114 ジャンヌ・コルレッツ
「コ、コルレッツ・・・・・」
何度見ても、どう見てもコルレッツだった。ジャンヌ・コルレッツ。濃い化粧に輪をかけて濃厚なメイクに派手派手しい赤いドレス、モシャモシャした白いファーを首に巻いて、いかにも呑み屋の姉ちゃんみたいな格好で客を店に引き入れようとしている。あれはどう見ても「客引き」だ。
「『おカシラ』! どうされたんですかい」
事務長のタロン・ディーキンが、その長身で俺の顔を覗き込んできた。
「いや、人外なヤツがな、あそこにいるもんでな」
「人外! これはまた厳しいお言葉で」
「本来、男じゃなかったらいけないヤツが女なんでな」
おっ、そうなのですか! とディーキンが軽く仰け反ったフリをする。ディーキンも興味があるのか、この話。
「なんでしたら、あれを調べてみましょうか?」
「できるのか!」
思わずディーキンの方に顔を向けた。ディーキンの方はできますぜ、と軽く答える。なんでもディーキンは元々情報屋だったらしい。ところがそれだけでは食えないというところでグレックナーと出会い、行動を共にするようになったらしい。それで食えるようになったか、と聞いてみた。
「ええなんとか。それどころかここの事務長になって大丈夫になりましたよ」
それは良かった。思ったことを口にすると、ディーキンが調べさせて貰いましょう、と言ってくれたので、報酬を出すと伝えた。
「いやいや。今日の飲みで報酬は頂いていますよ」
次からいただきます、と言うので俺は了解した。そんな話をしているうちにフレミングが次の店を確保したようだ。警護隊長は宴会の切込隊長でもあったらしい。むさ苦しい野郎どもの一団は、その店に向かって怒涛の如くなだれ込んだ。
店に入ると、先程と同じ様に皆思い思いの椅子に座り、思い思いの方法で飲んでいる。ある者はワイワイと、ある者は一人で、ある者はサシで。そもそも民間の警備隊士として応募してくる連中だ。一癖も二癖もある奴らに決まっている。好きなように飲めばいい。俺はグレックナーとディーキンの三人で飲んだ。
「結局、冒険者ギルドがぼったくるからダメなんだ」
「あいつら、無意味に手数料だけを取るからな」
ディーキンとグレックナーは二人して、冒険者ギルドを叩いている。噂に名高き冒険者ギルドの悪弊についてだ。だから俺もクラウディス地方の冒険者ギルドに行く際には、ノルト=クラウディス家の紋章のないボロい馬車で向かったのだ。何しろ商人界では冒険者ギルドの扱いそのものがならず者なのだから。
話によると、警備の仕事も情報提供の仕事も、王都の冒険者ギルドは四割抜くらしい。だから実際に請け負う人間の手元に入るカネは六割に減ってしまう。更にエレノ世界が平和な事もあって仕事自体が少ない。これじゃ専業なんかで仕事が請け負えるか、という話になるのである。
「ところがだ。警護団をやりながら仕事を請け負ったら丸儲けだ。これだったら冒険者ギルドなんか要らねえって思って相談したんだよ」
グレックナーはグラスのワインを一気に飲み干した。それを見計らったようにディーキンが言う。
「それどころか『常在戦場』の紋章のおかげで単価が上がっていますから、余計に」
どうも警護団自体にプレミアがついているようだ。
「それで冒険者ギルドの連中、黙っていないのか?」
「やれるもんならやってみろって、俺達とアンタが組めば敵なしだ。ピンハネ野郎どもに負けるわけがない!」
グレックナーの鼻息は荒い。グラスに勢いよくワインを注いで飲んでいる。警護団のおかげで警備稼業の仕事が増えたということならば、コルレッツの身辺を調べられるような情報網を整備すれば、その仕事も増えるんじゃないか? 俺はディーキンに一つの提案をした。
「ディーキン。もしかして情報網を作ることが出来るのか?」
「情報網!?」
「ああ、さっきの厚化粧の女、あいつの身辺を探る程度の情報網だ」
「そのくらいだったらできる。王都に限ってならば」
王都に限る。その程度でいいんじゃないか。それでも十分メリットがある。
「だったら警備隊と同じ様に調査隊みたいなものを作ったらどうだ。カネは出す」
「調査隊かぁ。いいじゃねえか。ディーキン。この話、受けたらどうだ」
グレックナーが機嫌よくディーキンに振った。
「いいんですか。そこまでやっても」
「いいよいいよ。小さい規模でもいいんじゃないか。情報提供の請負なんだから」
「だったらやらせてもらいますよ。実はやりたかった事なんで!」
だったら話は早い。名前を考えてもらって、俺は提供する額を増やせばいい。簡単じゃないか。
「冒険者ギルドが『常在戦場』に変わった。それでいいじゃないか」
「そうだそうだ!」
「もうそうしましょう!」
俺の提案にグレックナーもディーキンも乗ってくる。これ絶対にワインが回っているからだろうな。俺たちの気が大きくなっているのが分かる。人生の先が見えたおっさん共が、若い頃に戻って無意味に怪気炎を上げる。居酒屋なんかでよく見る光景だ。一方、隊士の方に目をやると、こちらの方は完全にできあがっていた
「『カシラ』『カシラ』」
「ご存知『カシラ』!」
お、お、お、お、おい。今。野太い声で妙な事を口走らなかったか、お前ら。それ聞いたことがあるぞ! どこで教えてもらったんだ、それ。言葉を発してゲラゲラ笑う二人の隊士に、俺は思わず立ち上がり、歩み寄って意味を聞こうとした。
「『おカシラ』! 酒が無くなったってよ!」
立ち上がったそのタイミングで、警備隊長のフレミングが大声を上げて俺を呼んだ。じゃ、もう一軒回るか。いや、待てよ。ワイン、俺持ってたわ。俺は【収納】でとっさにワイン一ダースを出した。
「フレミング! このワインでどうだ!」
突如現れたワインに隊士が驚き、皆そのワインに群がってくる。そしてワインを持ってみんなワイワイ言ってたのだが、急に静まり返ってしまった。どうしたんだ?
「い、いいんですかい、これ・・・・・」
「ああ、いいよいいよ」
「でもこのワイン・・・・・ 『シュタルフェル ナターシュレイ』・・・・・」
ん? 普通に飲めるぞ、そのワイン。
「貴族のワインじゃねえか! これ」
フレミングの言葉に隊士達がみんな引きつっている。ワインに変わりはないぞ。
「三万ラントは下らないはず・・・・・」
ディーキンも絶句している。このワイン、美味いワイン出せと言って出てきたワインだったんだが、そんなに価値があるもんだったのか。「隊士の駄賃の倍以上ですよ」とディーキンが小声で囁いてくれた。その言葉で、ああ俺、金銭感覚麻痺してしまってたんだ、と気付かされる。そんな感傷に浸っていたら、グレックナーがおもむろに立ち上がった。
「お前ら! これで『おカシラ』の偉大さが分かっただろう。俺たちにこんなもんをポンと出してくれるんだぜ。今日は有り難くいただいて、行動で忠義を示そうぜ!」
グレックナーの声に触発されたのか、隊士達はおおっ! と言いながらワインを開けてグラスに注ぎ始めた。皆俺に向かって「ごちそうになります」とか「いただきます」と言いながら容赦なく飲み干していく。
「う、うめぇ!」
「こんな酒があるのか!」
隊士達が喜んで飲むので【収納】で三ダース追加して渡すと、皆歓喜の声を上げている。俺はそのうちの一本を取り出し、グレックナーとディーキンに注いだ。
「いや、これ普通に飲んでる酒だから、これ」
「とんでもねぇよな。凄いだろ、ディーキン」
「いや、話には聞いてましたけど驚きました」
ディーキンが本当に驚きながら飲んでいる。よく考えたら一五〇万のワインを十五歳が宅飲みに使ってるってのはおかしな話か。レティがこのワインが好きなんだよな。だから年度にこだわらず、あらん限り全部買ったんだ。今度レティに銘柄について聞いてみよう。
「グレックナー。実はな、所用でクラウディス地方に行ったんだが、そこでアウザール伯という人物と出会った」
「な、なんだって! ユリウスとか。どうやって知り合ったんだ!」
ユリウスって名なんだな、アウザール伯。俺は説明した。ノルト=クラウディス公爵令嬢と『玉鋼』を取りに行ったら、そこがアウザール伯が管理する場所で、令嬢に同行してきたので会話を重ねていったらグレックナーの話が出てきたと。
「アンタ宰相の令嬢にも手を出していたのか! あの姉ちゃんが可哀想じゃねえか」
はぁ? どうしてそんな話になるんだ! 手なんて出してないし、レティは無関係だ。
「そりゃ、これだけ気風が良かったら、貴族の令嬢だって寄ってきますよ」
「だろ。俺なんざハンナ一人に四苦八苦なのに、この男と来たら国一番の貴族の娘にまで手を出して・・・・・ こんなワインもドッと出せるんだ」
「してないから!」
「でも、わざわざクラウディス地方なんて遠いところ、普通はついていかないですよ、令嬢ともあろうお方が」
とうとうディーキンまでが悪ノリしてきた。経緯を話しても聞くような連中じゃないだろうからな、絶対。俺は説得を諦め、【収納】で預かってきた封書と剣を取り出した。
「グレックナー。アウザール伯からの預かり物だ。俺には不要だがお前には必要だ、そう伝えてくれってさ」
俺は封書と剣をグレックナーに手渡した。
「ユリウス・・・・・ なんで」
「今はトス・クラウディス執権としてノルト=クラウディス家の所領を預かる身だからなアウザール伯は。物事を見る目があるし、俺から見て優秀な人物だったぞ」
「あいつはできる奴だったよ、昔っからな」
グレックナーは渡した剣の鞘を持ちながら、そう言った。アウザール伯がグレックナーに託した剣。何か謂われがありそうだが、今は聞かぬ方が良いかもしれぬ。俺はグラスに残ったワインを飲み干した。




