東大生は勇者を目指す
俺たちは、あれから11年経っていること、取り戻すべき国は魔王国になっていることを前提に、これからの方針を話し合った。
これまでは王位簒奪者であるワグナスを倒して、ナナミが国を取り戻すというのが達成目標だったが、11年も経ってしまうと、仮にワグナスを倒せたとしてもナナミが王位につくというのは無理がある。
「元々王になりたいなんて思ったことないし、そんなのどうだっていいわよ」
というナナミの言もあって、俺たちの目標はワグナスを倒すことと、魔王の脅威を取り除くことに修正された。
この2つは実質的に同じかもしれないし、違うかもしれない。現時点では判断しようがないが、重要性を考えて、後者を第一目標にすることにした。まあ、それが成ったときにはワグナス魔王国を打倒しているだろうから、ワグナスを倒したのとほぼ同義だ。
だが、ここで問題がひとつ。
「魔王を倒すには、どうしたらいいんだろう……」
俺が首をひねっていると、カンジが事も無げに口を出した。
「そりゃお前、魔王を倒すのは勇者だって相場が決まってらあな」
「勇者なんて魔王とおんなじくらい伝説上の存在じゃない。そもそも私たち、勇者じゃないわよ」
ナナミがバッサリと切り捨てるが、俺は、そこにヒントのようなものを感じ取っていた。
「勇者……。勇者って、どういう人なんでしょう?」
俺のつぶやきに、ナナミとカンジも腕を組んで考え込み始めた。
「やっぱ、なんといっても強いやつだよな。ドラゴンを倒せるのは最低条件だろう」
「そうねえ……。強いのはもちろんそうなんだけど、単に数値上の強さというよりは、心が強いイメージがあるわよね。しかも清廉潔白で」
「あと、伝説の武器や防具を使いこなすのもあるよな。勇者といえば伝説の剣を装備していなきゃ始まらない」
「攻守バランスのとれた小規模パーティーで、パーティーメンバーも強いのがお決まりよね」
「なるほど……」
「でも結局のところ、魔王を倒すやつが勇者なんだよな」
カンジが一人で頷きながら結論めかして言った言葉は、実のところ本質をついているのではないかという気がした。
「つまり、心身ともに強くてバランスのとれた優秀な小規模パーティーで伝説の武器や防具を装備してドラゴンを倒せるような人が魔王を倒すと勇者と呼ばれるわけですね。どこまでが必要条件なのかはわかりませんが、目指すべき姿のイメージはわきました」
俺が指折り数え上げながらそう言うと、ナナミは驚いたようにこちらを見た。
「目指すべき姿って……ヒデトシくん、勇者を目指すつもりなの?」
俺はためらいなく頷く。
「ええ。カンジさんの説によれば、魔王を倒した人が勇者と呼ばれるらしいですから、僕たちは勇者を目指すんですよ」
「俺が勇者でお前らが勇者パーティーってわけだな」
カンジはまんざらでもなさそうだ。
しかしそんなカンジに冷たい視線を送りながらナナミが訂正する。
「何言ってんの。私が勇者であんたらがパーティーメンバーでしょ」
「まあどちらでも構いませんが、とりあえずそこを目指して動きましょう。まずは伝説の武器を探して、それを手に入れる過程でレベルを上げて強くなるのがよさそうです」
観念的な条件が多い中で、このあたりはわりと具体的で、行動に移しやすい。
「なるほど、伝説の武器の入手とレベリングを一緒にやるってわけね。手っ取り早くていいわ」
「しかし伝説の武器なんてどうやって手に入れるんだ? そもそもどこにあるのかもわからないんじゃねえのか?」
カンジが難しい顔をして疑問を差し挟むが、これまでの情報から、俺にはちょっとした心当たりがあった。
「さっきカンジさんが言ってたじゃないですか。勇者はドラゴンを倒すって。なぜ英雄譚に語られるのは、他のモンスターじゃなくてドラゴンなんだと思います? それは勇者が勇者たるに必要な要素だと考えるのが自然です」
「そういえばドラゴンといえば伝説の武器である『光の剣』を守っているっていうのがお決まりね……!」
「しかしドラゴンなんてそうそういるもんじゃねえぞ?」
「あっ……!」
そこで、ナナミも気がついたようだ。
「ギルドの依頼の中に、ドラゴン討伐隊のメンバー募集がありました。いま、出てるんですよ、ドラゴンが」
*
俺たちはナナミが適当に受注した素材収集依頼を2日ほどでさっさとこなすと、ふたたびギルドへと向かった。
依頼完遂の手続きを終え、報酬としていくばくかのお金を受け取る。
その後、次の依頼を探すふりをしながら、さっそくドラゴン討伐隊メンバー募集の依頼票を確認した。
内容を読むと、通常の依頼とは違って、単独の冒険者パーティーが請け負うというかたちのものではなかった。なんでも、国が主体となって軍と冒険者の合同での大規模なドラゴン討伐隊を組織するらしい。その数、およそ1000人規模。いかにドラゴンが脅威とされているかがうかがえる。
壁に貼られた依頼票の掲示日は2ヶ月前となっており、募集期間もあと1ヶ月ある。まだ貼ってあるということは、定員には達していないということだ。現時点でどれくらい集まっているかは不明だが、書かれている報酬はなかなかのものなので、まったく集まっていないということはないだろう。
「どうする? これに参加するか?」
「たしかにこの規模でやればドラゴンだって倒せるかもしれませんけど……」
「1000人がかりで倒したとしたら、誰が『光の剣』をもらうのかしら」
「あっ、それは書いてありますよ。ほら、ここに」
俺は依頼書の最下部の、一番小さな字で書かれた注意書きを指差した。
そこには、このように書かれている。
『注83)当依頼中に得られた素材やアイテムなどは、すべてアルビロポリ共和国の国庫に帰属します』
俺が指摘すると、ナナミが感心したような、呆れたような声を上げた。
「ほんとだ……こんなの誰も読まないわよ」
「まあ、ここに読んでるやつがいるがな」
「契約書は隅々まで目を通すのが基本中の基本ですよ。特に相手が国とかの場合、そこにこそ大事な情報が書かれていたりしますからね」
同じルールの下で戦う場合、ルールを細部まで熟知していた方が有利なのは、前世でもこの世界でも変わらない。また、ルールに対してあえて付けてある注釈や例外、特例にこそ、美味しい情報が隠されているのも同じだ。これ、受験でも使えるぞ。
「とにかく、『光の剣』が国に没収されるということは、この依頼に参加してしまうと『勇者』への道は閉ざされてしまうというわけね」
「そうですね。この依頼に乗るのはナシでしょう。でも、この依頼のために依頼主である国は、ドラゴン討伐に必要な情報をいろいろ集めているはずです。たとえば、ほら」
俺は依頼票の中ほどの部分、遠征目標地点の書かれた部分を指差した。
「ドラゴンは、曙光山脈にいるそうですよ」
「なるほど、お前の考えてることがわかったぜ。依頼に乗るフリをして、依頼主から情報を引き出すのか!」
「そのとおりです。事前情報としっかりした対策があれば、1000人分の働きを3人でやることなんてカンタンですよ」