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東大生と巨大ギルドマスター

 俺たちはギルドの建物を飛び出した。

 地鳴りのような音は、たしかに『大魔海』の方から低く轟いてきていて、それはだんだん近づいてきているようだった。

 町の外に出てそちらの方角に目を凝らしていると、やがてあらゆるものをなぎ倒し、踏み潰しながら押し寄せる魔物らしき大群と、それらの立てる土埃が見えてきた。


「こりゃあ相当な数だぞ」


「こんなのがやってきてて、この町はよくこの程度の荒れ具合で済んでたわね」


 ナナミのつぶやきに、はたと気がつく。

 たしかにそうだ。毎度毎度、この規模の襲撃を受けていては町の建物なんて無事なわけがない。


「何かありそうですね……」


「ギルマスのおっさんが追い返してたとかか?」


「でも、ザイモンさんはギルドの建物から離れられないはずよ」


 俺たちはギルドを振り返る。

 すると、そこには建物の何倍もの大きさに巨大化したサー・ザイモンが、鬼の形相で仁王立ちしていた。


「ええええっ! 嘘だろ!?」


 俺たちが仰天するのに気づく様子もなく、巨大なサー・ザイモンは魔物たちに向かって朗々と口上を述べ始めた。


「ヤァヤァ我こそは、この最前線の辺境にて人の地を死守する当地のギルドマスター。ブリクセルブルク辺境伯サー・ザイモンである。魔物ども、尋常に勝負せい!」


 裂帛の気合は、物理的な衝撃波となって魔物たちに到達し、その進撃をただの一声で押し留めた。

 強烈な衝撃波を正面から食らった前線の魔物たちは、強制的に疾駆を止められるとともに、殺到する後続に押しつぶされ、多大な犠牲を出したようだ。


「こりゃすげえ……」


 俺たちはあっけにとられ、口をぽかんと開けたまま魔物たちの様子を眺めるほかなかった。


 サー・ザイモンの一喝で、すっかり魔物の第一波は粉砕されてしまったが、襲撃はそれで終わりとはいかなかった。

 もとより知性の低い魔物たちは、態勢を整えるでもなく、数に任せて再び押し寄せ始めた。

 サー・ザイモンの方を振り返ると、剣を抜いて腰を落とし、迎撃の姿勢をとっていた。


「俺たちの出る幕はないんじゃないか……?」


「でも、ザイモンさんは幽霊よ。魔物たちと肉弾戦はできないはず」


「たしかに……。とりあえず、ギルドに戻りましょう」


 俺たちは迫りくる魔物をちらちら振り返りつつ、ギルドに戻った。


 戻ってみると、巨大サー・ザイモンの足は、たしかに金庫室付近から生えているようだった。

 相変わらず幽霊なのに立派な足をしている。

 サー・ザイモンを見上げてみると、ゆうに十階建てのビルくらいの高さはありそうだ。


「すさまじい負の魔素量だわ……こうしているだけで、身体中の魔素を持っていかれそう」


 ナナミは両腕で自分の体を抱えるようにしている。

 魔法の素質のない俺でも、何か吸われるような感覚があった。


「こりゃ魔物を呼び寄せるわけだな」

 カンジのつぶやきに、俺は少し違和感を覚えた。


「待ってください。さっきまではこんなに負の魔素を感じることはなかったですよね……。負の魔素がこれだけ大きいから魔物が呼び寄せられたというのは時系列的にちょっと変です」


 そういって見上げているいまも、サー・ザイモンは大きさを増している気がする。


「どっちにしろ、魔物の魔素を吸ってるのは間違いなさそうだぜ。見ろよ、まだまだデカくなって……お、剣を振るぞ」


 サー・ザイモンは迎撃の姿勢から、ひときわ腰を沈めると、すでに町に侵入して大通りを迫りくる魔物たちに向かって剣を閃かせた。

 太刀筋は明らかに町の家々に届くものだったが、何事もなかったかのように剣は振り抜かれ、ただ魔物だけが斬りつけられたように断末魔の叫びを上げて吹き飛んだ。

 サー・ザイモンの剣は、町の建物を不思議とすりぬけたが、魔物はそうはいかない。

 吹き飛ばされた魔物が当たった家々は、その衝撃で半壊した。

 この町が荒れていたのは、これが原因だろう。


「あの剣、どうなってるんでしょうか……」


「多分、剣自体が負の魔素でできた魔法みたいなものなんだと思うわ。だから魔素をもたない建物には干渉しないけど、魔素を蓄積している魔物にはダメージを与えることができる」


 ナナミの説明に納得しながらふたたびサー・ザイモンを眺めた俺は、あることに気がついた。


「なるほど……。あれ、ザイモンさんちょっと小さくなりました?」


「そうかあ? 気のせいじゃねえか? 俺には変わらないように見えるが……」


 隣のカンジは見上げながら首をひねった。

 そうこうしているうちにも、魔物は次から次へとやってくる。


「まずは私たちも魔物を倒しにいきましょう。町の中で戦うと建物に被害が出ちゃうから、町の中はザイモンさんに任せて町の外の魔物を迎撃するわよ」


 俺たちは再度町の外縁部までやってくると、果てしなく続く魔物の波を眺めやった。

 一体どれほどの数がいるのか、想像もつかない。

 その大群は、無秩序に、それでいて一心不乱に、サー・ザイモンを目指しているようだった。


「どこから湧いたんだってくらい大量だな。森じゅうの魔物が根こそぎやってきてるんじゃねえか」


「こんな襲撃が定期的にあるっていうんじゃ、町に人が戻らないはずよね……」


「チッ。それじゃやっぱり、ギルマスのオッサンをなんとかするしかないってことかよ」


 カンジが苦々しげに舌打ちした。


「でもたしかに、この量は尋常ではないですね……。森じゅうの魔物が来ているっていうのも、あながち的外れでもなさそうですし、定期的っていうのも、まるで森の中の魔物を一掃しているような……」


 と、考えたところで、大賢者ことレヴィアタンの顔が脳裏によぎった。

 そして、俺はレヴィアタンがなぜサー・ザイモンを幽霊化してこの町に定着させたのかが腑に落ちた。


「定期的に、間引いているのか……」


 俺のつぶやきに、カンジが怪訝そうな顔で振り返った。


「ああん? 何か思いついたのか?」


「はい……。まだ解決法がわかったわけではありませんが……」


 俺は二人に、いまの思いつきを話した。


「なるほど、『大災害』以降、『大森林』で無尽蔵に湧くようになってしまった魔物を定期的に間引くための仕組みとして、ザイモンさんを誘引装置兼処理装置として機能させているってわけね」


「なんだよそれは! オッサンの存在を利用してるってわけかよ。気に入らねえな! しかも、今度はオッサンを排除せよだと。自分勝手にもほどがあるぜっ……!」


 カンジは、吐き捨てるように言って、背に負った『光の盾』を前に構え直し、魔物たちの波の側面に向かって駆け出した。


「ちょっとカンジ、待ちなさいよ!」


 あわててナナミも『光の剣』を鞘から抜いてあとを追う。


 魔物たちの最前線は、巨大なサー・ザイモンによって次から次へとなぎ倒されていたが、あとからあとから湧いてくる魔物たちの波は、依然として荒れ狂う大河のように途切れる様子がなかった。


 その奔流へ、カンジとナナミが到達する。

 途端、轟音とともに、大河のような魔物流が二箇所で半円形にえぐられた。

 その中心にあるのは言うまでもなく、カンジとナナミの二人。

 『光の盾』による荒々しいシールドバッシュと、『光の剣』による魔法衝撃波によるものだ。

 魔物たちの後続からなる大波は、半円を埋め、二人を飲み込もうとするが、爆音とともに円形を再形成する。それどころか、その円は次第に範囲を広げ、魔物の大河を分断していく。

 見る間に、無尽蔵と思われた魔物たちの進撃はせき止められ、やがて町の外で完全に防衛線が形成された。

 にわかに信じがたいが、現代の軍隊であれば一個旅団に匹敵するような働きを、たった二人でやってのけている。


 思えば、少し前までは単なる寄せ集め冒険者パーティーだった俺たちが、こんな災害級の魔物嵐を簡単に抑え込めているなんて、誰が想像できただろうか。

 いつの間にやら俺たちは、勇者パーティーと名乗っても恥ずかしくないくらいの実力を身に着けていたらしい。


「まあ、俺たちって言うか、俺以外の二人だけどさ」


 俺は誰にともなくつぶやくと、カンジたちから視線を外し、町の方を振り返った。


 そして目に入ってきたのは、せいぜい3メートルのほどの高さになったサー・ザイモンの姿だった。

 相変わらず町中の魔物を豪快な剣戟で吹き飛ばしてはいたが、さきほどまでの見上げるような巨人の姿はどこにもない。


「大きくなったり小さくなったり、忙しいオッサンだなあ!」


 ともあれ、さきほどのような無双感のないサー・ザイモンの様子に一抹の不安を覚えた俺は、ギルドに向かってふたたび走った。

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