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018 ビートのグレン

 そういえばレティ、ドーベルウィンと同じクラスだったな。


「俺には魔法剣がある! ってうるさいのよ。もう、うっとうしくて」


 レティが新たに開けたボトルをグラスに注いだ。周りはそれを聞いてみんなドーベルウィンが勝つと見込んで賭けようとしているらしい。先日のアーサーの話と全く同じ状況。ただみんなドーベルウィンのオッズが低すぎるため、みんな賭けようかどうか迷っているとの事だった。


「だからねぇ、私はグレンで勝負してやる、と思っていたのよ。アイリス、貴方も行くでしょ!」


 グラス片手にギョッと見られたアイリが「えっ?」という顔で固まっている。


「賭けるのよ、グレンに。当然でしょ!」


 レティの謎気迫にアイリが圧されている。典型的な酒呑みの絡み方だ。アイリは困ったような顔をしている。助け舟を出そうと俺は話題を変える事にした。


「今、生徒会にどれぐらいの掛け金が集まっているんだろうなぁ」


「ドーベルウィンの方に賭ける人が多くて、集まりがイマイチみたいよ」


 レティはワインをグビッと(あお)った。


「大体一五〇〇万ラントのようね」


 思ったよりも集まりが悪いな。賭ける気なんか全くなかったが気が変わった。少し煽ってやるか。


「わかった。だったら俺が一〇〇〇万ラント出そう。明日の朝一に生徒会にブチ込んでやる」


俺はグラスのワインを飲み干した。


「ええええええええええええええ!」


 二人のヒロインの驚嘆がハモった。アイリもレティも仰け反っている。そりゃそうだ、日本円換算で三億円一点張りだ! って言ってるようなもんだからな。


「これでオッズが変わる。変わりゃ、ドーベルウィンに賭ける気だった連中は、気合を入れてカネ賭けるだろう」


「そりゃそうだけど。無茶過ぎるよね」


 レティの顔が引きつっている。初めて見る顔だ。こっちの顔を見るほうが面白い。第一かわいいじゃないか。レティは長身でスレンダーボディだから、年齢よりも大人びて見える。それが困惑する少女になるのであれば面白い。小悪魔な子は、困らせてやった方が可愛らしくなるというもの。


「グレンはいつもそんな勢いで相場をやっていたのですね」


 すっかり顔が赤くなったアイリが的確に読んできた。俺がやろうとしていることを否定しないというのが、レティと違うところだ。アイリの言葉が俺の相場魂に火を付いた。


「ドーベルウィンが勝つと思っている連中全員に、有り金全部を賭けさせるぐらいじゃないと、懲らしめたことにはならんだろ。よし、二〇〇〇万ラントに増やしてやる」


「ハハハハハハハハ」


 レティが今度は笑い出した。額を聞いておかしくなってしまったのか。


「ヒドイよねぇ。酷すぎて笑うしかないでしょ。ドーベルウィン応援団を釣り上げるためだけ(・・)にとんでもない金額を出すって。ヒドすぎて笑うしかないわよ」


「二〇〇〇万ラント出せばオッズはひっくり返る。ざっとした計算だけどドーベルウィン一.〇八倍、俺十三.五倍だったのが、一瞬でドーベルウィン二.八倍、俺一.五倍に変わるんだぜ。するとどうなる? 連中は確実に儲かると、ドーベルウィンに全力投球するはず」


「凄いわグレン! 少しの情報でそれだけの分析するんだから大したものよ。ビート相場で大暴れして命を狙われるだけの事はあるわ」


 ここまで来るともはや褒めているのか、けなしているのかわからない。


「グレン! あなたは今日から『ビートのグレン』よ!」


 レティはそう叫ぶとグラスを高々と上げた。いやいやいやいや、言われるこっちが恥ずかしい。


「『ビートのグレン』 いいですねぇ。お金の出し方も立派だし」


 どういう訳かアイリもノリノリだ。ワインのせいでレティのノリが伝搬してしまったのか。


「そういうわけでドーベルウィン応援団をやっつけましょう!」


「おう!」


 レティの掛け声にアイリが呼応する。ヒロインにこういうのをやらせちゃダメだ! そもそもゲームにこんなスチールはない、と思っていたら、レティにグラスを持って立ち上がるように促された。何かが間違っているぞ。

 

「『ビートのグレン』の勝利を願ってカンパ~イ!」


「カンパ~イ!」


 レティの発声にアイリと俺が続いた。いや続けさせられたのである。終わった後「みなさんありがとうございました」と頭を下げるレティの姿に、会社のつまらん式典の風景を思い出してしまい、一人笑ってしまった。なんだかよく分からないが実に楽しい。


 こうして謎に盛り上がった三人のディナーは、思わぬ形で散会したのだった。


「おい、ドーベルウィンのオッズが上がったらしいぞ!」

「大口がアルフォードに乗ったらしい」

「凄いよね。一体どれぐらいのお金を賭けたの?」

「これはドーベルウィンで稼げるチャンスだな」


 翌朝、クラスでは決闘賭博の話で持ちきりだった。俺が稽古を早く切り上げて、生徒会に投げ込んだ二〇〇〇万ラント爆弾が早くも効いたようである。生徒会には数人の生徒がいたが、俺が持ち込んだカネ、大金貨を見て全員が固まっていた。


 大金貨とは10万ラント金貨のことで、ラント最高額の硬貨。日本円換算で約300万。日頃使うことがない単位のものなので、中々お目にはかかれない。これをいきなり二百枚持ち込んで賭けたやった。


 すると生徒会側も俺の巨額掛金にビックリしたのか、トーリスという長身だが何かひ弱そうな生徒会長と、アークケネッシュという目つきの悪い女性の副会長という、役員二人が出てきて俺に応対してきた。


 後で聞いた話だが、生徒会役員が掛金で直接応対すること自体、非常に珍しい事らしい。俺がそれだけの巨額資金を動かしたということなのだろう。


 俺のこのブチ込みによって、オッズはドーベルウィンが3倍近くに跳ね上がった。これで普通の貴族は挙って奴に賭けるはず。俺はこの決闘賭博の掛け金総額を勝手に一億ラントと設定している。みんな大いに踊ってベットして欲しいところ。


 席につくと隣のフレディと前のリディアが、当然ながらこの話を振ってくる。この二人、共にミーハーなのだ。


「ねぇ、決闘のオッズ。グレンの方が本命になったんだってね」


「誰かがグレンに大金を賭けたそうよ」


 それは俺とは二人には言えない。物好きもいるもんだ、と適当に躱し、二人だけに聞こえる声で本題に入った。


「フレディ、リディア。四の五の言わず、俺に賭けろ」


「えっ!」


 二人共硬直している。だが俺は構わず続ける。


「みんなドーベルウィンに賭ける。これはチャンスだ。俺に賭けていれば確実に3倍にはなる」


「・・・・・どうしてそうなるって・・・・・」


 フレディの疑問に俺は軽く説明した。オッズがドーベルウィンの方が高くなったので、ドーベルウィンが勝つと思っている多くの生徒は一斉にドーベルウィンに賭けるはず。俺に賭けるやつはいないので、俺のレートは自動的に上がる、と。


「でも決闘だからどっちが勝つかわからないよね、グレンには申し訳ないけど」


 リディアは少し言いにくそうに目線を逸した。リディアの言葉にフレディも軽く頷いている。それは当然だ。普通ならばそう考える。だから俺は本当の事をハッキリと言ってやった。


「その心配はない。俺が勝つから普通に儲かる」


 俺の言葉にリディアもフレディも沈黙した。俺がここまで断言したことは一度もなかったのだから、驚くのも無理はない。


「まぁ考えればいい。答えは簡単だ。賭けというのは少数こそが勝つ。勝ちたいなら俺に賭けろ」


 より低く小さな声で二人に囁いたとき、魔装具に反応があった。エッペル親父からだ。こんな朝から珍しい。俺は一旦教室を出て、すぐさま連絡を取った。


「おう、朝からすまんな。殺し屋募集しているヤツがわかった」


 昨日のエッペルのポロリでアイリに睨まれたので、文句の一つも言ってやりたいところだが、相手に悪気がないのでそれは諦めた。


「ワロスという金貸し屋だ」


 は? 『ワロス』? なんちゅう名前や。古いネットスラングだぞ、それ。俺は思わず笑った。エレノ世界は尽くフザけた世界だ。そのワロスという男、『信用のワロス』という救いようのない名前を屋号とし、山師を主戦場に金貸しをしているらしい。ここで言う山師とは相場で金儲けする連中のこと。要は俺みたいなヤツらだ。


 そのワロスという男がどんな奴なのか、今度詳しく教えて欲しい。エッペルにそう伝えて会話を切った。ここから先はカネを積んで、ということだ。俺はワロスという名前を思い出し、噴き出しそうになりながら教室に入った。

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