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179 【拡散雷撃砲《トオルハンマー》】

「【拡散雷撃砲(トオルハンマー)】」


 レティがどこかで聞いたような電撃魔法を唱えた。「トゥール」でもなければ「トール」でもない、拡散雷撃砲(トオルハンマー)。何かフザけたようなネーミングであるが、威力は想像以上凄まじい。普通、上から雷が落ちるのが雷撃魔法の基本なのだが、レティの唱えた【拡散雷撃砲(トオルハンマー)】は大きく異なる。


 魔法を唱えたレティの水平線上から、まるで散弾銃を打つかのように、球形の雷弾(らいだん)が放たれるのだ。教官四人にその雷弾(らいだん)が幾つも直撃してダメージを与える。闘技場はレティの大技に大いに沸く。クリスの【炎の大滝(ファイヤーフォール)】が唱え続けられている状態での、攻撃魔法なので余計に盛り上がるのだろう。


 序盤にも関わらず派手な魔法で存在感をレティ。流石は天下の雷娘だ。しかしそこで終わらないのがレティ。【拡散】という名に相応しく、進行役の教官イザードにまで雷撃が落ちてしまったのには笑ってしまった。こういうオチの付け方がレティらしい。俺は振り向かず、後ろのレティに聞いてみた。


「どうして「トオル(・・・)」なんだ?」


「知らないわよ! 話題をいつも拡散させているからじゃないの?」


 何じゃそりゃ! まぁいい。しかし、イザードへの流れ雷弾(らいだん)。絶対に狙っているよな、レティ。俺の脳内に流れている「時代劇のコッペパン」のボリュームが更に上がる。オケはワルシャワフィルハーモニー管弦楽団なんだよなぁ、確か。あの放送協会、何故かワルシャワフィルを使うことが多いような気がする。自前でもあるのに・・・


 しかし愛羅が子供特有の高い声で、少し音程の狂ったトーンで「コッペパーン♪」って歌うのは可愛かったなぁ。俺は愛羅に本格的な音楽教育を施すつもりはなかったのだが、今から考えると逆にガチの音楽教育をしてやった方が良かったのかしれない。一つの物事に打ち込む姿勢を施してやれば、別の生き方をしても苦労はしないだろうからな。


 普段は愛羅のことを思い出さないのに、決闘のようなこんな状況の時にどういう訳か浮かんでくるのは不思議だ。俺は目の前に展開されている決闘に集中する。クリスとレティに商人特殊技能【渡す】で魔力を送りつつ、【機敏】を唱え自分に掛ける。【炎の大滝(ファイヤーフォール)】の中、オルスワードが【魔法大盾(グレートシールド)】を唱えた。


 【魔法大盾(グレートシールド)】は魔術系防御魔法だが、オルスワードが前に唱えた【魔法防板】やレティが唱えた【魔法隔壁(バルクヘッド)】と防御系統が違うので、両立させることができる。こちらが【防御陣地(ディフェンシブ)】と【鏡面反射スペキュラリフレッション】、そして【魔法隔壁(バルクヘッド)】を両立させているのとは同じだ。


 だが、いくらオルスワードが優れた術家であろうとも、俺の後ろにいるアイリ、レティ、クリスを一人で相手をすることは不可能。だって、役者の格が違うのだからどうしようもない。だからロクに勉強していない筈のレティが唱えられる魔術系最上級防御魔法【魔法隔壁(バルクヘッド)】をオルスワードは唱えられないのだ。


 それに魔術教師オルスワードは、クリスの【炎の大滝(ファイヤーフォール)】を未だ分析できていない。どうしてそれが分かるのか? 何故なら地面からのダメージを防ぐための【浮上】を使っていないからだ。【炎の大滝(ファイヤーフォール)】は地面に落ちる炎の反射も相手にダメージを与えるのである。


 分析が足りないのは仕方がない部分もある。ゲームのオルスワードは防御魔法は従で、メインは火、土、水の攻撃魔法。得意な分野が攻撃魔法なのに、現段階で魔術系防御魔法しか唱えられない時点で詰んでいると言えよう。まぁ、こちら側の作戦が功奏しているからなのだが。


 クリスは【炎の大滝(ファイヤーフォール)】を維持してくれている。詠唱の声を聞いているとまだまだ行けそうだ。一方、教官側は魔法術師(ヒーラー)のモールスが【領域回復(エリアヒール)】を唱え、教官側の全員を回復させた。だがクリスの唱える【炎の大滝(ファイヤーフォール)】によって、回復させた側からダメージを受けている。


「グゥゥゥゥオォォォォォ!!!」


 ブランシャールが再び俺に斬り込んできた。大剣に両手持ち、普通なら大打撃。前の俺でも打撃甚大。しかし今の俺は最強レベルの鎧で身を固め、打撃系最上級防御魔法で守られている。俺が戦闘スキルがない商人であろうが、この鉄壁の防御陣を崩される訳がない。


 俺は先程と同じく腕を組んだまま一方的にブランシャールに斬られた。だが、俺は大きなダメージを受けていない。今の色なし剣士ブランシャールの打撃力は、カインやグレックナーどころかトーマスクラス。だから大打撃を与えたとは言えないのだ。


 【領域回復(エリアヒール)】を唱えたのは白い鎧の教官剣士ド・ゴーモンだ。流石は白騎士の教官。白騎士なのに、魔法術師(ヒーラー)並の術を使って、教官側を回復させる。しかし、その代償にこちら側への攻撃は封印されてしまった。


 アイリが【回復】で俺の体力を回復してくれた。地味な作業だが、鉄壁のディフェンスを維持しておかないと蟻の一穴という事もあり得る。油断なきよう、完璧に防御陣を維持しておかなければならない。


「もう一発行くわよ!」


 聞かなくても分かる。レティは【拡散雷撃砲(トオルハンマー)】を唱え、教官らに球形の雷弾(らいだん)を見舞い、相手にダメージを食らわせた。闘技場にどよめきが起こる。レティの魔法が派手すぎるため、この戦い一番の見所になってしまっていた。


 とは言っても、基本俺が関わった戦略である以上、ルーチンワーク的な単調な展開になっていることは否めない。クリスは【炎の大滝(ファイヤーフォール)】を唱え、レティは雷撃魔法で攻撃、俺が前衛に立って魔力供給装置兼三人の盾となり、アイリが俺を回復させる。ハッキリ言えばそれだけの単純作業だ。


 こちらが単純作業なだけではない。相手にも単純作業を強いるのが俺のやり方。魔法術師(ヒーラー)モールスと白騎士ド・ゴーモンに回復要員をさせ、色なし剣士ブランシャールに俺を斬らせる。問題のオルスワードには防御魔法の展開に追い立てて、攻撃魔法を遮断する。現段階では描いた通りの戦略だ。非常に上手く行っている。


 しかし最大の不確定要素はオルスワードであることは間違いない。多彩な攻撃魔法はもちろんの事だが、何しろあいつには『魔眼』がある。どんな技を展開してくるのか想像できないのだ。俺とクリスのコラボ技【完璧なる魔法防御陣パーフェクトディフェンシブ】があるとは言っても、全く油断ならない。


 俺は先程と同じ様にクリスとレティに【渡す】で魔力を送りつつ、【機敏】を唱えた。但し自分じゃなくてレティに掛ける。もう俺はこれ以上素早くできないからだ。だから今度はレベルが一番低いレティのターンが早まるように唱えたのである。


 対するオルスワードは【浮上】を唱えた。ようやく気付いたか。オルスワードは土魔法を得意としているので、【浮上】も唱えられる。続いて魔法術師(ヒーラー)のモールスが【領域回復(エリアヒール)】を唱え、教官側の全員を回復させた。見れば分かるが追い込まれているのは教官側であって、俺たち生徒側ではない。


 クリスは変わらず【炎の大滝(ファイヤーフォール)】を維持することに専念している。しかし【鑑定】で教官側を見れば、『実技対抗戦』の時よりクリスの火魔法の威力が増している。これはおそらく『女神(ヴェスタ)の指輪』、ドラゴンのヴェスタによる加護のおかげだろう。ヴェスタは俺との約束を守ってくれている。


 色なし剣士ブランシャールがバカのひとつ覚えのように、大剣を両手持ちにして俺に斬り込んできた。俺は腕組みしたまま黙って斬られる。ブランシャールはそのまま【炎の大滝(ファイヤーフォール)】が落ちてくる自陣営へと戻っていく。わざわざ打撃を受けに戻る。ルールとはいえ何度見てもシュールな光景だ。


 白い鎧の教官剣士ド・ゴーモン【領域回復(エリアヒール)】を唱えると、アイリが対抗するかのように【回復】を唱える。相手側が二人で回復作業に当たっても回復しきれないのに対し、こちらはアイリが俺一人を全開させるのに専念している。これだけ見てもどちらが優位に戦っているのを見ても明らかだ。


「【拡散雷撃砲(トオルハンマー)】」


 レティは相変わらず水平雷弾(らいだん)を打ち込みまくっている。俺が供給する魔力をふんだんに使って、狂った雷娘が如く、容赦なく雷撃魔法を放ち続けるレティ。その雷弾(らいだん)は教官達に直撃し、確実に体力を奪っている。


 俺の脳内に流れ続けている「時代劇のコッペパン」はフルオケに男声のフルコーラスが付いて豪華な仕様に変わった。しかし誰だ、こんな無茶な詞の付け方をした奴は。男女混声仕様に切り替えようと思っても、勝手に切り替わらないのが難点だよな、脳内再生は。ていうか、この歌詞を男女混声合唱で引き受けるような猛者がいるのか?


 「時代劇のコッペパン」がフルコーラスで流れ続ける中、次のターンでいよいよ五周目。体力の回復に躍起になっている相手側だが、全体的に六割程度しか回復していない。しかも魔力は加速度的に減っている。比較的体力が多いブランシャールで六割。ド・ゴーモンに至っては三割程度だ。


 対して俺たちは体力は全員全快。魔力の方も俺以外ほぼ全快。魔力移送の力は絶大。圧倒的優位に立っているのは誰が見ても明らか。このような展開は誰も予測ができなかったはず。俺たち四人以外を除いては。何故なら三人の実力を知っているのが、俺だけなのだから当然の話と言えば当然の話。しかし俺が刀を抜かない展開にはみんなビックリだろう。


 チラリと貴賓席を見る。四人の貴族が並んで座っている。席次上位に座っている神の薄い中年の男、あれが園友会会長のゴデル=ハルゼイ侯か。鑑定眼で表情を見た。商人特殊技能【鑑定】は鑑定だけではなく、レンズのように遠いものをズームできるという妙に便利な機能というか、作用というか、そのような付加技能がある。


 【鑑定】を使って双眼鏡のようにゴデル=ハルゼイ候の顔を見ると、顔が明らかに引きつっていた。おそらくは全く予想外の展開なのだろう。「たかが商人如きに」と思うような余裕すらなさそうだ。まぁ、これだけでも招待した価値があったと言えよう。俺のターンがやってきたので目の前の戦いに専念する事にした。


 俺はクリスとレティに【渡す】で魔力を送りつつ、【機敏】を唱えレティに掛ける。自分で言うのもなんだが、なんてルーチンワークなんだ。圧倒的優位な状況下、相手に大消耗戦を仕掛けて焦らし続けるだけ。非常にクソつまらない戦いを展開している。


 すると業を煮やしたのか、オルスワードがこちらに向かって上級炎魔法【火炎直撃弾】を打ち込んできた。守勢に回り続けることに耐えられなくなったオルスワードが、遂に仕掛けてきたのである。


「おおおおおおおお!!!!!」


 闘技場内から大きなどよめきが起こった。観客も自体が動いたことを敏感に察知している。今までの俺の闘いと違って、今回は客の多数を占める生徒も冷静だ。これは今回、急遽開催された決闘のため、決闘賭博が開かれなかった事も影響しているだろう。


 オルスワードから放たれた【火炎直撃弾】。その大きな火炎弾は俺を目がけて一直線に向かってくる。だが、腕組みする俺は微動だにしない。そして俺の手前で跳ね返され、そのまま教官陣に直撃してしまった。


「なにぃぃぃぃぃ!!!!」

「ぐぉおおおおおおお!!」

「ぎぃぃぃぃぃ!!!!!」

「がぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 教官達は上下からクリスが常時放っている【炎の大滝(ファイヤーフォール)】の打撃に加え、俺とクリスのコラボレーション【|完璧なる魔法防御陣《パーフェクト マジック ディフェンシブ》】によって跳ね返されたオルスワードの【火炎直撃弾】をモロに受け、文字通り断末魔の声を上げている。


 闘技場はこれまでの中で一番大きなどよめきに包まれている。仮にもサルンアフィア学園教官陣のベストメンバーだと思われる四人が、商人の俺と女子生徒三人を前にして手も足も出ない状態で、一方的にやられているのだから無理もない。教官側の劣勢はもはや覆い難いところまできていた。


 俺は商人特殊技能【鑑定】を使い、リアルタイムで教官側四人の体力を改めて見た。二種類の炎魔法によって、恐るべき勢いで体力が奪われている。まずは白い鎧の教官剣士ド・ゴーモンが倒れた。次に魔法術師ヒーラーであるモールスも息の根が止まる。これで教官側に回復魔法を唱える者は誰もいなくなった。実質的に教官側は詰んだ(・・・)のである。


「ウォォォォォォ!!!!」


 体力だけはありそうな色なし騎士ブランシャールが、野太い声を上げて斬り込んでくる。回復要員がいないのだからハイポーションなりエリクサーを使えよ、お前。と思いつつ腕組みしたまま、その攻撃を受けた。ブランシャールは律儀にもそのまま自分の位置に戻る。


 しかしブランシャールはその直後に倒れ、戦闘不能に陥った。【炎の大滝(ファイヤーフォール)】のダメージを受け続けてしまったまま、体力を回復させずに戦う愚行によるものだ。


 自業自得と言えばそれまでだが、ホントにお前教官なのかという、基本的な問題がある。大体、攻撃するため【炎の大滝(ファイヤーフォール)】の外に出た後、わざわざ戻って討ち死にって、体を張って笑いを取りにいっているとしか思えない。何れにせよ、これによって教官陣営は遂にオルスワード一人となった。


 アイリが【回復】で俺の体力を回復してくれた後、レティが雷魔法【雷の鞭】を唱え、まるで鞭打つかのようにオルスワードへ左右に雷撃を連続して打ち込んだ。鑑定すると一撃は大きな打撃ではないが、繰り返すことによって加速度的に打撃を与えている。なぜだか分からないが、その一方的に(なぶ)る術はレティに向いた術だな、と思ってしまった。


 俺はクリスとレティに商人特殊技能【渡す】で魔力を送りつつ、【機敏】を唱え自分に掛ける。どんなに優位であろうと同じことを繰り返す。これがルーチンワーカーである俺のやり方。【鑑定】で見ると、いよいよオルスワードの体力は五百を切った。このターンがオルスワード最後のターンとなる。そのオルスワードが声を上げた。


「俺は人間をやめるぞ!」


 はぁ? 何言ってんだお前! 俺がそう思った瞬間、オルスワードの両目が鈍く光った。あれが『魔眼』か! 間違いない。あれは『魔眼』だ! 俺はそう確信した。

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