101 東京スカイツリー
「と、東京スカイツリーだ!」
壁面の隙間から発される強い光。それは現実世界の光。現実世界の太陽の光だった!
「東京だ! 東京だ!」
俺は身体を壁いっぱいに付け、目を隙間にへばりつかせた。新宿が見える! 都庁も見える! あの森は明治神宮だ。皇居も見える! 見える! 見えるぞ!
「東京ドームじゃないか! 東京湾もある。羽田空港だ!」
この光景は上空。飛行機から見る東京だ。方角は東から、富士山の側から見た東京の光景。俺がいた現実世界。六年間探し求めてきた場所。なんでこんなダンジョンの奥底深くから見えるんだ、おい!
「・・・・・グレン。ど、どうしたの・・・・・」
気がつくとクリスが俺の側に来ていた。
「クリス! 覗いてみろ! 俺の世界だ! これが俺の世界だ!」
俺はクリスの両肩に手をやって、体を隙間の位置に動かした。クリスが光の先を覗き込む。
「な、なに、これ・・・・・」
「俺の世界だ! 雲の上から見た俺の世界だ!」
「これが・・・・・ グレンの世界・・・・・」
クリスがまじまじと覗き込んでいる。
「あの森の周りに立っているのは?」
「ビルだ! 高層ビルだ!」
「ビル?」
「何十階建ての高い建物だ。何十、何百とある!」
「えええ、じゃぁ、ここに見えているものは・・・・・」
「全部建物だ」
「全部! 一体どんな大きさなの・・・・・」
「人口は千四百万人だ。周辺を合わせれば三千万人になる」
「えええ!!!」
クリスは絶句した。このエレノ世界では聞いたこともない数字。大体、王都トラニアスでどれくらいの人がいるのか? 少なくとも東京で会う数よりも遥かに少ない訳で、比べようもない。
「なにか飛んでいる・・・・・」
「飛行機だ!」
「ひこうき・・・・・?」
「ああ、飛行機。空を飛んで人を運ぶ乗り物だ。五百人くらい乗せて飛ぶ」
「ご、五百人も!」
「うん。トラニアスからクラウディス地方までだったら一時間かからない」
「・・・・・そ、そんな!」
クリスは隙間の光に釘付けになっている。しかし飛行機が飛んでいるのが見えたということは、俺たちが見ている光景は今、その瞬間、リアルタイムのものだということなのか? だったら、これを破ればそのまま戻ることができるんじゃないか、おい! 今まで散々待たされたんだ! 興奮し過ぎて気が狂いそうだ! もう我慢できん!
「クリス! 済まない。退いてくれないか」
俺はクリスに下がってもらうと、ナイフで隙間を突き刺した。そしてまた突き刺した。また次も突き刺した。刺して刺して刺しまくった。しかし光は広がらない。だがそんなことで諦めてたまるか!
「くそぅ!!!!!」
俺はナイフをあらん限りの力を振り絞って突き刺した。刺して刺して刺しまくった。とにかく刺す。ひたすら刺す。延々と刺す。刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して
「やめて!!!!!」
クリスの叫び声が耳に飛び込んできた。
「全然削られていないよ・・・・・」
ハッとなった。壁面は削るどころか傷一つ付いていない。あれだけ刺しまくったのに全く無傷だ。全力で刺してるのに何故だ! どうしてなんだ!
「・・・・・泣いてる」
クリスが俺の頬にハンカチを当ててきた。泣いてる? 俺がか?
「ほら、泣いてる」
ナイフを持っていない俺の手を持って、その手を俺の頬につけた。確かに湿っている。クリスは俺の手を下ろすと、両頬を拭いてくれた。
「クリス・・・・・ ごめん」
「・・・・・だっていきなりグレンの世界が見えたから、当たり前よ」
クリスは俺に声を掛けてくれた。ハッ、と気付くと隙間の光は無くなっていた。あれは一体なんだったのか。俺はナイフをしまい、壁の隙間を凝視したが、そこにはもう東京はなかった。
(エレノ世界と現実世界は繋がっていた。俺の仮説は正しかった)
思わぬ形で証明されたのだが、嬉しいとか楽しいとか喜びとかそういう気持ちは湧かない。何かよく分からない、腹の底が煮えたぎるような表現しようのない気持ちというか、興奮が全身を纏うような感覚。胸をむしりたくなるような、この衝動。一体何なのだ、これは・・・・・
「凄い世界でしたね、グレンの世界」
クリスがポツンと言った。考えてみればクリスにとっても未知との遭遇。俺が話してもいない風景が突然目の前に展開などしていれば、戸惑うどころの話ではない。俺は【収納】で椅子を二脚出して、クリスと座った。とても進む気にはなれなかったからだ。
「グレンはあそこで暮らしていたのですか?」
「ああ。家から一時間くらい電車に乗って、ビルの中にある会社に通っていた」
「・・・・・電車? ・・・・・会社?」
そうなのだ。クリスにとっては聞き慣れない言葉しかない。ビルや飛行機にしたってそう。全ては未知の世界なのだ。
「電車は馬が引かない巨大な馬車だ。二千人くらいを運ぶ」
「一回で、ですか?」
「ああ」
「・・・・・」
明晰なクリスでさえもこれだ。テンプレキャラだらけのエレノ世界の住人が俺の話を理解できるとはとても思えない。
「会社とは、商会が家から離れたものだ。他人同士が作って他人が継承する。国であれば次の王が別の家、その次の王がまた別の家の人間になっているようなものだな」
「では家の所有物ではないと」
「ああそういうことだな。会社の権利を持っている人々のもの」
会社についてはおぼろげながら理解できているようである。地図に関しては本当にヤバいが、この辺りのセンスはさすがクリスと言ったところ。
「グレンが中心だったの?」
「いやいや。俺は隅っこだ。出世とかそういうものには無縁だよ」
「グレンでそうでしたら、私たちは誰が行ってもダメですわね」
クリスがため息をついた。俺はそんなにできないぞ。クリスの方がよっぽどできるし、学べばクリスのほうが確実に伸びるよ。
「グレンがいた会社とは、大きな会社だったのですか?」
「まぁ、そんなに大きな会社じゃないけど」
「大きくないって、どれくらいの大きさで?」
「百人くらいだな。まぁ、大きくはない」
「そんなにいても大きくないのですか!」
クリスは驚いている。考えてみればノルデン最大の権門と言われるノルト=クラウディス公爵家でさえも騎士団で二百人程度の数。最大でこの規模って事を考えれば驚くのも無理はないか。
「では大きな会社はどれくらいの人が・・・・・」
「数十万人いる。世界百カ国以上に展開する会社もある。まぁ世界企業だな」
「国が百も! とても敵いませんわ。そのような世界では我が国など出る幕もありません」
何か諦めたような顔をするクリス。いつものツンとすました覇気のあるクリスではない。
「それがいい事だとは限らない。高速馬車についていけない衛士を見ても分かるように、あんな感じで対応できずに困っている人間がいっぱいいる。こっちの世界にはそういう人は少ない」
「早いから、規模が大きいから、優れているから、それが必ず幸せに結び付くか、といえばそうじゃないんだ」
これまで俺が目の前に見てきたものを考えたとき、エレノ世界と現実世界の時間の動きを考えたとき、優れていることが幸せに直結するとはとても思えない。
「グレン、ありがとう。勉強になるわ。私はいつも学べます」
クリスは目を瞑ってそう言った。いつもそうだが、クリスと話していると不思議と頭が整理できる。これはクリスが生来賢いからだ。全く見たこともない異世界の話、現実世界の話を理解する、理解しようとする、そういう感性が俺を冷静にしてくれる。俺も話していくうちに心が落ち着いてきた。
「待たせたな、クリス。『女神の指輪』を取りに行こう!」
「はい!」
俺が立ち上がると、クリスも立った。俺は目的を果たすため【収納】で椅子をしまって、ダンジョンの先に歩を進めていく。『女神の指輪』を取りに行くために。




