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東大生の人助け

「どうしたんですか、ナナミさん」


 若干うろたえながら、俺はカウンターの奥から椅子を引っ張りだしてナナミにすすめた。

 ほとんどの商材を貴金属に変えてしまったために、すっかりがらんとした店内。

 周囲の喧騒からしばし切り離され、二人向き合って座る。


「……」


 ナナミはうつむいてなかなか口を開こうとしない。

 俺はこういうときの上手い対処法を導き出そうと頭をフル回転させるが、残念ながらヒット〇件だった。地頭力の敗北である。

 なんとも言えない沈黙の時間の末、ようやくナナミは決心したようにポツポツと話し始めた。


「私ね、けっこうなイイトコロの末っ子なの。でも、兄弟多いから、あんまり両親から関心持たれてなくて。これまで気ままに冒険者をやってきたんだよね」


「そうだったんですか」


 俺は相づちを打つが、実のところナナミが上流階級の出身であろうということは、普段の立ち居振る舞いからおおよそ察しがついていた。

 この状況で、こういう話を切り出すということは、今回の政変でナナミの家も立場が危うくなっている、というところだろうか。

 貴族の権力争いなんてめんどくさいものには巻き込まれたくないぞ……?


 しかし、続くナナミの言葉は俺の想像を超えていた。


「実は私の家族がみんな粛清されちゃって……」


「えええええっ!」


 粛清って、つまり皆殺しってことだよな……。

 それはナナミも命を狙われているってことじゃないのか。

 俺は、


「そんな深刻な事態だったら、俺みたいな非力な商人よりも、冒険者ギルドに護衛依頼を出すなりしたほうがいいんじゃないですか?」


「……そう、だよね。うん……そうする。ありがとう、ヒデトシくん」


 ナナミはなんだか無理やり笑顔を浮かべると、立ち上がって店から出ていった。


 しかし、ナナミの家族が粛清とは、穏やかじゃないな……。俺も力になれたらよかったんだけど、どう考えても適任じゃないしな。

 ギルドの冒険者たちが守ってくれるといいんだけど……。


 ……。

 …………。

……待て。俺はバカか?


 冒険者ギルドはいつだって権力の傘下にあるんだ。ワグナス新国王の息がかかってるに決まってる。粛清している張本人だぞ。

 そんなところの助けを借りられるわけがないから、俺のところに来たに決まってるだろう!

 

 俺は慌てて店を飛び出し、ナナミの後を追う。


「ナナミさん! 待ってください!」


 まだ見えるところにいたナナミを必死で追いかけ、その腕を掴む。


「ヒデトシくん……?」


「ナナミさん、俺に任せてください。ナナミさんは、俺が守ります!」


 無意識に大声を張り上げていた。

 周りの人が一斉にこちらを向いて、俺は自分のしでかしたことにハッと気がついた。

 当のナナミも俺に手を掴まれるがままに、驚いた顔をしていたが、やがて笑顔を浮かべて言った。


「ありがとう。ヒョロいくせに、言うじゃない」


「うぐ……とにかく、詳しい話を聞かせてください。俺の店に戻りましょう」


  *


「あ、やっぱ聞かなかったことにしていいですか」


「ダーメ!」


 俺は店に戻ってナナミの話を聞き、早くも後悔に襲われていた。


「だって、聞いてないですよ。ナナミさんが旧王家の王位継承順位第一位だなんて!」


「てへぺろ」


「てへぺろじゃない! そりゃご家族は粛清対象でしょうねえ。きっとワグナス現王にとって、ナナミさんはぜひとも殺さないといけない人でしょう」


「そうなんだよねえ。あ、でも第一位になったのは、他の家族がみんないなくなったからよ」


 ナナミは腕を組んでうんうんとうなずいている。最初に来たときのどこか悲壮な雰囲気はなくなっていた。

 ずっと秘密にしておかなければならなかったであろう、自分が王家の人間だという事実を俺に明かしたことで、すっきりしたのだろう。

 それはいい。それはいいのだが。事態は依然深刻だ。


「ぐぬぬ。しかし、それはなおさらしっかり考えないといけませんね。現状、ナナミさんの味方になってくれそうな人はどれくらいいるんですか?」


 対策を立てるには、まずは現状把握からというのがビジネスの基本だ。敵を知り己を知れば百戦殆うからずというしな。


「それが、誰もいなくなっちゃったの。もともとうちの家って、大迷宮の恩恵をかさにして統治していたようなものだから、人気なくて」


 あはははは、とナナミが笑うが、笑いごとではない。

 この二人で、国家を相手になんとかする必要があるということになる。


 しかし、それしかないというのなら、仕方がないよな。

 どんなときでも配られたカードで最善を尽くすしかないんだし、むしろ、そういう厳しい状況設定の方が燃えるよね。

 俺は自然にこぼれそうになる笑みを噛み殺して、


「わかりました。じゃあ次に、目標設定をしましょう。目標は、ワグナスの勢力圏からの脱出でいいですか?」


 この世界は、何もこの国しかないわけじゃない。他の国や組織の勢力下に亡命するというのが、もっとも現実的な選択肢だろう。

 だが、ナナミは首を振った。


「そんなんじゃつまんないでしょう。やるからには、最高の結果を狙うわよ」


「どういうことですか……?」


 俺は嫌な予感がしながらも、そう聞くほかなかった。

 ナナミは、ニヤリと最高に魅力的で悪魔的な笑顔を浮かべながら宣言する。


「この国を取り返す」


 わお。


  *


「さて、何の話でしたっけ」


「何の話じゃないわよ。国の奪還! 下克上! 再革命!」


 俺がわざわざ区切りを入れてとぼけてみても、ナナミは揺らがない。それどころか、ますます力が入っている。自分自身の言葉に自分で鼓舞されているようだ。


「それはなかなか、ハードルが高いのでは……?」


 俺が冷静に再考を促そうとすると、ナナミは口を尖らせた。


「なによう。縛りゲーのほうが燃えるんじゃなかったの」

 

「それはそうなんですけど……いや……でもたしかに、目標は高いほうが目指し甲斐がありますね」


 とっさに反論しかけたものの、よくよく考えると、俺もそういうのは嫌いではなかったことに気がついた。

 そうなのだ。

 俺はもともと目標は高いほうが好きだったはずだ。

 「日本一」という言葉に憧れを抱き、やたらと富士山に登りまくっていた遠い記憶を思い出す。

 国を奪還する、か。

 いいね、悪くない。なんだか楽しくなってきたな。


「そうそう。そういうことよ」


 ナナミも満足げな顔でうんうんと頷く。


「じゃあ、目標は『この国を取り返す』ということで。そしたら、今度はこの目標を達成するためにはどうすればいいか、ブレイクダウンしていきましょう」


「ほ、ほう?」


 俺がホワイトボード代わりに使っている黒板にチョークでデカデカと「この国を取り返す」と大書してナナミに向き直ると、ナナミは若干身構えている風だった。

 俺はそんなナナミの様子を気にせず、よどみなく話しながら黒板に書き込んでいく。


「『国を取り返す』ということを考えるとき、まずは『国』とは何か、その中の何をどうすれば『取り返した』ということになるのかを考えなければいけません。『国』というものは、もちろんいくつかの概念の総称で、それぞれの側面がありますね」


 俺は最初の「国」という字のところから線を引っ張り、いくつかの線に分岐させて、その先に要素をひとつずつ書き始めた。


「まず、何より①国民というのが挙げられますね。②国土というのもあるでしょう。あとは③国富とか、④軍事力。⑤国家機構・制度というのも『国』の大事な要素でしょうね。ほかに何か思いつきますか?」


「え? は? あ……権力とか?」


 俺が話を振ると、虚を突かれたように狼狽しつつも、思いついた答えを挙げるナナミ。

 しかも、なかなか筋のいい答えだ。


「なるほど、いいですね。たしかに、それも、特に今回の目的に非常によく沿った『国』の側面です。ただ、権力というのもやっぱり複合的な概念なので、まだ少し分解が必要でしょうね。分解していくと、③、④、⑤あたりと重なるところも出てきそうです。こうして分解するときは、漏れなくダブりなく分解していくのがポイントです。この『漏れなくダブりなく』というのを、MECEといいます」


「ちょ、ちょっと待って……キミは何語を話しているの?」


「何言ってるんですか、日本語に決まっているでしょう。どんどん進めますよ」


「に、日本語ってどこの言葉……」


 ナナミの言葉が聞こえた気がしたが、俺は黒板を使って戦略策定に夢中で、もはや聞こえていなかった。

 そして数時間の(やや一方的な)議論の末、俺たちの戦略がなんとか形になってきた。


「ふう、ナナミさん、お疲れさまでした。いけるかどうかはやってみないとわかりませんが、とりあえず方針は決まりましたね。やはりピラミッドストラクチャーは使えるフレームワークだなあ」


 俺が満足して言うと、すでにぐったりとテーブルに突っ伏していたナナミが疲れた表情で顔を上げた。


「ヒデトシくんって、こんな熱くなる人だったのね。知らなかったわ……」


「そうですか?」


 ナナミは、むくりと上体を起こして、俺の目を見て言う。


「そうだよ。ヒデトシくん、お金儲け以外には興味がないんだと思ってた」


「それは違います。俺が好きなのはお金儲けじゃありません。対象はビジネスでも勉強でも何でもいいんですけど、俺は何かをうまくやってみせることが好きなんです」


 それが、俺の原動力だ。


「いいじゃない。じゃあさっそく、うまくやってみようか。ダンジョンで」

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