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107 アビルダ村

 早朝。デルタトスの宿泊施設で身支度を調えた俺たちは目的地のアビルダ村に向かうべく出立の準備を終えようとした頃、まるでそれを見計らうようにトス・クラウディア執権アウザール伯が同行予定の者と一緒に挨拶に訪れた。


「早朝の見送り、お礼を申します」


 クリスがそう伝えると、アウザール伯は一礼した後、思いも寄らない事を言い出した。


「本日は私がご案内申し上げます」


「!!!」


 クリスはアウザール伯の突然の申し出に呆気にとられている。というか俺もさすがに驚いた。まさか陪臣とはいえ、伯爵本人が案内を買って出るとは。同行予定と思われた人物は気がつけば、俺たちを見送る側に回っていた。


「主君より預かっておりますこの封土。臣下がご案内しますは当然の事。さあ、アビルダ村に参りましょう」


 俺は急遽、クリスが乗る馬車からメアリーやフィーゼラーが乗る馬車に乗り換えた。案内役であるアウザール伯に席を譲る為である。クリスは「どうして?」と小声で抗議してきたが、主家筋に従う陪臣貴族が、商人の倅よりも下の扱いにはできない。俺はクリスに主家の務めを果たすように言い含めると、急いで後ろの馬車に飛び乗った。


 山岳部に入って勾配がきつくなりはじめたところで中継地に入る。馬車はここまで後は徒歩ということで、クリスとメアリーはロバに乗り、俺たちとアウザール伯は徒歩で目的地アビルダ村に向かった。


 俺はこちらの世界に来て、初めて山らしい山がある地域を歩いている。今まで平坦な地形でしか暮らしたことがなかったからだ。あり得ないほどの平坦さはゲームの設定とばかり思い込んでいただけに、起伏があるトスの地形は驚きであり、新鮮だった。


 程々に木が生え、後は草に覆われた大地。アビルダ村へ続く山道の光景は俺から見れば本当に都合の良いものだ。実際問題、現実世界でそんな山道は存在しない。この辺りは本当にエレノ設定である。その山道を二時間程度歩き続けた先に目的の地、アビルダ村はあった。話に聞いていた通り、アビルダ村は本当に山あいの村である。


 村に入ると村長以下村民の歓待を受けた。特にクリスはアウザール伯からの紹介を受けると、村民皆深々と頭を下げ、まるで神が如き扱いを受けている。よく考えれば、今までは限りなく「お忍び」に近い行動だったから見えなかっただけで、このようにノルト=クラウディス家の者とハッキリと示されたならば、領主と領民という関係から、このようになるのであろう。


 俺たちはアウザール伯と村長の先導で、『玉鋼(たまはがね)』が買えるという工房施設の中に入った。そこには工房責任者以下職人達の出迎えを受ける。


「わざわざこんな辺鄙な村までお越しになりますとは」


 恐縮しきりに工房責任者が頭を下げた。領主の娘クリスがやってくる事など想像もできなかったのだろう。


「ノルト=クラウディス家の者として領内を周りたいと常日頃から思っておりましたが、今日このように皆様とお顔を合わせる事ができましたこと、喜ばしく思っております」


「勿体ないお言葉、ありがとうございます」


 クリスの挨拶に、一同深々と頭を下げた。この光景にアウザール伯も少し驚いている。まさかクリスがそんな事を述べるとは思ってもみなかったのだろう。


「実はこちらの方が『玉鋼』を求め、アビルダ村に向かうとのことで、私も共に参らせていただきました」


 クリスから紹介を受けた俺は、名を名乗って『玉鋼』を求めた。すると一同と共に倉庫に通され、ここでようやくお目当ての金属『玉鋼』と出会うことができた。ここにはキチンと『玉鋼』がある。なのにどうして市場にないのか。俺は疑問を工房責任者にぶつけた。


「ここにはあるのに、どうしてギルドに下ろさないのだ」


「需要が少なく、運搬費用も出ませんので、今は下ろすこともなく・・・・・」


 村まで直接買い取りに来る商人や職人らに細々と販売するのみであるという。平和によって刀が不要とされた結果、刀と最も相性の良い鉄の需要が萎む。必然と言えば必然なのだろうが、作る者と直接面対すると、やはり寂しい気持ちとなる。ここはせめて今ある在庫の分だけでも買い取って、王都の金属ギルドに売り払おう。


「では、今ここにある『玉鋼』。全て頂こう」


 工房責任者がハッとした顔になった。そのとき、メゾソプラノの声が俺を制した。


「お待ち下さい!」


 声の主を見ると、意を決した感じで俺を見ている。


「アルフォードさま(・・)は、必要な量だけお買い取り下さい」


 どういう事だ。何を考えている、クリス。


「『玉鋼』は、我が家が買い取りましょう」


(・・・・・!)


 一同、クリスの言葉に吃驚した。この鉄を一体何に使うつもりだ。クリスはアウザール伯を呼ぶ。


「この『玉鋼』をノルト地方の包丁工房に送って下さい」


 はっ? クリスの言葉にアウザール伯も呆気にとられている。


「私からもジームス伯に申し伝えておきます。ですので『玉鋼』を速やかに送りますように」


 しばらく間をおいてアウザール伯はハハッ、と頭を下げた。クリスは言った。


「アルフォードさま(・・)は、『玉鋼』が斬ることに向いた鉄だと申しておられましたね」


「ああ、そうだ」


「ならば包丁も斬る道具。『玉鋼』が向くのではないかと思いまして」


 クリスが言うには『学園懇親会』の準備を見回っていると、露天で調理をしていた人間が大きな肉の塊を切るのに苦労をしているのを見たのだという。馬車で俺と話をしていたとき、ふとそれを思い出したそうだ。


「言われていましたよね。「『玉鋼』が残るには、今までとは違う用途を見つけるか、あるいは新たに用途を開拓するしかない」と。今までの包丁よりよく切れる包丁はいかがでしょうか?」


「・・・・・見込みがある。大いにある」

「いやそれだけではない。トスの『玉鋼』と、ノルトの包丁製造を組み合わせ、他の追従を許さない道具を作るということは、新しい市場の創造。一人勝ちできる」


「そのような深謀遠慮がございましたとは、この私、想像だに致しませんでした」


 俺とクリスの会話にアウザール伯が入ってきた。その顔は驚きと喜びが混じったような、晴れやかなものだった。


「これまで案の一つも浮かばず、何か参考になる事でもあればと思い同行させていただきましたが、まさかこのような妙案を出されますとは。臣として感服致します」


 地域振興に四苦八苦するというのは、エレノ世界だろうと現実世界だろうと変わらないらしい。できる人物だと思われるアウザール伯でさえ頭を痛めているのであれば、他は推して知るべしという状況ではないか。


 しかしクリスは冴えているな。まさか『学園懇親会』を活かすなんて。あれを実行したのがクリスということを考えると、その動きに全く無駄がない。しかもそれを領内の二つの事案を結びつけて活用するなんて発想は、中々思い浮かばない事だ。単に『玉鋼』を買って売ることしか考えなかった俺にはできる芸当ではない。


 昼になったということで村長宅で昼食を頂くことになったのだが、トス山間部の良質な素材を使った料理に一同舌鼓を打った。特にクリスは「本当に美味しいですわ」とにこやかに答え、村長ら村の人々を大いに喜ばせ、皆の信頼を得るに至っている。そして交流の中で帰る頃には、工房の出来事もあって村民から崇拝される域にまで達していた。


「アビルダ村の皆様、今日は本当にありがとうございました。皆様お元気で」


 クリスが挨拶すると皆歓声を上げ、旅立つ俺たちを村人総出で見送ってくれた。俺が得たものは『玉鋼』だったが、クリスが得たものは領民の信望。生まれもっての悪役令嬢のカリスマ性を俺は改めて思い知ることになった。


「アルフォード殿。貴方はどうしてここにまで来て『玉鋼』を?」


 帰り道。アウザール伯が俺の側に来て聞いてきた。アビルダ村までクリスと共にやってきた動機について聞きたい、という疑問が湧くのは当たり前の話だ。


「実は、学園の決闘で相打ちとなりまして」


「ほぅ。それは闘技場での事ですか」


 はい。と俺は頷いた。闘技場を知っているということは・・・・・


「私も学園卒業生ですからね」


 やはりそうか。陪臣とはいえ、アウザール伯も閣下と呼ばれる貴族。学園通いはむしろ当然か。


「生徒とではないのですが、手合わせを求められまして、闘技場で」

「相打ちとは言っても相手は元騎士団。力量は遥かに上。私は商人ですから、やはり刀技では劣る。ですので強力な刀が必要となりまして『玉鋼』を、と」


「グレン! いつ決闘したのですか!」


 声の主を見ると前を進んでいるロバの上から血相を変えてこちらを見ている。


「シーズン中にな。大変だったよ」


「貴方はいつも無茶な事をされるのですね!」


 後で話を聞きます。と言うと、クリスはプイと正面を向いてしまった。それを見たアウザール伯は苦笑しながら、俺に訊いてきた。


「元騎士団と言ったが、対戦した相手の名は?」


「グレックナーという、つぶらな瞳を持ったスキンヘッドの男だ」


「・・・・・もしかしてダグラスとかいう名前か?」


「ああ」


「その男、私の同級生だよ」


 はぁ? 俺は絶句した。なんでこんな山間部でグレックナーの同級生に会うのだ?


「当時は髪がフサフサだったんだが・・・・・」


「苦労が絶えないからだろうなぁ」


 俺が答えると、ツボにはまったのかアウザール伯が大爆笑してしまった。世の中、現実世界だろうがエレノ世界だろうが世の中、本当に狭いことを改めて実感した。

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