東大生と依代
人の姿をとったレヴィアタンを先頭に、俺たちは町に入ってギルドまでやってきた。
あたりは戦闘の爪痕を生々しく残していたが、元から荒れたゴーストタウンだったわけで、数日も経てば新たな破壊の痕も目立たなくなるだろう。魔物の死骸もきれいさっぱり消え去っている。
この町は、幾度となくこの経過を繰り返してきたのだと気が付いた。
ギルドの建物の前では、サー・ザイモンが俺たちの戻りを待っていたが、レヴィアタンが一緒にいるのを見て目を丸くした。
「これはこれは、大賢者殿。お久しぶりですな」
「うむ。励んでいるようだな」
サー・ザイモンの挨拶に、レヴィアタンは親しげに手を上げて答えた。
「おかげさまで、なんとかこれまで町を守ってこられました。しかし、そろそろお役御免ということですかな?」
サー・ザイモンは、俺たちの方に視線を投げかけたのち、正面からレヴィアタンに尋ねた。
「魔物がこの町をたびたび襲うのは、吾輩がここにいるからだとか」
「その通りだ。これまでは負の魔素を固定化してお前を幽霊としてこの地にとどめることで、定期的に魔物の群れを引き寄せた上で、お前が魔物と戦うことで対消滅を発生させ、この世の過剰な魔素を処理していた。しかし、それも終わりだ。11年もの間、ご苦労だったな」
そこでレヴィアタンは一旦言葉を切り、やや逡巡したあと、ふたたびサー・ザイモンに向かって口を開いた。
「……それと、お前には気の毒なことをしていた。悪かった」
「いいえ! 何をおっしゃるかと思えば。死してなお町を守り続けることができるなど、望外の喜び。まさにギルドマスターの本懐でございました。大賢者殿に対しては、感謝こそすれど恨みなど一かけらもございませんぞ」
怒りや悲しみを見せるどころか、胸を張っていかにも誇らしげなサー・ザイモンの様子を前に、鉄面皮が服を着て歩いているようなレヴィアタンも言葉を失った。
カンジやナナミもサー・ザイモンの愚直なまでの使命感に胸を打たれたようだった。
俺ももちろん感動してはいたのだが、そればかりでは事態が進展しない。
ブーイングも覚悟で話を進めることにした。
「それで、具体的にはどうするんですか?」
カンジからの避難がましい視線を感じつつ、レヴィアタンの返事を待った。
「幽霊をこの世に留めるには、依代が必要だ。この者の場合は、この建物の部屋のひとつを核として定着させている。ゆえに、この者はこの町から離れられない状態にあるわけだが、この核からこの者の魂を切り離してやれば、この者は自由に動けるようになる。町から離れればこの町に魔物を引き寄せることもなくなるだろう」
「核を失った幽霊はどうなるんです?」
「……早晩消滅する」
ナナミがそれを聞いて息を呑む音が聞こえた。
「……なんとかならねえのかよっ」
カンジが必死で怒りを押し殺したような声を絞り出す。
「よいのだ。諸君らの気持ちはありがたいが、むしろ死してなお11年もこの町を守ることができたこと自体が、吾輩にとっては言葉では言い表せないほどの僥倖なのだからな」
サー・ザイモンは殊勝なことを言うが、大賢者はまだ隠していることがある。
「大賢者様。今の依代は金庫室ですね。あの部屋の材質、あの金属は何ですか?」
負の魔素を帯びた見覚えのない金属。あれはおそらく……
「ミスリル(ミスリル)だ」
「ミ……!?」
魔法使いのナナミはさすがに聞いたことがあったようで、驚きのあまり絶句している。
カンジは何のことだかわからない顔をしている。
「ミスリルと言いますと、あの神代の金属といわれているあのミスリルですかな?」
さすがは熟練のギルドマスター、サー・ザイモンはミスリルを知っているようだ。
「いまどういう呼ばれ方をしているのかは知らんが、ミスリルはミスリルだ」
この大賢者は、いつもこの調子である。
「そのミスリルですよ。魔素を蓄積し、魔素を帯びる性質を持った金属です。神代には当たり前に使用されていたものです」
俺が不親切なレヴィアタンに代わってサー・ザイモンに補足すると、カンジがわき腹をつついてきた。
「やけに詳しいじゃねえか、ヒデトシ」
「スクロールに書いてあったんです」
「それで、ミスリルだったらどうだと言うのだ?」
レヴィアタンが試すように聞いてくる。
「そのミスリルを加工して、別の持ち運び可能なかたちの依代にすれば、ザイモンさんを現世にとどめたままこの町から離れさせることができるんじゃないですか?」
レヴィアタンは満足そうに頷いた。
「できるだろうな」
「では、やってください」
俺は間髪入れずに切り返した。
こちらは召喚主なのだ。遠慮は無用である。
「仕方がないな」
そう言いつつ、レヴィアタンはまんざらでもなさそうな表情である。
「ちなみに、どんなかたちにしてほしいか希望はあるか?」
「持ち運び可能な形であれば、なんでもいいですよ。とりあえず俺たちがどこか適切な場所に運べればいいです」
「承知した」
レヴィアタンは、目をつぶってギルドの建物のほうに手をかざした。
何事か口の中でつぶやくと、建物が一挙に崩壊した。
「おい、おまえ!」
カンジが叫ぶが、レヴィアタンは涼しい顔をしている。
もうもうと舞う土煙がおさまると、あとには建物を構成していた瓦礫の山と、ひとかかえほどもある灰白色の金属光沢を放つ塊が残った。
あれがミスリルで間違いないだろう。
続けてレヴィアタンが指を一本立てて軽く振ると、ミスリルの塊はぐにゃりと変形しながら、まばゆい光を放った。
思わず目をつぶってしまった俺の耳に、レヴィアタンの声が聞こえてきた。
「ほら、できたぞ。それでは、そろそろ失礼する。用があったらまた呼ぶがいい」
あわてて目を開けたときには、レヴィアタンの姿はどこにもなかった。




