123 セタモーレ
学園が始まった翌週の平日初日。昼休みのロタスティにアーサーは来なかった。一体どうしたんだろう。確かにクラスには今日も学園に来ていない生徒が何人かいた。いずれも貴族。アーサーもその中の一人ということか。
アーサーと同じクラスのクルトを捕まえたら聞いてみよう。そう思ってさっさと食事を済ませて学食を後にしようとすると思わぬ人物と遭遇した。例の厚化粧ジャンヌ・コルレッツだ。俺とコルレッツは目があった瞬間、その場から動かなくなった。この拒絶反応、普通ではないのは分かるが、どうにも止められない。
「またアンタ! 今度は何よ!」
言葉の一語一語にまで虫酸が走る不快感。これはコルレッツ天性のものではないか。
「よう『セタモーレ』!」
「なっ!」
コルレッツの顔色が変わった。こちらになんで知っているって顔を向けてやがる。目は露骨なまでの敵意が漲っていた。
「一杯一万ラントか? 『セタモーレ』!」
「・・・・・」
コルレッツはぐうの字も出ない。『セタモーレ』ネタはコルレッツを絞め上げるツールになりそうだ。俺は一つの疑問を投げつけてやった。
「ジャック・コルレッツはどこに行った! 学院にいないじゃないか!」
コルレッツはこちらを睨みつけてくる。だがそんなものは無視だ!
「出せよ、ジャックを! 隠すな、ジャックを!」
「止め給え!」
俺がコルレッツとの間合いを縮めていると、俺の斜め前から誰かが声で制止した。視線を動かすと、そこには小柄だが神経質そうな眼鏡野郎、天才魔術師ブラッドがいた。
「登場が遅すぎるんだよブラッド!」
お前、新学期まで現れないでどこ行ってたんだ! 図書館で一度も見なかったぞ。
「失礼だぞ、君は!」
「ガリ勉野郎の趣味がコルレッツか。お前女の趣味が悪すぎる。もっとキチンと勉強しろや!」
俺の言葉にブラッドが怯んでいる。周りをよく見ると、いつの間にか人垣ができているじゃないか。俺とコルレッツのバトルを見ようと取り囲んでいるのかいな。だが、今の俺にとってはそんなものはどうでもいい。
「お前ブラッドも攻略済みなのか!」
俺がそう言うと、コルレッツは勝ち誇った顔をこちらに向けてくる。何から何までムカつくヤツだ。攻略対象者のうちブラッドとリンゼイはコルレッツの手に落ちた。正嫡殿下、カイン、フリックは俺の側にいる。残る攻略対象者はオルスワードのみか。
「グレン・アルフォード。商人風情が出しゃばり過ぎなのよ。おかげでこっちはどれだけ迷惑を受けていると思っているのよ!」
「リンゼイとブラッド。二匹も囲んでるんだ。それで満足しろや! 十五で男囲んでバカじゃねえのか!」
「ホント失礼ね。何をやろうと私の自由でしょ!」
「勝手だ、勝手!」
コイツはこの世界の人間を弄ぶ事しか考えていない。マジでイカれたトンデモ転生者だ。カイン、フリック。男らしくないなと思って済まなかった。ガチでヤバいぜ、コルレッツは。お前らのアンテナは正しかったよ。
「お前の存在そのものが迷惑なんだよ。何が攻略だ。ふざけるな!」
「他人の領域を荒らしに来ないで! アンタの存在そのものが迷惑よ!」
「ハイハイハイハイ! 解散解散解散解散!」
俺とコルレッツの間をアルトの声が手を叩きながら割って入った。長身の女子生徒。レティだ。俺は微妙にズレた拍間が気になったが、敢えてそれは言わなかった。
「よう、レティ。戻ってきたのか!」
「今日からね」
やはり新学期初日、レティは学園を休んでいたのだ。レティのエメラルドの瞳はコルレッツに照準を合わせた。
「ダメな男を何人も侍らせるなんて趣味が悪いわねぇ」
コルレッツは腕組みして見下ろすレティの登場に歯ぎしりしている。
「アンタだって商人風情なんかとよろしくやってて、ヒロインとして恥ずかしくないの!」
「ふーん、貴方の取り巻きに『シュタルフェル ナターシュレイ』を用意できる人間がいるの。グレンはね、私が言えば十ダースでも二十ダースでも用意できるのよ。男が違いすぎるじゃない!」
レティの言葉にどよめきが起こった。一本三万ラントはする「貴族のワイン」。呑み屋で働いていたコルレッツが、レティの言わんとすることが分からぬ筈がない。その証拠に顔が青ざめ震えているではないか。レティが俺に銘柄を出せというので【収納】で『シュタルフェル ナターシュレイ』を出して手渡すと、どよめきは更に大きくなった。
「ほらね。私が言えばすぐに出してくれるの『シュタルフェル ナターシュレイ』を。今、すぐにここで用意できる人、貴方の周りにいるの?」
コルレッツは物凄く悔しそうだ。レティの前に手も足も出ないといった感じで、勝負あったと言ったところか。
「出させなさいよ、貴方!」
レティが言葉を発するかどうかのタイミングで、コルレッツは踵を返して退散した。これを見たギャラリー達は戦いが終わったと見て散り散りになって消えていく。俺はギャラリー達にまぎれて退散していくブラッドに、大きな声で言ってやった。
「おいブラッド! いい女ってのはな、レティみたいな女のことを言うんだぜ」
「ちょ、ちょっと! なんてこと言うの・・・・・」
声の主を見ると、少し頬を赤らめている。先程までの威勢の良さとは対照的なレティに思わず笑ってしまった。
「なによ、せっかく援軍に駆けつけたのに!」
「ゴメン、ゴメン。今日の夜奢るから、それで許してくれよ」
『シュタルフェル ナターシュレイ』を受け取った俺は【収納】で片付けながらレティを宥める。すると相手がニコッとしながら「いいわよ。奢ってもらうわ」と言ってきたので交渉はあっさり成立。本当に現金だよな、レティは。じゃ、続きは夜にということで、その場は別れた。
「グレン。本当にいいのかい」
放課後、俺とフレディは学園貴賓室の前に立っていた。正嫡殿下アルフレッドとの会見の臨むためである。いきなり白羽の矢が立てられたフレディは王族との接触という事で緊張しているようだ。俺は相手からの所望だから気にすることはないと返しておいた。フレディは教会からコルレッツ関係の情報を引き出している訳で、会う資格は十分にある。
俺たちが話をしているとドアが開き、フリックが部屋を案内してくれた。学園貴賓室は前室と主室で構成されていて、前室の奥に位置する主室のソファーに群青色の髪の毛を持つ生徒、正嫡殿下アルフレッドは腰掛けていた。脇には剣豪騎士カイン、女性の従者エディスが左右に控えている。
従者エディス。エディス・ブラウファー・マークエット。マークエット男爵家の息女で、母のマークエット男爵夫人ジュザンナは、正嫡殿下アルフレッドの母マティルダ王妃の侍女。母娘二代で、王家母子に使える従者中の従者と呼べる人物。そのエディスは、アッシュブロンドのロングヘアーをストレートに伸ばし、慎ましやかに殿下の側に立っていた。
「殿下。グレン・アルフォードとフレディ・デビッドソンをお連れしました」
俺の脇に立つフリックが口を開き、殿下に俺たちを紹介すると、それに合わせて俺とフレディは一礼する。それを受け、正嫡殿下アルフレッドは立ち上がった。
「二人共、今日はよく来てくれた。前々から会いたいと思っていたのだが、長期休学の中、延び延びとなってしまった。この場を借りて礼を申すぞ」
アルフレッドはそう言うと、皆にソファーに座るよう促した。アルフレッドの右脇にフリック、エディス、左にカイン、向かいに俺とフレディ。給仕が紅茶を出した後、フリックよりコルレッツの件に関して説明を求められたので、俺はまずフレディに教会で調べたことを話してもらうことにした。
「コルレッツが二人いるのか・・・・・」
話を聞き終わったカインが呆気にとられている。フリッツも同様だ。だがアルフレッドやエディスの反応は鈍い。これは直に俺の話を聞いているかどうかの違いだろう。俺は言った。
「本来学院にいるはずのジャックがおらず、学園にいないはずのジャンヌがいるという訳です」
「しかもジャンヌは僧籍に連なる者でないにも関わらず教会推薦を受けて入学しております」
俺の目配せをキャッチしたフレディはしっかりと説明した。これには反応が鈍かったアルフレッドとエディスも驚いている。
「つまり、かのコルレッツなる女子生徒は、本来学園には入学できなかったという事なのか」
アルフレッドは少しゆったりした口調で問いかけてきた。ゲーム上でのイメージ、一見クールだが内心情熱家というキャラとは明らかに違う。言うならばそう「お公家さん」的な雰囲気だ。
「そうなります。そこまでして学園に入ったのは、カイン、フリック、そして殿下との「お付き合い」が狙いですから」
これにはさすがのアルフレッドもギョッとした顔になった。カインの方を見ると両手で頭を抱え、フリックは黙して手の平を額に当てている。
「最初から私を・・・・・」
「ええ。ですから殿下の動きを知り尽くしていた訳です。どこで出会うかも全て把握していたと」
アルフレッドは言葉も出なかった。ターゲットとされているカイン、フリックも同じである。皆沈痛な面持ちだ。自分に付き纏う為だけに学園に入学してきた女がいる、と言われて焦らない訳がないだろう。だが女性従者エディスだけは当事者ではない事もあって表情を崩していない。初対面だが今の所、腹が読めてはいない状態である。
「だから君はエディスに行動を考えるように提案したのか」
ナイス質問! いいね殿下! 俺はつかさず利用した。
「ええ。エディスさんの殿下に対する思いは絶対。ですので、殿下の動きと重ならないように組み立てる事はしっかりできます」
「えっ! どうして・・・・」
小さな、か細い声。エディスが初めて声を上げた。見ると顔が赤い。なるほど。ゲームでも殿下を慕う表現が出てきていたが、リアルではそれ以上の想いのようだ。
「エディスに任せてから、かのコルレッツと遭遇する事もなくなった。アルフォードの言う通り、エディスのおかげだ」
エディスは深々と一礼した。感謝の気持ちというのもあるだろうが、本当のところは真っ赤になった顔を隠したかったのだろう。会見はコルレッツの話が中心に進んだが、時折笑いが起こるなど和やかな雰囲気の中、フリックが終わりを告げて散会となる。別れ際、アルフレッドは言った。
「今日は楽しかった。機会あればまた話がしたい」
俺は改めて一礼し、フレディと共にその場を後にした。




