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東大生と尿路結石

 いくらも進まないうちに、俺たちはもはや耳慣れた地響きにため息をつき、誰からともなく足を止めた。


「またかよ……」


 カンジはうんざりした表情を浮かべたが、手慣れた様子で背負っていた盾を身体の前に突き立てる。

 一拍の後、正面からすさまじい勢いで飛び込んできた猪の突進を、見事に盾と己の体重で受け止めた。


 ゴンという鈍い音とともに、猪は頭部をひしゃげさせ、横倒しに崩れ落ちる。


 森に入ってから、まだ10分経つか経たないかというところだというのに、このようにしてカンジが魔物化した動物の襲撃を止めた回数は、早くも8回を数えた。

 実に分速1回に迫る頻度だ。


 いかに『光の盾』があらゆる魔法攻撃を吸収しようとも、物理的な衝撃を止めているのはカンジの膂力である。


「カンジさん、大丈夫ですか?」


「肉体的には問題ねえが、さすがにうんざりはしてきたな」


 俺の問いかけに、げんなりとした表情で答えるカンジ。


「もともと豊かな森で、動物たちの楽園だったのよ。そこに魔素があふれてきて、魔物の楽園になっちゃったみたいね。ここの空気自体がダンジョン並みの魔素だわ」


 ナナミは生い茂る木々を見回した。


「おいおい、それじゃあここの空気を吸ってると俺たちも魔物になっちまうってのか?」


「大丈夫ですよ。カンジさん、普段からダンジョンに潜ってるけど、魔物になってないじゃないですか。多分、生物濃縮した魔素を食料として摂取していくと魔物化していくんでしょうね」


「そうね。あとは超高濃度の魔素流を直接取り込むか……って、また来たわよ!」


 ナナミが指をさした方向から、地響きが近づいてくる。


「任せろ!」


 またしてもカンジが盾を華麗に操り、近づいてくる地響きと俺たち三人の立ち位置を結ぶ線分上に突き立てた。


 ほどなく、鈍い大音響とともに盾が衝撃を受け止め、地響きがやんだ。


 だが、これまでと異なり、今回はその後に攻撃者が倒れる気配がない。


 怪訝そうな表情を浮かべつつ、カンジは気合とともに盾を跳ね上げた。


「うおらっ!」


 盾に遮られていた視界の先には、上半身を仰け反らせている白銀の狼の姿があった。


 仰け反りながらも、こちらを睨みつけている。


「ナナミさん!」


 俺がとっさに叫ぶと、ナナミは俺の意を正確に理解して『光の剣』を抜き放ち、最前線に躍り出て狼に向けて衝撃波を飛ばした。


 薄い三日月を思わせる衝撃波が、音速で体勢を崩したままの狼に達すると、すぱっという気持ちいい音とともに、狼の頸部はあっさりと切断された。

 

 ナナミが剣を鞘に納めるのと、狼の頭部がゴトリと地面に落ちるのはほぼ同時だった。


 ナナミは涼しい顔をして狼の死体に近づき、検分し始めたが、俺とカンジは唖然としていた。


「ナナミさんの魔法剣、すごいことになってますね……」


「そうねえ。ニーベルさんのナマクラ魔法剣に比べて、やっぱりこの『光の剣』はすごいわ。……あっ、やっぱりこの狼、動物の狼が魔物化したわけじゃなくて、もともと魔狼だったみたいよ」


 ナナミ本人は、驚くべき修行の成果についてそんなに感慨を抱いていないらしく、むしろ熱心に魔狼の死体を調べていた。


「なんだ、感動の薄いやつだな……。しかし、あのドワーフの女、こうなるとわかっていてナナミにナマクラ魔法剣を使わせてやがったな。俺も早くこいつの力を100パーセント引き出せるようにしねえとな……」


 カンジが刺激を受けて漆黒の『光の盾』を掲げるのを横目に、俺はナナミに近づいて聞いた。


「もともと魔狼ってどういうことですか?」


「ほら、これがこの魔狼の身体から出てきた魔石。こっちがさっきの猪の」


 ナナミが手のひらに載せたふたつの魔石は、見るからに様子が異なっていた。

 片や、磨き込まれたようになめらかな輝きを放つ飴色の大きな球体。

 片や、全方位に鋭いナイフのようなトゲが飛び出すゴツゴツした塊。


「これは……全然違いますね」


 猪の魔石のほうは、前世で暇を持て余していたときに、興味本位でネット検索しては一人で震え上がっていた尿路結石にそっくりだった。


「きれいな方は、しかるべきところで自然に大きくなっていった感じがありますね。体内で魔素を代謝する器官があるんでしょうか。トゲトゲの方は、身体の中で無理に結晶化した感というか……。こんなのが身体に入ってたら、痛いでしょうねえ」


「ああ、普通の丸い魔石と売り物にならんトゲトゲの魔石があるのは、そういうわけだったのか。どうりで、ダンジョン外ではよくトゲトゲの魔石に当たる気がしたぜ」


 カンジも後ろから覗き込んで言った。


「ということは、この森ではダンジョンのように天然の魔物が湧くスポットもあるってことですか」


「もしかしたら『大迷宮』からあふれてきている可能性もあるけど、この『大森林』自体がダンジョン化してきている可能性もあるわね……」


「この接敵頻度は、もはや通常のダンジョンを超えてるけどな……。ほら、また来たぞ!」


 今度は横手からの地響きに、カンジは盾を振り回しながらそちらに飛び出し、盾を構えた。


「おっと、どうやら群れでのお出ましだぞ。全部止めるが、こぼれたらよろしくな」


 カンジが腰を落として衝撃に備える姿勢をとり、魔物の群れを待ち構える。


 俺とナナミもカンジの盾に隠れるようにしながら、身構えた。


 数秒後にカンジの盾の向こうに殺到したのは、魔犬の群れだった。


 初めの数頭が盾に激突して絶命すると、それを見た残りの魔犬は警戒して後ろに飛び退いた。


 荒い息を吐き、舌から涎をダラダラ垂らしながら、遠巻きにこちらをうかがう。


「ナナミさん、お願いします」


「はーい。風よ!」


 俺がナナミに目配せすると、ナナミは軽く頷いて盾の横に飛び出し、剣を振るった。

 剣からはカマイタチのような風の刃が射出され、あっという間に魔犬の数匹を両断した。


 仲間が遠くから簡単に倒されたのを見て、生き残った魔犬は距離を置いても意味がないことを悟ったのか、再びこちらに疾走してきた。


 俺は先ほどまでの戦いを見て気がついたことがあり、カンジに声をかけた。


「カンジさん、盾で殴れますか?」


「お? おお、やってやらあ」


 カンジは、盾を横向きに持ち、大きく振りかぶって魔犬たちを盾で横薙ぎに殴り払った。


 見た目より質量がないはずの『光の盾』ではあったが、面白いように魔犬たちを打ち返していく。


 吹き飛ばされて地面に転がった魔犬たちは、ことごとく絶命していた。


 それを見て、当のカンジがまっさきに当惑の声を上げた。


「どういうことだ? さすがの俺でも、こんな軽い盾で、こんな大量の魔犬を一撃で殴り殺したってのは無理があるぞ」


「『光の盾』の力ですね。イフリートは魔法攻撃を吸収すると言ってましたが、それだけじゃない。盾の裏側に伝わるはずの衝撃を表に返しているんですよ。いくら腕っぷし自慢のカンジさんでも、猪の突進を何度も何度も正面から止めるっていうのはちょっと人間の領域を超えていますからね」


「なんだと!」


「まあ、それはそうよね。さすがに」


 ナナミは納得顔で頷く。


「で、そうなると、相手の攻撃による衝撃を受け止めることを考える必要がなくなるので、こちらは多少無理なかたちでも受け止められるばかりか、積極的に相手の運動エネルギーを攻撃に転換してやればいいってことになります」


「……どういうことだ?」


「つまり、カンジがやるべきことは、シールドバッシュってことね」


「おおお! そういうことか。なるほどな。それなら任せておけよ」


 ナナミが言い換えると、カンジは得心がいったように胸を叩いた。


「シールドバッシュ、つまり盾を武器にして攻撃するってことだな。防御に徹するってのは俺の性に合ってないと思ってたんだ」


「たしかに、カンジに盾ってのはちょっともったいない気もしてたわよね。そういうことだったのか」


「勇者パーティーらしくどんどん攻めていこうじゃねえか。ほら、お前ら、さっさと行くぞ」


 そう言うやいなや、テンションの上がったカンジは、大きな黒い盾を振りかざしながら、ずんずんと勇ましく森の奥に進んでいった。


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