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東大生とレヴィアたん

「レヴィアたん? なんだかかわいらしい名前ね」


「そうか? そのように言われるのは初めてだな。リヴァイアサンなどと呼ばれることはあるが」


「リヴァイアさん……そっちは『さん』付けなのね。レヴィアたんの方がかわいいと思うわ」


 ナナミとレヴィアタンは噛み合っていない謎の会話をしているが、俺はその会話が耳に入ってこないほどの衝撃を受けていた。


 レヴィアタンといえば、旧約聖書のヨブ記などに登場する、文字通り神話中の怪物だ。

 旧約聖書では最強の生物と位置づけられている。

 前世で俺が中学生のときにハマっていたカードゲームでも、リヴァイアサンの名で、水属性の超重量級として抜群の存在感を示していた。


 こいつがあのレヴィアタンだって……?


 もし本当にそうなら、大賢者としての知性と最強の生物としての力を兼ね備えていることになる。

 それはほとんど全知全能を意味していた。 


 そんな恐るべき存在であるレヴィアタンは、ナナミとの会話の流れで、いつの間にかまた長身の美女の姿になっていた。

 なんだかよくわからないが、どうやら二人は意気投合しているようだ。


「そうそう、私たちがダンジョンで手に入れたスクロールを解読してほしいのよ」


「スクロールだと? どれ、見せてみろ」


 荷物からスクロールを取り出して向かいの席のレヴィアタンに渡すと、レヴィアタンはスクロールを広げてさっと目を通し始めた。


 ドワーフのニーベルは、これを読めるのは伝説格の存在か大賢者くらいだと言っていたが、目の前のレヴィアタンは、伝説格にして大賢者だ。


 ナナミが身を乗り出して、スクロールを眺めるレヴィアタンの手元を覗き込んだ。


「どう、レヴィアたん。読めそう?」


「ん? ああ、もちろん。標準文字だな。懐かしい。少し前までは皆使っていたものだが、最近すっかり見なくなってしまった」


「標準文字? 先日これを見せたドワーフは神代文字と言っていたのですが」


 俺が話に割り込むと、レヴィアタンはスクロールから目を上げた。


「今はそのように呼ばれているな。だが、それは後から付けられた呼び名だ。現に使われていた時代には、標準文字と呼ばれていたのだよ」


「なるほど……」


 まあそれはそうか。古代ギリシア語だって、古代ギリシア人にとっては単に標準語だっただろうしな。


「それで、そのスクロールには何が書いてあるの?」


 急かすナナミに、レヴィアタンはさらっと答えた。


「召喚術の術式とその解説だな」


「召喚術!?」


 俺たち三人の驚きの声が重なった。


「そうだ。現代ではすっかり失われてしまった技術だな。これをダンジョンで見つけたのか」


「え、ええ。このヒデトシが宝箱を発見したの」


「ふむ、お前がか」


 レヴィアタンは値踏みするように、俺の顔を眺めた。


 俺は思わずゴクリとツバを飲み込む。


 レヴィアタンの深い瞳に見つめられ、俺は金縛りにあったように動けなくなってしまった。


 そのまま数秒見つめられている間、俺は呼吸すらも定かではなかったが、レヴィアタンがゆっくりとまばたきをすると、俺はハッと己を取り戻し、呼吸も戻ってきた。


「なるほどな。たしかに、そういうこともあろうな」


 レヴィアタンは、ナナミにスクロールを渡しながら言った。


「え? どういうことなの?」


「この男なら、このスクロールを手に入れる資格があるかもしれんということだ」


「俺が? でも俺は現代の魔法すら使えません。召喚術なんてとても……」


 レヴィアタンは、大げさにため息をついた。


「魔法は本来、仕組みを理解すれば誰でも使えるものだ。現代では理論を理解せずに、感覚だけで使おうとし、そのセンスを持っている者だけを魔法使いとして持て囃しているが、もったいない限りだ」


 俺たちが何も言えずにいると、レヴィアタンは言葉を続けた。


「召喚術は、確かに高度な技術だが、要は理論がことさら難解なために、感覚だけで行使することが困難というだけのことだ。お前は、理解力に自信があるのだろう?」


 レヴィアタンは、再び俺を視線で射すくめる。


 だが、今度は威圧されてばかりではいられなかった。

 理解力、つまりは地頭は、いまの俺の拠って立つものだ。

 力も魔法も持たない俺が、カンジやナナミと肩を並べられているのは、すべてこれによるもの。


 前世では「頭がいい」と言われても、「そんなことないですよ」と謙遜してみせるのが処世術だったが、実力がものを言うこの世界では、そうはいかない。

 俺がこの誇るべき仲間たちとともにあるために、この世界で「勇者」であるためには、今こそ宣言しなければならない。

 己こそが、この世界で最高の頭脳の持ち主であることを。


「もちろんです。なぜなら俺は、東大生だから」


 俺は自信に満ちた態度で言い放つ。


 それを正面から受け止めたレヴィアタンは、満足そうに頷いた。


「よく言った。では、大賢者にして海を司るこのレヴィアタンがお前に試練を授けよう」


「試練?」


「そうだ。その試練を突破した暁には、お前に伝説の装備をくれてやる」


 それを聞いて、これまでおとなしく話を聞いていたカンジが、ガタッと椅子から立ち上がった。


「伝説の装備? スクロールの中身を教えてくれるんじゃないのか?」


「ただ中身を教えても意味がない。さきほど言ったとおり、理論を理解できなければ書いてあることが読めても行使はできないのだからな」


「そういうもんかよ。じゃあその伝説の装備は、スクロールの中身よりもいいものってことなんだろうな」


「無論だ」


 レヴィアタンの答えに、カンジがあまり納得がいっていないような顔のままふたたび席につき、目の前のビールジョッキをぐいっとあおった。


「わかりました。じゃあさっそく、その試練というのを教えてください」


 俺が促すと、レヴィアタンは、俺たち三人を見回してから話し始めた。


「この森を東の方角に出てしばらく進んだところに、魔物嵐に遭って壊滅した町がある。かつてはこの『大森林』にもっとも近い町として、森のめぐみとともにそれなりに栄えていたのだが、今ではすっかりゴーストタウンだ」


「その町なら、ここに来る前に寄ってきたぜ。幽霊のギルドマスターが守り続けてる町だろう」


 カンジが相槌を打つと、レヴィアタンは頷く。


「そうだ。往時は私も時折立ち寄っていたのだがな。今はあの有様だ。魔物嵐が落ち着いたあとも、あの町が復興しない理由はわかるか?」


「この森から魔物が襲ってくるからじゃねえのか?」


「そのとおり。だが、『大災害』から十余年の時が経って、今なおあの町に魔物がやってくるのには、理由がある」


「まさか……」


 俺は嫌な想像に思い当たってしまい、思わず表情を歪める。


 カンジとナナミは不思議そうな顔をして俺の方を見た。


「ふむ。気がついたようだな」


「幽霊が……ザイモンさんが、呼び寄せているんですね……」


 レヴィアタンは、大きく頷いた。


「その『理由』を、取り除いてきてもらおう」


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