東大生の右往左往
「ザイモンさん!」
ギルドの建物に駆けつけた俺は、もうほとんど常人と変わらぬ身長になったサー・ザイモンに呼びかける。
ギルドの入り口に仁王立ちするサー・ザイモンは、片手剣を軽く振って魔物を吹き飛ばしつつ、俺のほうを振り返った。
いまの一撃でもまた、サー・ザイモンの体は少し小さくなり、すっかり従前の姿に戻ったように見えた。
「おお、君か。今回はどうも魔物の数が少ないようだ」
サー・ザイモンは、先ほどの鬼気迫る様子はどこへやら、すっかり肩の力が抜けてリラックスしている様子だった。
口ぶりもあたかも世間話でもしているかのようだ。
俺だけが緊張感を持っているのも馬鹿みたいなので、俺もくだけた調子を意識して取り戻す。
「ああ、それはナナミさんとカンジさんが、町の外で魔物たちを撃退しているからですね」
「なるほど、そういうことか。彼らは大丈夫なのか」
「ええ、今のところ心配ないようです。それより、さっきザイモンさんが巨大化していたのって、一体なんだったんですか?」
「吾輩にもよくわかっているわけではないのだが、魔物が近づいてくると吾輩の力になっているようなのだ。数が多ければ多いほど、その力も大きくなる」
「それで、カンジさんとナナミさんが外で魔物たちを食い止めている今は、町中に魔物がいなくなっていて、ザイモンさんの大きさも元に戻っているんですね」
「そのようだ」
どうやら、やはりサー・ザイモンが小さくなったからといって、ピンチというわけではなさそうだ。
むしろ、町中の魔物群をほぼ制圧したことで、戦闘態勢から通常態勢に移行したといったほうが近そうである。
「そんなふうに敵が多ければ多いほど大きく強くなれるのだとしたら、実質的に無敵なのではないですか?」
「無敵かどうかはわからんが、これまでのところはしのげておる」
おそらく、これもまた大賢者の仕組んだ魔物を間引くシステムの機能なのだろう。
さすが大賢者だ。よくできている。
「町中の魔物はどうやら一掃できたようだ。しかし、君の仲間はまだ外で奮闘しているのではないか?」
言われてあたりを見回すと、たしかに周りにはもうすでに活動している魔物の姿はなかった。
サー・ザイモンにやられた魔物の死骸も、いつの間にかあとかたもなく消え去っている。
一方、町の外の方からは依然として大きな戦闘音が聞こえてきていた。
「そうですね。見てきます」
俺はふたたび町の外へと向かった。
なんだか戦いもせずにあっちへ行ったりこっちへ行ったりウロウロしてばかりいるようで不本意である。
ほどなく二人のところに到着した。
さっきまでは別々に戦っていた二人だったが、俺が町でサー・ザイモンと話している間に合流し、今はフォーメーションを組んで共闘していた。
二人の周りは、死屍累々たる魔物の死骸の山ができては、そのそばから魔石に還元され、さながら魔石の露天鉱床のようになっていた。
とめどなく押し寄せる魔物に対して、ナナミが『光の剣』で一薙ぎ。
光の帯が周囲を走り、あっというまに範囲内の魔物たちは九割方一掃された。
残る一割の魔物たちが果敢に突撃を続けてくるが、カンジが飛び出し、『光の盾』で吹き飛ばしていく。
二人の連携によって、魔物たちの突撃を見事に封じ込めていた。
しかしながら、こうして少し距離を置いてみてみると、二人の迎撃体制は決して完璧なものではない。
見事な連携ではあったが、仕組みとして完全ではなく、どこからでも討ち漏らしが生じうると考えざるを得なかった。
戦場も、こころなしかさきほどよりも少し町に近づいているような気がする。
一言でいえば、押されていた。
これまでの情報をあわせて考えると、ここで討ち漏らしたとしても、サー・ザイモンは魔物たちの魔素を吸って巨大化し、最終的には魔物たちをきれいさっぱり撃退することは間違いないだろう。
結果として、どっちであっても魔物嵐を撃退することになるという意味では、大差はないようにも思える。
しかし、そうさせないことに今回のミッション成功の鍵があると、俺は考えていた。
そうこうしているうちにも、ナナミとカンジの表情には疲労の色が目立つようになってきた。
俺は意を決して戦場に飛び込む。
「ナナミさん、カンジさん、大丈夫ですか!?」
「おう、ヒデトシ……! 余裕に決まってんだろ……っ! あと1時間でも2時間でもぶっ倒し続けられるぜ……!」
「ええ……なんとか大丈夫。でも、これじゃキリがないわね……」
俺が声をかけると、二人ともちらっと俺の方を振り返って笑顔を浮かべた。
言っていることはともかく、思った以上に余裕はなさそうだった。
二人は、ふたたび魔物の方に向き直ると、攻撃の勢いを一段上げ、少し遠くの魔物までも一気に片付けてくれた。
無理をしているのは明らかだが、わずかの間、話をすることができそうだ。
「ここを破られても、確実にザイモンさんが魔物たちを止めてくれます。だから、俺たちはここで無理して命を張る必要はありません。でも……」
カンジとナナミは、表情を引き締め、真剣な眼差しで俺の目を見つめる。
「それじゃあザイモンさんが救われないんです。ここで俺たちが変えないと」
「……何か考えがあるのね?」
「へっ、ようやく俺らのリーダーが本気を見せてくれるってか。待ちくたびれたぜ!」
俺たちは、いつものようにニヤリと笑いあった。
つかの間のやり取りの間に、もう魔物たちの次の波状攻撃が始まってきていた。
「はい。この状況を引き起こしたのは、大賢者です。その尻拭いを俺たちにやらせようったって、そうはいきません。ヤツに責任を取ってもらうんです」
「ははっ、そりゃいいや!」
カンジが『光の盾』で、正面に迫った敵を横薙ぎに殴りつけながら笑った。
「でもどうやって? あいつは『大迷宮』の奥よ。今から戻る時間なんてないし、素直に私たちの言うことなんて聞くわけないわ」
ナナミは、広く四方に『光の剣』の魔力を帯びた軌跡を走らせる。
間を逃れた魔物はカンジが飛び出して文字通り叩いていく。
「そのための、コレです」
俺は、自分の荷物からスクロールを取り出した。
「召喚術のスクロール!」
ナナミが横目で見つつも、目を見開いた。
「しかしお前、召喚術なんて使えないだろう。それに、そもそも神代文字で書かれてて読めないって話じゃなかったか?」
「そうよ、その中身を教えてもらうために、ザイモンさんをなんとかするというのが大賢者との取引だったわけだし……」
当然のことを指摘する二人に、俺はゆっくりと頭を横に振った。
「これは解説書なんですから、読めば理解して使えるようにできているはずです。神代文字? しょせん、言語です。誰かがコミュニケーションのために使っていたものですから、読もうと思って読めないわけがありません」
俺は意識して不敵に笑う。
「しかしお前、辞書もないのに、未知の言語を読めるわけが……」
「俺に任せてください。お二人は、引き続き魔物を食い止めてください。あとどれくらい粘れますか?」
「……言うじゃねえか。俺は別に平気なんだが、ナナミがなっ!」
「はあ!? カンジこそ、もう息も絶え絶えに見えるけど……!」
二人で軽口を叩きあったあと、カンジがきっと魔物を睨みつけて言った。
「一時間だ。それしか持たない。そんな時間で本当に神代文字を解読して、召喚術を習得なんてできるのか?」
「やってみせますよ。俺をなめないでください」
「よく言った! やってみせろよ、トーダイセー!」
俺は一瞬耳を疑った。カンジたちに向かって東大生と名乗ったことはなかったとからだ。俺がときおり独り言で自分のことを東大生だと言っているのを聞いていたのだろう。あるいは、大賢者レヴィアタンに向かってそうタンカを切ったのを覚えていたか。
東大生という概念を知らないカンジの発音は、カタコトそのものだったが、俺を発奮させるには十分なものだった。
受験生時代に身が焦がれるほどに憧れた東大生。いつしか聞き飽きた言葉にもなっていたが、それでもやっぱり、本気でことに向かおうとするとき、この言葉で無限に頑張れた記憶はこの身と心に染み付いている。
俺は胸がかーっと熱くなるのを感じながら、無言でスクロールを勢いよく広げた。




