174 園友会
「じゃあ、今度行う決闘。園友会の執行部の御歴々を招待して、見届人になってもらおう」
サルンアフィア学園の卒業生で組織される同窓会組織、園友会。その園友会の面々は俺を煙たがっているという。ならばその園友会の幹部に、俺と教官との決闘の見届人として決闘結果の条件を履行させるというのはどうか。これならば教官共もゴールポストを動かすことはできないはず。そう考えての案だった。
「ハハハハハ!」
メゾソプラノの笑い声が貴賓室の本室に響き渡った。発信者はクリスだ。クリスは額に手を当てて笑っている。
「ごめんなさい。グレンが考える事があまりにも酷くて」
酷いって何だ、クリスよ。
「だって、グレンを煙たがって教官達に指示している方々の前で、自分が勝つところを見せつけようと考えているのでしょう。どんな顔をするのかと思ったら・・・・・」
クリスが話すと皆が一斉に笑い出した。
「そうだよね、酷いよね」
「わざわざ呼び出して恥をかかせるなんて」
「教官も園友会の連中も逃げ出せないって寸法か」
みんな口々に好き放題なことを言う。おいおい、なんで勝った気になっているのだ。
「いや、俺はゴールラインをこれ以上変えさせない為に園友会の連中を呼んで担保にしようと思っただけだぞ」
「そこでグレンに勝たれたら、園友会の面々は目も当てられないよな」
アーサーがいたずらっぽく笑う。まぁ、不愉快だろうがそうしてもらわなくては、いつまで経ってもゴールポストが動かされるだけだからな。
「では、教官側に園友会執行部を招待するよう条件を付けて・・・・・」
「いえ、こちら側で招待しましょう」
フリックの話をクリスが制止し、話を続けた。
「会長のゴデル=ハルゼイ侯、副会長のリーディガー伯とヴェンタール伯、テレ=リブロン子爵に、こちらから学園名義で招待状を送って、その旨を教官方に御連絡を差し上げればよろしいわ」
「え、日程は?」
「こちらが決めればよろしいでしょう。相手側の条件は全て呑むのですから。結果だけをお知らせすれば、相手様の手間を取らせずよろしいのでは?」
あ、悪魔だ。俺の疑問も意に介さないクリスの手法。教官達が知れば凍りつくこと確実だろう。
「それぐらい、こちら側が決めて当然よね」
「公爵令嬢の申される通り、こちら側で決める権利がある」
皆、レティやカインの意見に同調する。コルレッツとの決闘の際には、条件も日程も方式も全て教官サイドが勝手に決めた。今度はこちらが勝手に決める。これでイーブン。そういう考えなのだろう。
「教官への通知は来週の平日初日でいいでしょう。決闘は翌日の午後に」
有無を言わせぬクリスの言葉に全員が頷いた。クリスは言葉を続ける。
「賭けは打ち込み百回。教官側が勝てば無し、負ければコルレッツ及び代理人七人と共に、その場で打ち込み百回。宜しいですね」
「オルスワードの退職を条件に入れるべきでは」
「ローランさんとグレンの退学を勝手に入れたのはオルスワードだからな」
カインの声にアーサーが加わる。確かに勝手に退学を賭けにしたのはオルスワードだ。「当然よね」とレティは追従し、「同感だ」とフリックは首を振る。皆異論はない。かくして決闘条件にオルスワードの退職が入り、方針は決まった。方針が決まるとアーサーが問いかける。
「では四対四の参加者。どうする」
「まず俺は確定だ。だが決める前に聞きたい。教官側はまずオルスワードが出てくるとして・・・・・」
「問題はオルスワードよね」
俺が話そうとするとレティが割って入ってきた。そう言えば以前レティは言っていたよな。
「確か、あいつ人を操る術を持つとか言っていたよな、レティ」
「ええ。『魔眼』の術よね。オルスワードは『魔眼』の術で人を操るの」
「それを防ごうとと思ったらどうしたらいい」
「見ないことよね。あと『魔眼』を跳ね返す術。どうすればいいか分からないけれど・・・・・」
レティは情報屋らしく回避の方法まで教えてくれたが、具体的な手法についてはさすがに把握していなかった。しかし厄介な術だな『魔眼』って。ゲームではそんな術なんか使っていなかっただろ。ホントにどうなっているんだ?
「その『魔眼』とやらにどう対処するかは大きなポイントになりそうだね」
スクロードが指摘する。まさにその通りだ。あんな奴に操られたらたまったもんじゃない。
「まぁ、レティが回避法まで教えてくれたんだ。ここは決闘当日までに対策を考えればいいと思う。他には誰が出てくるのだろうか」
「モールス教官です。魔法術師ですから」
アイリの指摘に皆頷く。有名人なのかと思ったら、レティから教官の中で一番の術家だと説明してくれた。なるほど。俺が知らないのは、いかに学園に興味がない事を示しているのだろうな。
「剣技ではド・ゴーモンだろう」
カインが言う。誰だそれは、と思っていると白騎士だとスクロードが教えてくれた。アーサーによると長剣使いで回復魔法を使いこなせるとのことである。中々手強そうな相手だ。
「じゃあ、あと一人は誰なんだ?」
「イザードではないか? 戦士属性だろ。確か体力は一番多かったはず」
俺の問いにドーベルウィンが答えた。イザード。コルレッツ珍衛隊との決闘の際、グレックナーの前で醜態を見せた進行役。学生時代にはアウザール伯との決闘にも負けたという男が決闘で戦えるのか?
「ブランシャールの方かも知れぬぞ。色なし騎士だが剣技は重い」
「色なしって、何?」
フリックの口から出てきた「色なし」という言葉に思わず反応してしまった。
「白騎士や黒騎士、青騎士のような属性を持たない騎士のことさ。色がないって言うんだ」
アーサーが言葉の意味を教えてくれた。いや、そんな用語があるんだなと感心する。
「イザードにブランシャール。どちらが来ても剣士。前列が剣士二人で後列が魔術師二人。バランスの取れた配置だね」
スクロードが纏めてくれた。相手がそう来るという事が読めた上でこちらは誰が出ていくのか。
「私が出ます!」
ソプラノとメゾソプラノ。二人の声がハモった。クリスとアイリだ。
「火属性魔法が使えますから、グレンの魔力を供給してもらえば連続魔法が掛けられます」
「回復魔法ができますので、グレンから魔力をもらえば回復魔法を唱え続ける事が出来ます」
「ええっ?」
二人の話に男性陣がどよめいた。
「え。グレンと組んで戦ったことが・・・・・」
「あります。ダンジョンで女神というドラゴンと戦った際に、グレンから魔力をもらい続けました」
「私はレティシアと一緒にダンジョンに入った時、二人で魔力をもらい続けました」
アーサーの問いにクリスとアイリが答えた。それを聞いて男性陣は唖然としたままだ。
「いや、俺の魔力が多い割に使い道がなくてな。商人特殊技能【渡す】で渡し続けたんだよ」
「グレンの魔力は無限大ですわ。私が唱えた【炎の大滝】の中へ防具に炎属性をかけて飛び込み、体力を回復させながら、こちらに魔力を送り出して戦い続けました」
事も無げに語るクリス。男性陣から言葉はない。アイリも話す。
「私の場合、冷気魔法でモンスターの動きを止めたところをレティシアが電撃魔法で倒したら、天井からお金が降ってきました」
「魔力が減ったら、グレンがくれるからダンジョンの魔物は居なくなってしまったのよね」
アイリの話に、レティが楽しそうに加わる。よこせ魔力! って君が言っていただろ!。
「ドラゴンを連続魔法で倒すなんて」
「ダンジョンに魔物がいなくなる・・・・・」
「炎魔法の中に飛び込んで体力回復とかありえないだろ」
話を聞いた男性陣は、驚きというよりも呆れに近いニュアンスで感想を呟く。まぁ、エレノ世界の常識を越えた戦い方だっていうのは認める。
「グレン・・・・・ お前、一体何をやってるんだ?」
アーサーに真顔で聞かれた。そう言われたって・・・・・ 結局のところ、俺は素直に答えるしかなかった。一通りの経緯を説明する。
「まぁ、成り行きでそういう戦い方になっただけというわけだ」
「成り行きというには、あまりにも強烈過ぎる戦い方だよね」
スクロードが指摘してくる。それを聞いていたカインとドーベルウィンが頷いた。その辺り、まぁ否定はしない。
「そのような戦いの経験があるということであれば、公爵令嬢とローランさんがメンバーということでいいのではないか」
冷静になったフリックが言う。その意見に対し皆が賛同する。異論が出なかったことで、クリスとアイリがメンバーに決まった。
「じゃあ、あと一人は誰が?」
アーサーが皆に問う。相手が魔術師二人、剣士が二人であれば、こちらも残るは剣士一人。となるとやはり剣豪騎士カインとなる。
「レティシア。どう?」
アイリがレティに声を掛けた。えっ? と思ったら、レティも同じ様に思ったのかギョッとしている。
「アイリス。私は・・・・・」
「オルスワード教官の事に詳しいじゃない」
戸惑うレティにアイリが言う。確かにそうだ。オルスワードの話をレティが話していた時、皆知らないような感じだった。
「確かに俺は全くオルスワードの事を知らない」
「接触自体がないからな」
カインの言葉にアーサーが追従する。
「ではこの際、私達と一緒にレティシアも加わってもらいましょう」
「それ以外、方法がないようですね」
クリスがパーティーにレティを入れることを提案するとフリックも賛同した。男性陣は皆頷く。
「え、え、えええええ!!! 私なの!」
戸惑うレティを尻目に万雷の拍手の中、レティの参加で話が纏まった。