東大生と現地商人
乗ってきた魔動車で自由都市に戻ってきた俺たちを迎えたのは、えびす顔のメイジャーだった。
俺たちが通関手続きを終えるやいなや、まるで待ち構えていたように、数人の部下を連れたメイジャーが近づいてきたのだ。
「これはこれは、よくお戻りになられました。宿はお決まりですかな? え? お決まりでない。それならぜひ私の家へお泊まりください」
そのまま強引にメイジャー邸に案内された俺たちは、よくわからないままにそれぞれ風呂に放り込まれ、念入りに身体を清められたあと、まるで宮廷のような豪華な晩餐の卓を囲むことになっていたのだった。
「メイジャーさん、これは一体……?」
俺たちが困惑していると、メイジャーは上機嫌にしゃべり始めた。
「いやあ、ヒデトシさん、あっぱれです。見事にしてやられました。あれからアルビロポリ共和国は債務不履行に陥りましてな。通貨価値は暴落。ヒデトシさんに対する債権も、価値は百分の一以下になってしまいました」
インフレを見越した俺の策は見事に当たったわけだが、そのことは取りも直さず、目の前に座っている人物に大損をさせたということでもある。
背中に冷たいものが流れ、俺の脈拍が跳ね上がる。
「あ、いや、それは……」
俺が弁解しようとしていると、メイジャーはひときわ大きな笑い声を上げた。
「いやいや、これは失礼。別にこのことで文句を言うつもりはないのです。実のところ、むしろお礼を申し上げなければなりません」
「お礼ですか……?」
「ええ。あの晩の取引はいかにも裏がありそうでしたからな。失礼ながらみなさまのことを調べさせていただきました。冒険者ギルドのドラゴン討伐説明会に出席していながら、本番は不参加だったと聞きました。本隊は戻っていない一方で、みなさまは曰くのある剣をお持ちだという」
ナナミが半ば無意識に腰に手をやるが、そこには剣はない。
人の屋敷を帯剣してうろつくわけにはいかないので、部屋に置いてきているのだ。
その所作を見たメイジャーは笑みを深める。
「そして、あれだけの金現物が手元にあるのに、共和国通貨によるツケ払い。それだけ材料がそろえば、誰だって同じ推測をするでしょう。大変勝手ながら、私も乗らせていただきました。おかげさまで、この短期間に総資産を数十倍に増やすことができましたよ」
ようやくメイジャーが上機嫌なことに得心がいった。
この男も、共和国のデフォルトを利用して一挙に資産を増やしたのだ。
誰もが同じ推測をするというが、国家のデフォルトなど、そうそう起こることでもない。
わずかな情報の断片からそれに思い当たり、少なくない資産をそれにベットしたというのだから、やはりこのメイジャーは並の商人ではない。
「そうでしたか、それはおめでとうございます。てっきり取引時のレートで払えと言われるのかと思いましたよ」
「最初は私も、不当な取引をさせられたと思ったんですがね。よくよく考えると、ヒデトシさんたちも決して貨幣価値が暴落するなんていう確証を持っていたわけではない。その予想が外れる危険を冒しているのだから、決して不当ではないなと思い直したわけです」
メイジャーが一人で納得してウンウンとうなずいているのに対し、俺も適当に相槌を打った。
しかしながら、心のなかでは、俺は先程のメイジャーの言葉に深く安堵していた。
デフォルトが確実でなかったから不当でないという言説は、確実なことであれば不当、要は情報ギャップを不当と考えていることの証左である。
それはすなわち、この世界では依然としてその種の「情報」を直接的な商売上の武器と捉えていないということだ。
この差はきわめて大きい。
知識チートは難しくても、こういったパラダイムの差によるアドバンテージは、転生者としてうまく立ち回るのに大いに役立つのである。
つまるところ、情報商人としての俺の食い扶持はまだまだ安泰のようだった。
その後、食事をしながらメイジャーと小一時間歓談し、鞘を入手できたことの報告と紹介のお礼を述べた。
その晩俺たちは、メイジャー邸の一流ホテル顔負けの素晴らしいベッドで熟睡し、旅の疲れを存分に癒やした。
翌朝、百分の一になった債務を金現物で支払い、俺たちは改めて礼を言ってメイジャーの屋敷をあとにした。
「いやあ、俺の冒険者人生で一番快適な宿だったぜ」
カンジの顔はこころなしかツヤツヤしているようだ。
「お風呂が素晴らしかったわあ……久しぶりに実家を思い出しちゃった」
運転席のナナミも口元を緩めて遠い目をしている。
「取り戻しましょう。俺たちの故郷を」
俺はそうつぶやいたが、俺の声が聞こえなかったのか、ナナミは特に返事をしなかった。
*
魔動車を飛ばした俺たちは、その日のうちに国境に一番近い町に着いた。
デフォルトしたとはいえ、比較的治安の安定しているアルビロポリ共和国内で、情報や物資を揃えていったほうがいいだろうという判断だ。
だが、魔動車を町の外に駐めて、町に入った俺たちは、その町がほとんどゴーストタウンのようになっていることに気がついた。
出歩いている人がいないばかりか、多くの家は窓が破られ、戸には板が打ち付けられている。
足元はかろうじて踏み固められた地面が露出してはいるものの、道にも両側から雑草が侵食しつつあり、ほとんど整備がされていないことが見て取れた。
まだ日のある時間にもかかわらず、町全体に人気がなく、がらんとしていた。
俺たちは大通りに立ち尽くす。
「こりゃあ廃村か何かか?」
「とりあえずあそこに冒険者ギルドの看板があるので、行ってみましょう」
大通りに面して建つ冒険者ギルドの建物までやってくると、カンジが扉に手をかけてゆっくりと力を入れて押す。
鍵はかかっていなかったようで、ギギギギィーっと耳障りな音とともに、ギルドの扉は開いた。
「すみません! 誰かいますか!」
建物の奥に向かって声をかけながら一歩踏み込んだ俺たちの目に飛び込んできたのは、よく肝試しで使われる廃ホテルのような、壊れた家具や調度品が雑然と放置された室内だった。
「これは……荒れてるわね」
「ダメだな、こりゃあ十年は放置されてたに違いないぞ」
カンジがあたりを見回し、眉根を寄せてそう言ったとき、建物の奥からそれに答える不満げな声が聞こえてきた。
「なんだと。失敬だぞ、諸君。吾輩がここを守りつづけておるというのに」
てっきり無人だと思っていた俺たちは、ぎょっとして声が聞こえたほうを振り向いた。
声に続いてそちらからのっそりと姿を表したのは、冒険者らしい無骨な甲冑に身を包んだ大男だった。
「すみません、俺たちは旅の冒険者です。あなたは……?」
俺がごく簡単な自己紹介とともに誰何すると、その男は鷹揚に答えた。
「うむ。吾輩は当ギルドのマスター、サー・ザイモンである」
幸いなことに、それほど怒った様子はない。
明かりの点いていない建物の中なので、顔色は見て取れないが、所作だけ見るとむしろ機嫌がよいように見える。
「あ、ギルドマスターでしたか……」
そういって話を続けようとした俺の脇腹を、ナナミが指でつついた。
「ちょっとヒデトシくん……」
何事かと俺がナナミを振り向くと、ナナミの顔は真っ青だった。
「え? どうしたんですか、ナナミさん?」
「その人……幽霊よ……」




