東大生のローテンション
「おい、本当にやるのかよ……」
カンジがぽつりとつぶやいた。
俺たちの足取りは重い。
レヴィアタンが俺たちに課した試練は、国境のゴーストタウンに住み着いた幽霊を排除し、魔物が寄ってこないようにすること。
死してなお町を守り続ける英雄的ギルドマスターにして、俺たちを歓待してくれたサー・ザイモンに非情な現実を突きつけ、立ち去ってもらわなければならないのだ。
そうして歩いている間にも、魔物は断続的に襲いかかってくる。
カンジはやりきれない思いをぶつけるように、光の盾を魔物たちに叩きつけ続けた。
出る幕のない俺とナナミは周囲を警戒しつつも、少し離れたところでカンジの戦いを見守る。
「ナナミさん、ザイモンさんはすんなり立ち退いてくれるでしょうか」
「どうだろうね。話せばわかってくれるような気はするけど……。あそこに留まっていることはザイモンさんの生きがい……いや、生きてはないんだけど……存在理由みたいなものよね」
「そうなんですよね。そもそも俺が伝説の装備を手に入れるためとか、スクロールの中身を知りたいという理由で、ザイモンさんを町から追い出すようなことをしてしまっていいのか……」
「だが、あの町に魔物を呼んでいるのがギルマスのオッサンだってんなら、そりゃあなんとかしねえとダメだろう。だからこそ、やりきれねえんだよ」
魔物をシールドバッシュで片付けたカンジが盾を背負い直しながらやってきた。
「カンジの言うとおりね」
「そうですよね……」
「わかっちゃいるんだが、そう簡単に割り切れるもんでもないんだよな。しかも、たしかギルマスのオッサンの残留思念を幽霊として実体化したのは大賢者だって話だったよな。ずいぶんと勝手じゃねえかっ!」
カンジは、飛びかかってきた猿の魔物に、空中で盾を合わせて打ち返しながら叫んだ。
そうこうしながら、やがて俺たちは森を抜けた。
ここへ来たのは朝の早い時間だったが、すでに夜の深い時間になっていた。
レヴィアタンの小屋との往復の間に、軽く三桁を超える魔物と対峙しては倒し続けてきたために、魔石を入れている袋は既に満杯の状態だった。
荷物の重みは足取りをさらに重くさせたが、一方で俺たちは冒険者としての成長を肌で実感してもいた。
もはや、普通の魔物が複数体出てこようとも、カンジのガードを突破されることはなかったし、挟み撃ちに遭っても取り囲まれても、カンジの盾とナナミの一振りによって、軽く一掃が可能になっていた。
伝説の装備を集める過程は、自然と勇者パーティーのレベリングの役割を果たすようになっているのかもしれない。
ともあれ森の入口にとめていた魔動車に乗り込んだ俺たちは、朝方来たばかりの道を戻っていった。
じゃんけんに負けた俺がハンドルを握っているのだが、運転しながらいやな汗を手にかいているのを自覚していた。
いかに気が進まなかろうとも、車を走らせていると否が応でも町に近づいていってしまう。
車内では誰も言葉を発さず、走行音だけがゴトゴトと鈍く響いていた。
重苦しい空気を変えることもかなわないまま、俺たちはあっというまに町にたどりついてしまった。
俺たちは魔動車から降りて、夜の町をギルドに向かって歩いていく。
町は月の明かりに照らされて存外に明るかったが、俺たちの他に通りを歩く人は誰一人おらず、この町はあいもかわらず荒涼としたゴーストタウンだった。
ギルドの入り口の扉を押し開けると、ギギギギギという蝶番の軋む音が館内に響き、月明かりが少しだけ中に射し込んでいった。
俺たちは中に足を踏み入れ、無人の受付カウンターまで歩いていく。
三人でカウンターの前に立つと、カウンターの向こうの扉をすり抜けて、人影が現れた。
もちろんそれは、ギルドマスターのサー・ザイモン、その人だった。
「おお。早かったな。大賢者殿には会えたのか?」
「え、ええ。まあ」
ナナミが引きつった愛想笑いを浮かべる。
「それはよかった。目的は果たせたのかね」
「それなんですが……」
俺が言いよどんでいると、横からカンジがカウンターに乗り出してサー・ザイモンの方に顔を寄せた。
「会ったには会ったが、気に入らねえ」
「なんだ、どうしたというのだ。素晴らしい御仁だったであろう」
サー・ザイモンは俺たちの態度が意外というふうに目を丸くしてみせた。
「あー、俺は小芝居とかが苦手だから単刀直入に言うぜ。大賢者の野郎が言うには、この町に魔物が来るのは、幽霊のアンタがいるせいだってんだ。そんなバカな話があるか?」
「大賢者殿がそう仰ったのか」
「ああそうだ」
「ふむう……」
カンジの言葉を聞いたサー・ザイモンは、少し考え込むようにしていた。さほどショックを受けているようにも見えない。
サー・ザイモンはふうっと大きなため息をつくと、納得したようにひとつ頷いた。
「まあ、大賢者殿がそう仰るのならそうなのであろうな」
「じゃあ……」
「うむ。吾輩がこの町に人が戻らぬ元凶だというのであれば、話は早い。吾輩がいなくなればよいのだ」
それを聞いたカンジが、ドンとカウンターを叩いた。
「オッサン、それでいいのかよ!」
「無論だ。吾輩の望みは、ここに留まることではなく、この町を守ることだからな。それが果たせるのであればむしろ望むところである」
「ザイモンさん……ずっと守ってきたこの町を離れないといけないのに……」
ナナミが目を伏せる。
俺たちは、サー・ザイモンの高潔すぎる思いに、何も言えなくなった。
「とはいえ、どうしたものであろうか。吾輩はこの町のために留まった幽霊ゆえに、この地から離れることができんのだ」
腕を組んでむうと唸るサー・ザイモン。
と、思いついたように顔を上げる。
「そうだ。諸君らに、吾輩を消滅させてもらえばよいのではないか?」
さもいいアイデアのように目を輝かせるサー・ザイモンだったが、言っていることは穏やかではない。
「ちょっと待てよオッサン。俺らにアンタを殺せっていうのか」
カンジが色をなすが、サー・ザイモンは器用に片側の広角だけを上げた。
「忘れたのか。吾輩は既に死んでいるのだぞ。殺しにはならぬ」
「そういう問題じゃねえんだよ!」
怒るカンジと、あっけらかんとしたサー・ザイモン。
この二人、立場が逆じゃなかろうか……。
そのとき、俺ははたと気がついた。
「あれ、でもそういえばどうやったら幽霊のザイモンさんを消滅させられるんです?」
「そういえば……そうね。幽霊のことを概念としては知っていても、対処法は聞いたことがないわ」
「特に吾輩は、大賢者殿に形を与えていただいた幽霊だからな。そんじょそこらの幽霊よりも強力であるぞ」
ガッハッハと笑うサー・ザイモンに、俺たちは毒気を抜かれるばかりだった。
カンジがひとり喚いている。
「いやいや、そもそもオッサンを消滅させるのに俺は賛成してねえぞ!」
「じゃあどうするのよ」
「うむ。じゃあどうするつもりなのだ」
ナナミに当のサー・ザイモンまで同調してカンジを問い詰める。
完全に面白がってるぞ、このオッサン。
「それは……! それはヒデトシが考えるんだよ!」
「えええ! 俺!?」
「あったりまえよ!」
カンジはなぜかいい方法を見つけたかのように、得意げに腕を組んで鼻を鳴らす。
流れ弾にもほどがあるんだが……。
俺はしぶしぶ頭を回転させはじめたのだった。




