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019 決戦

「いよいよ今日だな、決闘」


 相変わらず顔を突き合わせながら、俺とアーサーは「ロタスティ」でメシを食っていた。アーサーは今日も分厚いステーキ。こいつは本当に肉が大好きだ。俺の方は特製コンソメパスタ。昨日から念の為、食事調整を行っている。こちらには油を使わぬ料理が少ないので、調整食を考えたりするのが面倒だ。


「ところでオッズ、また動いたらしいぞ」


「ん?」


「大口だ、大口。超大口がお前に賭けたらしいぞ。レートがどちらも二倍前後になった」


「誰だ? 俺なんかに賭ける物好きは。更にドーベルウィン応援団を煽りたいのか?」


 俺が二〇〇〇万ラントを賭けて以来、決闘賭博は一気にヒートアップ。掛金総額が一億ラントを超えたらしい。そこに今度は、俺に大金を賭ける物好きが現れたというのだ。賭博へのベットが更に加速するだろう。


「またお前じゃないだろうな」


 昨日、アーサーに気が変わって二〇〇〇万ラントを賭けたことを報告すると、ビックリしてしばらく言葉を発することができなかった。で、しばらく経って、口から出てきた言葉が「レートが暴落したぁ」だったのには笑ったが。


 確かにアーサーの稼ぎを減らしたのは悪かったのだが、低調な掛金相場の中、レティが本気で賭けるとレートが多分半分になったはず。結局のところ、下がることには変わりがない訳で、その辺りは許して欲しい。


「残念ながら俺じゃない」


「あれだけのカネを積んだんだからな、さすがにそれはないか」


 いや、あれの百倍積んでも問題ないよ、などという本当の事はさすがに言えない。別れ際、アーサーに言ったのはお願いだった。


「アーサー。セコンドの方頼んだぞ」


 アーサーは任せろと胸を叩いた。この男の心はいつも用意万端である。俺達は「ロタスティ」を後にした。


 放課後、闘技場に向かう直前、エッペル親父から朗報が入った。前から頼んでた王都ギルドの序列四位・ファーナス商会を営むアッシュド・ファーナスと面会(アポ)の取り付けが出来たとの話で、明日にでも会おうとの事だという。急な話だが、嬉しい急ぎだ。もちろんその場で快諾し、セッティング等の詳細は明日詰める事とした。


「後はドーベルウィンを片付けるだけか」


 俺は闘技場のフィールドに向かう通路上、【装着】で衣替えをしながら控室に入る。中ではアーサーとウインズが待っていてくれたのだが、俺の姿を見るなり驚いた顔を隠そうともしなかった。


「えらく思い切った格好だな」


 俺を見てアーサーが言った。それもそのはず。別注の黒の道衣上下に革の鎧と革の小手。頭は黒い布で現代かぶりという、エレノ世界では考えられない「出で立ち」だった。軽量で動きやすい装束はこれしかなかったのだから仕方がない。


 黒の道衣は王都の仕立屋(テーラー)で別注した無駄の極みのようなもの。これは図案を示した俺の満足できるものを作ったのが仕立屋(テーラー)しかなかったからで、エレノ世界の裁縫技術の偏りっぷりに涙したものだった。下は普通の道衣風だが手が突っ込めるようにポケットを作ってもらっている。上はゆったりしたコックコートのようなデザイン。


 手間暇かけただけあって、非常に動きやすい道衣だ。


「アルフォード君、本当にそれで大丈夫なんですか?」


 ウインズは心配そうに尋ねてきた。


「アイツにはこんなもんで十分だよ。それより俺らはもう一心同体だ。これからはグレンと呼んでくれ」


 えっ、とキョトンとするウインズ。


「クルト。よくセコンドについてくれたな。嬉しいぜ。これからもよろしくな」


 クルトはパッと明るい顔になった。


「こちらこそグレン君、よろしくね」


「グレン、だ」


「わかった。グレン」


 お互い手を差し出し俺たちは固く握手を交わしていると、アーサーが「そろそろ時間だな」と出発を促してきた。俺は【収納】で木刀、イスの木の枝を取り出して脇に差し、持っていた黒いガウンを羽織って、決戦の舞台であるフィールドに向かう。


「おいグレン、本当にそれで行くのか!」


 道すがらアーサーが問いかけてきた。


「もちろん!」


「振り切り方が凄いよな、お前。さすがだぜ」


 アーサーは興奮気味に笑った。


「ところでオッズの件だがな」


 決戦賭博の最終的なオッズについてアーサーが教えてくれた。それによるとドーベルウィン 一.五倍、対する俺が二.九倍となったらしい。


「ざっとみんなで二億ラント近く賭けた計算だな」


「二億・・・・・」


 二人とも実感がわかないようだ。


「すぐに計算できるんだ。凄いよねグレンは」


「概算だけどな」


「僕、持っているお金、さっき全部賭けたから」


 クルトはサラリと恐ろしいことを言った。これはますます負けられない。するとアーサーが振り返った。


「もちろん俺も全額だ」


 そんなやり取りをしている間にフィールドに到着した。


 俺は初めて闘技場の中に入って驚いた。まさに乙女ゲーム『エレノオーレ!』で見たローマ式闘技場、コロッセオではないか。よくもまぁ、こんなものをリアルに再現したものだ。観客席の方を見ると座席が広そうで余裕がある。客は五千人程度の収容が可能ではないかと思われる。


 客の入りは中々のもので半数近くが埋まっている感じだ。俺たちが入ってきたからか、ざわめきが大きくなったようだ。


 フィールドは砂地で、その真ん中に一段高い、台座のような真四角の「リング」と呼ばれるステージがある。石畳が敷かれたこのリングの中で決闘は行われる。時間は無制限一本勝負。相手の体力を消滅させるか、武器を落とさせるか、リングの外に出すかの三つで勝負を決める。シンプルだが過酷なルールだ。


 リング上は魔法結界が張られており、魔法発動が行いやすいよう工夫がなされているという。また、不慮の事故によって命に関わるようなダメージを受けた場合であっても回復できるように、ダメージ・コントロールが敷かれている。よって安心して戦って下さいという意味不明な説明を受けてしまった。エレノ世界の常識はいつもおかしい。


 そのリングに近づくと「全部賭けたわよ~」という聞き覚えのあるアルトの声がした。声の場所に目をやると、そこにはやはりレティがいる。元気よく手を振るレティ。その横には心配そうにこちらを見るアイリがいた。俺は目立たぬよう、大きく頷いて二人に合図を送った。


 リングの上には既にドーベルウィンがフルアーマーの完全武装で仁王立ちしていた。脇には『エレクトラの剣』をこれみよがしにぶら下げて。


「装備はざっと四六〇万ラント程度だな」


「そんなこともわかるのか」


「まぁ、商人だからな」


 特殊技能【鑑定】を使わなくてもそれぐらいの事はわかる。リング脇に到着した俺はドーベルウィン側に付いている人間に目が行った。あれは誰だ?


「スクロードだな。男爵家の」


 ああ、なるほど。アーサーの指摘で記憶が繋がった。マーロン・デルーサ・スクロード。男爵家の嫡嗣。俺の学園脳内リストにその名があった。スクロード男爵は近衛騎士団に属する将校だったはず。おそらく元騎士団長であるドーベルウィン伯との繋がりなのだろう。こういうとき、貴族子弟が味方にいると助かる。


「グレン・アルフォード! 先程から見ているが、貴様はリングに上がれないほど怯えておるのか!」


 痺れを切らしたのか、リング上にずっと仁王立ちで立っていたドーベルウィンが吠えだした。セコンドに付いている男爵子息スクロードが落ち着くように呼びかけているが、鼻の尖った狂犬には無意味のようである。


「所詮は商人の倅。最初からこの場に立つことさえ出来ぬ人間だったのだ!」


「ここに宣言しよう! 我がジェムズ・フランダール・ドーベルウィンはこの決闘に勝ったのだ!」


 会場からどっと歓声がわく。おいおい、まだ決闘自体始まってねえじゃねえか。勝手に勝利宣言するドーベルウィンもドーベルウィンなら、貴族学園も貴族学園。ポンコツ具合もハンパない。


(じょうがねえなぁ)


 俺はゆっくり石段を上がってリングに立ち、羽織っていた黒いガウンをフィールドに投げ捨て、両手をポケットに突っ込んだ。


 すると会場が一瞬の静寂に包まれた後、ざわめき出し、ドッと笑いが起こった。


「おい、なんだあの装備」

「やる気ねえんじゃないのか?」

「これじゃ最初から勝負決まったようなもんだろ」

「これで決闘するつもりか?」

「どうして裸足なんだよ!」


 闘技場からは俺への嘲笑と侮蔑が混じった声が入り乱れていた。黒い道衣、革の鎧に革の小手、頭は黒い布で現代かぶりだもんなぁ。最低装備の貧弱装備。フルアーマーをイメージしていた連中からすれば失笑モノの格好だ。彼らは確信しただろう。「この勝負、ドーベルウィンの勝ちだ」と。


 かくてアホ学園(サルンアフィア)に相応しいインチキ試合の舞台は整った。

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