231 秘めたる心
「レティシアはグレン以外の男の人に眼中がありませんから」
えええええ!!!!! アイリの言葉を聞いて呆気に取られた。まさかアイリからそんな言葉が出てくるなんて・・・・・
「いやいやいやいやいや、それはないから」
「いえ。レティシアはグレン以外の人を見ていません。近くにいるからハッキリと分かります」
全力で否定したが、今のアイリには通用しない。アイリの声の端々から、レティシアに一種の対抗心を燃やしている事が伝わってくる。信じ難いがアイリはレティシアに嫉妬しているのだ。この場でレティがいたら間違いなく仰け反っているだろう。
「レティシアは誰とも結ばれたいと思っていません。グレン以外とは・・・・・」
こんな話をされたらレティも困るに決まっている。今、アイリの口を塞ぐ術はどこにもない。見るとアイリの目が据わっている。アルコールが回ってきたのか、正直かなりヤバいところにある。
「私は・・・・・ 私はグレン以外の人と結ばれたくはありません!」
・・・・・遂に言わせてしまった。アイリの心の内にある言葉を・・・・・
最近のアイリは行動でそれを隠さなくなっていたので、言葉には出させまいとそうなる前に回避してきたのだが・・・・・ 押し切られてしまった。アイリは事実を確認するために話をしたかったのではなく、自分の奥底にある気持ちを吐露したかったから話したかったのだ。
「グレンの気持ちがどうでも、私の気持ちに変わりはありません!」
そう言うと、今まで我慢していたからだろう、アイリの頬に涙が伝った。やがて顔を両手で覆い嗚咽する。俺は今、アイリに何をしてあげたらいいのだろう。思考を巡らすが答えが出てこない。答えを出すには俺はあまりにも経験不足だった。佳奈に聞けば答えがあるのかもしれないが、今はいないし、いても相談なんてできるような話じゃない。
「ごめんな、ごめんな」
俺は席を立ち、アイリに近づいて抱きしめることしかできなかった。情けなくて涙が出てくる。自分の事ばかり考えていてアイリの気持ちを蔑ろにしている、そんな俺が情けなかった。気の利いた言葉なんて、そんなもの上っ面だけじゃないか。どう取り取り繕おうとアイリの気持ちを救うことなんて、できる訳がない。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
アイリが俺の胸元でそう詫びる。身体から震えが伝わってきた。アイリは何も悪くない。悪いのはこの俺だ。
「グレンの事を考えると、どんどん悪い子になってしまって・・・・・」
「ありがとう・・・・・ アイリ」
それだけの言葉しか、俺の口から出なかった。そこまで俺のことを想ってくれる。そんなアイリにありきたりな言葉しか掛けられないのは情けないが、偽らざる本心。感謝の気持ちしかない。アイリは本当にいい子だ。現実世界には佳奈が待っているのに、こちらではアイリがここまで想ってくれている。
俺は一体どうすれば良いのか。アイリを抱きしめながら途方に暮れた。
――週明け。実家に帰っていたリディアが父ガーベル卿から預かってきたと封書を渡してきた。機嫌の良さそうなリディアの顔を見るに、休日の帰宅は悪いものではなかったらしい。実家に帰った理由はダニエルの合格祝いだったそうである。
渡された封書を開けると、ダニエルのデスタトーレ子爵家採用に関するお礼が書かれていた。ダニエルに直接礼を述べに行かせるところもそうなのだが、ガーベル卿はクリスの次兄で宰相補佐官であるアルフォンス卿が言う通りの律義者である。
便箋の最後にガーベル邸への誘いが書かれている。今週末の休日にいかがですかと。この件についてリディアに聞いてみた。
「ううん、分からないわ。家に帰ってこいとも言われなかったし・・・・・」
そうなのか・・・・・ リディアが知らないということは、俺一人に対する招待のようだ。ガーベル卿からの好意を袖にするわけにはいかない。という訳で、俺は誘いを受けることにした。
フレディが休日、ケルメス大聖堂に行った話をリディアに話し始めた。珍しくフレディが前のめりに話すので、リディアの方が引いている。フレディは枢機卿と話せて、興奮冷めやらぬと言った状態。その中でアイリの話も出た。
「どうしてローランさんが・・・・・」
「行かせて下さいと言われてしまってな」
「ムフフッ♪」
おい、なんだその笑いは。リディアは楽しそうに言う。
「グレンったら、もう! 押し切られたのね。ローランさんの気持ち、分かるわ~♪」
リディアは一人納得している。確かにリディアも行きたい乗りたい動きたいと、フレディにベッタリだったもんな。特にフレディの実家、チャーイル教会に行ったときなんか特にそう。アタックというよりも、突進と表現したほうがピッタリだった。
「ローランさんもグレンのはぐらかしに業を煮やしたのよ。フレディも協力してあげた?」
「いや・・・・・ なに・・・・・ そこまで・・・・・ 思いつかなかったよ・・・・・」
「ダメじゃない! もうっ!」
突然、無茶振りされて狼狽えるフレディに対し、ダメ出しするリディア。今日のリディアは絶好調だった。
「それでローランさんは喜んでいたの?」
「ああ、楽しかったようだよ」
フレディと別れた後の修羅場については触れないことにした。聞いてリディアにまで伝搬したら、フレディが持たない。一昨日の晩、黒屋根の屋敷で号泣しながらワインを飲み干したアイリだったが、翌日、腫れぼったくなった目で現れた。
「ごめんなさい。やっちゃいました」
会うなりいきなり謝ってきたアイリ。不安から思わず泣いてしまって、泣きはらしたらスッキリしたと言うのである。それほどアイリは中に溜め込んでいたのだろう。前日とは対照的にアイリは軽やかだった。結局その日は、スイーツ屋に行き、黒屋根の屋敷でピアノを聞き、応接室で歓談し、ロタスティで夕食を食べ、閉店までワインを飲んだ。
アイリがあそこまで溜め込んでいたのは、ハッキリ言えば俺が触れてほしくない部分を直感で触れさせないようにしてしまったからだろう。何かを聞こうとしたアイリの気配を察知して別の話題に変えるとか、聞く瞬間に話を打ち切ったりとか、そういう方法で触れさせないようにしてきた。決定的な話になるのが怖かったからそうしたのである。
それが俺の精神衛生上にとって良いからであり、アイリの為にもなると思っていた。人というもの、知ることよりも知らぬ方が幸せなことが多いからだ。俺は帰る。これは揺らがない。その為に俺は学園にやってきたし、そのために動いてきたのだから。しかしそれをすればする程アイリを追い詰めてしまう形になる。だからそれを見せないようにしてきた。
だが、それはアイリに不信感を募らせ、不安を煽る事に繋がってしまった。アイリはより深く知りたいのだ。俺のことや俺にまつわることを。レティやクリスがいた時には二人が抑えの役割を果たしていたが、狩猟大会で両方がいなくなった事で、アイリの心の奥底にあった感情が吹き出してしまったのである。
それが俺と行動を共にすることを求め、俺の前で感情を発露させることに繋がったという訳だ。ただアイリ比ではあるが、感情を表にさらけ出した事で、エネルギーが発散されてスッキリはしたようである。アイリは『常在戦場』の事務長ディーキンから誘われた、『常在戦場』改組の立ち会いに参加する気満々だった。
今日は俺の魔装具が忙しく光る。エッペル親爺と『常在戦場』の事務長ディーキンから相次いで連絡が入ったからだ。共にまるまる引き取った形となった冒険者ギルドについてである。まずエッペルからは働いていた要員についての話。事務員は取引ギルドで雇用し、警備と施設保全を行っていた者は『常在戦場』へ入団することになったとの事。
また警備と施設保全は『常在戦場』に一任し、旧冒険者ギルドの施設は『常在戦場』の分駐所としても使われる事になったらしい。取引ギルドは旧冒険者ギルドの施設に引っ越し、旧冒険者ギルドの業務は『請負ギルド』として残って、取引ギルドの名称も『取引請負ギルド』と改称されるという話だった。それを聞き、何気に凄いことだと思ってしまう。
続いてディーキンからの連絡だが、こちらの方は冒険者ギルドで雇用していた警備や施設保全に携わっていた者の半数が入団を辞退したとの話。まぁ現実問題、買収された側の会社で働いていた者が辞めるケースは多いからな。俺の会社自体もそうだったし。
ただ、俺の会社は会社ごと買収されただけだが、冒険者ギルドの場合は解体。配置転換を求められた者が去るのは致し方がない。去る者には未払いの給金が払われただけなのに対して、入団を決意した者には別途支度金が支給されたとの事。どちらの方が当該の者に良かったのかは分からぬが、これは人生の分水嶺で、もはやゼニカネの問題ではない。
また冒険者ギルドの未払金は要員の給金のみで、出入りに対する支払いや、登録者への払いは滞りなく行われていた事が確認されたとの話。しかしよく払っていたものだ。故にこちらがすべきことは未払い給金の払いのみで、全ての支払いは完了したとの報告を受けた。
これで引き継ぎ作業は終了。王都の冒険者ギルドは名実ともにその歴史に幕を閉じた。続いて『常在戦場』の改組が終わったので、今日の夕方に来訪して欲しいという話。もちろん俺は快諾した。魔装具を着る間際、ディーキンは言った。
「秘書の方も同行なさいますよね」
「もちろんだ」
ディーキンからの連絡を受けた俺は夕方、アイリと共に馬車で繁華街近くにある『常在戦場』の屯所に向かった。今日のアイリは機嫌がいい。俺が何をしているのかを知ることが出来るのが嬉しいのだという。
「今日は以前決闘に来られていた方々の所に行くのですね」
「ああそうだ。ただあの時と違って、冒険者ギルドの登録者の多くが入団したしたから、人数が全く違う」
「どれくらい違うのですか?」
「三倍から四倍」
実際、どれくらい増えたのかは分からない。ただ大幅に増えたのは間違いない。というのも三百人以上の登録者がいたという王都の冒険者ギルドが、こちらが引き取った際には僅か六人しか登録していなかったのだから。ディーキンが言うには、この六人は連絡が取れない為、冒険者ギルド解散に伴う登録抹消手続きが行われたらしい。
馬車が繁華街を通って『常在戦場』の屯所の敷地に入る。馬車溜まりで止まった馬車から降りると、グレックナーら『常在戦場』の面々が俺達を出迎えてくれた。




