は背景。物語ってのは主人公と敵役がいて初めて成立する。主人公が活躍するからみんな盛り上がるし、戦ったってドラマチックな展開になるんだ」

「それを『モブ』という背景と『モブ以下』である背景外が戦ったって、誰が喜ぶのかと」

「それなのにこの学園の連中と来たら、こんなくだらん駄戦に二億ラントもつぎ込んでしまって。こんな戦いのどこにそんな価値があると思っているのか? これじゃ喜劇にもならんわな」


 ワインのせいもあるのか、先程から三人の笑いが止まらない。普段あまり笑ったことがないのかも知れない。みんな真面目そうだし。


「みんな俺の話が面白いのか?」


「面白いわ!」

「面白過ぎです」

「凄く楽しい♪」


 みんな面白いらしい。


「貴族同士の話ではまずこんな話にならないわ」とクリスが言い、「自分の事をここまで笑いを交えて語れる事が凄い」とトーマスが語り、「大変な話をこうも軽妙に言えるものですよね」とシャロンが感心していた。


「こっちは決闘のために前日から調整食に切り替えて、鍛錬のウェイト上げて挑んだってのに、魔剣持ちが『聖騎士』って、なんだこの喜劇状態だったからな」


「えっ? 聖騎士!!!!!」


 クリスが唖然とした顔で聞いてきた


「ドーベルウィンが」


「ええええええええええ!!!!!」


 三人が一斉に噴き出した。


「【鑑定】でわかったんだよ。多分本人も知らないと思う。だってレベル一だし」


「レベル一って!」


 トーマスが呆れた声を上げた。トーマスは騎士だから、聖騎士なんて属性は羨ましいはず。それもこれもキチンと研鑽を積んでいないドーベルウィンが一番悪い。


「全く気付いてないんだよアイツは。自分の価値を」

「聖騎士なのに魔剣を使いたいなんて、なんてボンクラなんだ」

「こんな有様で戦ってる俺の身にもなれよというのに、レティと来たら・・・・・」


「リッチェルさんの事?」


 そうそう。俺はクリスの問いかけに頷いた。


「こっちが無自覚なドーベルウィンと怖~い魔剣様を起こさまいと必死に格闘しているのに、一思いにやってしまえなんて火に油を注ぐような事を言って、完全にぶち壊しにかかってくるし、ヒドイヒドイ」


 三人の笑いが止まらない。


「不覚にも笑ってしまいましたわ!」

「あれは本当に凄かった!」

「会場の空気が変わっちゃった!」


 俺はワインを口に含ませボヤいた。


「セコンドについてるはずのアーサー、ボルトン卿なんか俺へのフォローそっちのけで爆笑してるし、真剣なのがヘロヘロのドーベルウィンだけなんて、もう救いがないだろと。しかもこいつら、どっちも『モブ』だ」


 笑わせるつもりはなかったのだが、三人の笑いが更に加速してしまった。クリスが笑いながら「もうお腹痛い」と腹を擦っているのを見ると、イメージと違って、この子は笑い上戸なのかもしれない。シャロンの方はと言えばずっと両手で口を覆っているし、トーマスはテーブルを何度も叩いている。


 話が盛り上がっている間に「ロタスティ」の終了時間となった。


「今日は本当に楽しかったわ。またお食事をしましょう」


「今度は俺の方におごらせて下さいね」


 クリスは俺の願い出を快諾し、また近々やりましょうと上機嫌に返してきた。ひょんなことから始まった宴は思わぬ形でお開きになったのである。

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