東大生の納品
灼熱迷宮から出た俺たちを待っていたのは、意外そうな顔をしたニーベルだった。
「おや。『光の盾』をもらえたのかい」
「まったく、あんなのがいるなら先に言えよ……。死ぬとこだったぜ」
「勇者パーティーならどっちにしろ戦うことになるんだ。早いほうがいいだろ。灼熱鉱石もちゃんととってこられたみたいだね」
ニーベルは俺とカンジが持つ灼熱鉱石の袋をひったくると、中をあらためた。
「ほう。これだけあればしばらくはもちそうだね。ありがとうよ」
「その灼熱鉱石があるから、こんな深くに鍛冶場を設けられるんですね」
ニーベルは俺の言葉に、顔を上げて俺の方を見た。目で続きを促してくる。
「灼熱鉱石。単に効率の良い燃料ってだけじゃないですね。おそらく内部に酸素かそれに類する助燃性の物質を蓄えている。だから、灼熱迷宮みたいな換気の悪い空間でも不自由なく火の魔法が使えたり、火を吐く岩トカゲが生息していたりするんだ。熱容量も相当大きそうですね。こんな資源、見たことないです。これ、扱わせていただけませんか? 俺は本業が商人なんです」
「ふーん。よくそこまで考えたもんだ。細かい話はわかんないけど、だいたいその通りさ。でもこの灼熱鉱石はドワーフにとっての迷宮の恵み。人間の世界に出すつもりはないよ」
「そうですか。残念です」
「それより、鞘はできたの?」
ナナミがしびれを切らして割り込んできた。
「ああ、とっくにできてるよ」
ニーベルは、作業台の方に歩み寄ると、置いてあった鞘付きの剣を両手で抱え上げた。
柄のつくりからして、『光の剣』に間違いない。
ナナミは、ニーベルから剣を受け取り、水平にして目の高さに持ち上げ、鞘をしげしげと眺めた。
「きれい……」
鞘は、全体につや消しが施された鈍色の金属で作られ、縁や先端などには黄金に輝く金属で蔦のような植物文様が施されていた。
「アンタたちが遅いもんだから、装飾にまで凝っちまったよ」
ニーベルはまんざらでもなさそうだ。
「ありがとう! 初めは小生意気な幼女だと思ってたけど、なかなかやるじゃない!」
ナナミは、ニーベルの短躯を持ち上げて抱きしめた。
「やめな! アタシゃ子どもじゃないんだよ!」
ニーベルは本気で嫌そうにバタバタして抵抗し、ナナミの腕から逃れた。
ナナミはちょっと残念そうにしていたが、魔法剣を借りていたことを思い出し、腰の魔法剣をニーベルに返した。
「この剣、ありがとう。最初は使いにくかったけど、だんだんいい感じになってきて、最後はかなり使いやすかったわ。もしかして、これも名のある剣なの?」
「ハア? こいつはただの打ち損じだよ。使いにくくて当たり前さ」
ニーベルは意趣返しのように意地悪そうな顔で笑った。
「そうだ。『光の剣』とは関係ないんですが、見てほしいものがあるんですけど」
俺は荷物からごそごそと例のスクロールを取り出した。
「見てほしいものだって? 一体なんだってんだい。アタシゃ鑑定士じゃなくて鍛冶屋だよ」
ニーベルはぶつくさ言いながらスクロールを開いた。
初めは面倒臭げだったニーベルの目が、驚きに見開かれる。
「こりゃあ、神代文字のスクロールじゃあないか。どこでこんなものを」
「迷宮の中で見つけた宝箱から出てきました。神代文字ですか! なんて書いてあるんでしょうか?」
「さすがにアタシでも読めはしないよ。というより、この時代に読める奴なんてのは、伝説格の連中のほかだと大賢者くらいのモンだろうよ」
「伝説格の連中って?」
鞘に入った『光の剣』を腰に装着したナナミが再び会話に参加してくる。
「アンタたちが会ったドラゴンやらイフリートやらの連中さ。アタシたちとは違う種類の存在ってことはアンタたちもわかっただろう」
「ま、確かに、どっちも倒せるとか倒せないとかの次元じゃなかったな」
カンジがしみじみと言った。
俺の実感としてもまったくその通りで、たとえ火災旋風でブーストした風魔法を当てたところで、イフリートにとってはちょっと痛いなという程度だっただろう。
違う種類の存在というのは、まさしくもっておっしゃるとおりだった。
「彼ら以外に、大賢者という人も読めるんですか?」
「本当に、読めるかどうかは知らないよ。もし読めるとしたら、大賢者ぐらいしかいないだろうという話さ」
「その人は一体どこに?」
「おそらく今は『大森林』じゃないかと思うけどね」
それを聞いて、俺たちは驚き、顔を見合わせた。
「おい、『大森林』って言ったら……」
「ワグナスが新しい迷宮を発見したのがたしか『大迷宮』でしたね……」
「そういえばたしかにちょうどいいじゃないか。アンタたちは勇者なんだから、魔王を倒しに行くんだろう。ついでに大賢者に会ってくるといいよ」
「あー、まあそうか。どうする、ヒデトシ」
「そうですね。そろそろ敵の情報も集めたいところですし、『大森林』にいきましょうか」
俺が頷くと、隣でナナミが心得たとばかりにファイティングポーズをとった。
「いいわね! いよいよワグナスをぶっとばすときが来たか」
「ちょっと待ってください、ナナミさん。まだそこまではいかないですよ。あくまでも情報収集と大賢者に会ってこのスクロールを見てもらうのがメインです」
「そうだぜ。俺もこの『光の盾』の扱いをマスターしておきたい。こんな大盾を使ったスタイルで戦った経験はないからな」
カンジは平静を装いつつ、嬉しさを隠しきれていない。
伝説の装備、そして勇者とはすべての冒険者の憧れなので、無理もないだろう。
「ニーベルさん、いろいろありがとうございました。鞘のお代を払わないといけないですね。おいくらですか?」
「ふん、金なんていらないよ。ドワーフの鍛冶屋にとって、『光の剣』の鞘を作ることは無上の名誉なのさ。そんな仕事で金なんてとってたら、仲間たちから末代まで笑われちまう。人間にはわからないかもしれないけどね」
「えっ。そんな、悪いわよ。せめて何かお礼を……」
「うるさいねえ。それじゃあアンタたちがとってきた灼熱鉱石を礼として受け取ったことにしておくよ。それでいいだろ」
ニーベルはさも迷惑そうに、手をシッシッと払いながら言った。
さすがにそれ以上食い下がるわけにもいかず、俺たちは再度礼を言って、ニーベルの工房を辞した。




