東大生と金庫室
「うーん……」
相手が幽霊という、俺がこれまで存在を信じていなかったものであるためか、うまい方法がなかなか思いつかない。
まずはもっと幽霊のことを知ることが必要かもしれない。
「とりあえず幽霊について詳しく教えてください」
「ふむ……。まずは情報を集めるというのは冒険者の基本にして鉄則。よかろう。何が知りたいのだ?」
こういうとき、闇雲に質問をしてもバラバラの情報が散らかるだけで、問題解決につながらないことが多い。
まずは取り組むべきイシューを明確にして、それに寄与するような情報を集めていく必要がある。
今のイシューは、この町に魔物が来ないようにすることだ。
そのためには、なぜ幽霊がいると魔物が来るのかがわかると対策が打ちやすい。
「ザイモンさん、そこのところなにか心当たりはありますか?」
「いや、吾輩にはさっぱりだな」
まあそれはそうだろうな。
サー・ザイモンは見るからにパワータイプの冒険者だ。
この中でそういう方面の知識を持っていそうなのは一人だけだ。
「ナナミさんは何かわかったりしますか?」
「え、私? うーん。わかんないなあ」
ナナミは顎に手を当てて思案する。
俺は少し角度を変えて質問することにした。
「最初にザイモンさんに会ったとき、どうしてザイモンさんが幽霊だとわかったんですか?」
「あー、それはね。普通の生き物なら多かれ少なかれみんな持ってる魔素が、ザイモンさんからは感じられなくて、逆に魔素が吸い取られるような感覚があったのね。これは魔法使いの教科書では『負の魔素を持っている状態』っていわれてて、幽霊に特有の現象ってことになってるのよ」
「負の魔素ですか。それには普通の魔素を吸い取られる以外に何かわかっている性質はあるんですか?」
「普通の正の魔素と打ち消し合うっていうのはよく聞くわね。誰がどうやって確かめたのかもわからないけど」
やっぱりそうか。
『負の魔素』なんてのは、もちろん俺にとっては初めて聞く概念ではあったが、素粒子に正負があるというのはむしろ馴染み深い構図でもあった。
前世の世界でも、物理的な概念というのは基本的に対となる性質を持つふたつから成っているものだった。
電荷、磁気、そして反物質。
そのアナロジーを考えると、性質もいくらか想像がつく。
打ち消し合うというのも、わかりやすい性質だ。
それともうひとつ。
「たぶん、その負の魔素が、魔素に敏感な魔物をひきつけてるってことなんでしょうね」
「じゃあ、ギルマスのオッサンの魔素を負から正に変えちまえばいいんじゃねえか?」
俺の言葉にカンジは目を輝かせ、身を乗り出した。
「うーん……。負から正に反転させることなんてできるのかしら」
しかしナナミは難しい顔で考え込んだ。
「それができれば、解決しそうですね。もしくは、負の魔素が魔物を引きつける力を遮断するか。でも、どちらにせよそのやり方が今のところわからないので、他の方法も考えないと」
もしかしたら金属容器に入れることで電場を遮断できるように、負の魔素の誘引力を遮断できる物質があるのかもしれないが、それはまたあとで考えよう。
ふたたびイシューに戻る。
イシューは、魔物がこの町に来ないようにすることだ。
つまり、魔物を引きつけるのだとしても、それがこの町でないとしたら問題は解決するはず。
「さきほどザイモンさんは、『この地から離れられない』とおっしゃっていましたが、この町から出られないということですか?」
「正確には、この建物から離れられないのだ。浮遊していた吾輩を大賢者殿がこの世に定着させてくださったとき、その核となるものが必要ということで、この建物にしたそうだ」
「なるほど、この世に幽霊を定着させるには、この世界の何かを核にする必要があるんですね」
「だとしたら、この建物が破壊されたらどうなるのかしら?」
「その場合はまた新たな核に定着する必要があるだろうな。そのやり方は吾輩にはわからんが」
大賢者によって、この建物に負の魔素を留めておけるような性質を付与されているということだろうか。
その場所に何か痕跡があれば、手がかりになるかもしれない。
「大賢者さんがザイモンさんを定着させたのは、この建物のどこですか?」
「ん? 奥の金庫室だが、見てみるか?」
「ええ、差し支えなければぜひ」
「うむ。中身は住人とともに引き上げているし、差し支えない。こっちだ」
サー・ザイモンは、現れたときと同じように、カウンターの向こう側にある扉に向かって進んだかと思うと、扉を手で開けることもなくすり抜けてしまった。
「さすが幽霊……」
俺たちは急いでサー・ザイモンのあとを追ってカウンターの奥の扉に向かった。
ギルドのバックオフィスには初めて入ったが、思ったより広い執務空間が広がっていた。シンプルなデスクがいくつかの島を形成して並んでいる様子は、機能的な会社のオフィスさながらの様子だった。
数時間まで大勢の人がそこで働いていたのではないかと錯覚させるほど、一種の生活感がそのまま残っていた。
「ホコリとかも全然ないわね……」
ナナミが通路の脇のデスクを指でなぞるが、ホコリや糸くずがつく様子もない。
「うむ。吾輩が毎日丹念に掃除をしておるからな」
サー・ザイモンは、満足そうにうなずいた。
そして広いオフィスの最奥部。
ギルドマスター席とおぼしき応接セットつきのエリアの脇に、別室への扉があった。
おそらくその先が金庫室なのだろう。
少し緊張しながら扉を開けると、その先には、さらに頑丈そうな金属の扉が現れた。
見るからに重厚で、とても手動で開けられそうにないと思っていると、サー・ザイモンが扉のわきを指差した。そこには、この扉の開閉用とおぼしきハンドルがついていた。
サー・ザイモンの指示に従って、カンジが扉のわきのハンドルを回すと、金属の扉がほんの少しきしみながら、開き始めた。
金属の扉の中は、壁も天井も床も金属でできた空間だった。
ここが金庫室であることは間違いなさそうだったが、その中に収められているべきものは何も入っていなかった。
「なんだ、空っぽじゃねえか」
カンジがなぜか残念そうにつぶやいた。
「避難の際に、持ち出させたのだ。住民の避難生活や生活再建には資金が必要不可欠だからな」
俺は、サー・ザイモンの答えを聞き流しながら、空っぽの金庫室の中を見て回ってみたが、特に変わったものは見つけられなかった。
「ナナミさん、何か気がつくことはありますか?」
俺が振り返ると、ナナミは首を捻りながら金庫室の中に出たり入ったりを繰り返していた。
「ううーん、なんだかこの部屋全体からザイモンさんと同じような負の魔素を感じるのよねえ」
「マジか! じゃあこの部屋全体が幽霊ってことか?」
カンジが目を見開いた。
サー・ザイモンもぎょっとしたような顔をしている。
「と、いうよりはこの部屋がザイモンさんの核なのかも……」
「核、ですか……。つまり、ザイモンさんは、この土地や建物じゃなくて、この金庫室に取り憑いているってことなんでしょうか」
核というか、依代みたいなものかもしれない。
「だとすると、そう簡単には壊すことも動かすこともできなさそうだな」
「ですね……」
俺たちは堅牢な金庫室の内部を見回して、ため息をついた。
そのとき。
「ん? なんか揺れてない?」
ナナミが顔を上げてあたりを見回した。
俺とカンジは顔を見合わせて、感覚を研ぎ澄ませてあたりをうかがった。
すると、たしかにかすかな揺れが感じられた。
「たしかに揺れてるな。地震か?」
しかも、揺れはみるみるうちに大きくなってきた。
やがて、はっきりとわかる大きな揺れになった。外からは地鳴りのような音も聞こえてきた。
「かなり大きな地震みたいですね……。でも、この金庫室なら安全でしょうから、ちょうどよかった」
俺は扉が空いていることを確認しながら言ったが、さっきから扉の外をじっと見ていたサー・ザイモンは首を振った。
「これは地震ではない」
「えっ? じゃあいったい何なの?」
サー・ザイモンは、見たこともない厳しい目つきで、扉の外を睨みつけながら言った。
「魔物の襲撃だ」




