東大生と伝説の装備
火災旋風は、その後小一時間周辺の燃えるものを燃やし尽くして、ようやく自然鎮火した。
実を言うと、酸素が先になくなったり、酸素不足で不完全燃焼になって一酸化炭素が発生したらどうしようと思っていたのだが、どこからか酸素が入ってきているのか、炎は最後まで勢いよく燃え続けていた。
「やっと消えましたね……」
一旦煙になって姿を消していたイフリートが、再び実体を結んだ。
「まったく、珍妙なからくりだと思っておったら、とんでもないことをやりおる……」
「お、出やがったな。それで、あんたはどんな伝説の装備をくれるんだ」
カンジは待ってましたとばかりに現れたイフリートに詰め寄った。
ちなみにナナミは火にあたるのを嫌って、ボス部屋から出て修行がてら外を一人で散策している。
「うむ。それよ。ワシが授けるのはこれだ」
そう言ってイフリートが指をパチンとならす。
一瞬の間を置き、イフリートの目の前に巨大な漆黒の盾が現れた。
イフリートの目の前ということは、つまり高さ数メートル。
盾は重力に従い自由落下し、そのまま尖った下端から地面に突き刺さった。
俺とカンジは、思わず飛び退く。
「うわっ! あぶねえな! 一体なんだよこれは!」
「『光の盾』だ」
どことなく得意げなイフリートの言葉に、俺はまじまじと盾を見た。
「『光』……? どっちかというと『闇』のほうがしっくりきますが……」
見れば見るほど真っ黒だ。
というか、黒すぎる。ほとんど光を反射していないのか、立体感がまるでない。
これはあれか。
前の世界であった「ベンタブラック」的なやつか。
ベンタブラックは、カーボンナノチューブから作られる素材で、光の吸収率99.965%という特殊素材だ。
光をその構造中で熱に変換してしまうため、ほとんど乱反射がなく、凹凸や質感を見て取ることができず、塗りつぶされたように真っ黒にしか見えないという特性を持つ。
さらに吸収率の高い素材も開発されていたはずだが、要は光をほぼすべて吸収するということだ。
この世界では、前の世界に存在した素粒子に加えて魔素という素粒子が加わっていることを考えると、これの効能は、もしかしたら。
俺の推測を裏付けるように、イフリートが盾の性能を説明した。
「この『光の盾』は、盾として超高硬度であるのはもちろん、魔法を完全に遮断することができる。まさしく勇者に相応しい伝説の装備だ。『光の剣』よりもよほどな」
カンジが警戒しながら『光の盾』に近づき、そっとその表面に触れた。
見たところ、カンジの身長に匹敵するほどの大きさ、全長2メートルほどありそうだ。
「でけえが、そんなに重そうな感じはないな」
最初はおそるおそる触っていたカンジだが、次第に両手でベタベタと大胆に撫で回し始める。やがて、裏側の持ち手を発見し、それを握り込むと、腰だめに力をため、盾を持ち上げた。
「よっ……と! うわっ! こりゃ軽いな」
カンジは持ち上げた拍子にたたらを踏み、2、3歩よろめいた。思っていたより相当軽かったようだ。
「俺でも持てますかね」
「持ってみるか?」
俺はカンジから受け取り、盾を握った。
軽く持ち上げてみると、たしかに軽い。
金属ではなくカーボン素材に近い。やはりベンダブラックに近いものなのかもしれない。
「どうだ? お前にも使えそうか?」
「いや……たしかに軽いのですが、大きすぎて俺ではちょっと取りまわせそうにありませんね。それに、この大きさだと前衛用ですよね。魔法攻撃を吸収するだけならともかく、この盾に物理的な攻撃を何発も当てられて、踏みとどまれる気がしません」
俺はカンジに盾を返した。
「そうだな。お前さんは直接戦闘の頭数に入れるより、さっきみたいに頭を回してもらったほうがよっぽど戦力になるってもんだ。『光の剣』もナナミが使っているんだし、こいつもナナミが使うんじゃねえの」
「ナナミというのはお前たちのパーティーの魔法剣士であろう。魔法剣士が盾を使ってどうする。機動力がガタ落ちになるぞ。それはお前が使うのだ」
話に割り込んできたイフリートは、カンジに太い指を突きつけた。
「いや、しかしうちのパーティーで『光の剣』を使ってる『勇者』はあいつなんだよ。こいつも『勇者』の装備なんだろう」
カンジはイフリートの横やりが意外だったようで、少し慌てたように説明する。
だが、イフリートは一笑に付した。
「ワハハハハ! なんだそれは。『勇者』が一人いて、その仲間たちから成るのが『勇者パーティー』だとでもいうのか」
ひとしきり笑ったあと、イフリートは打って変わって表情を引き締め、威厳に満ちた声音で告げる。
「断じて否である。魔王を倒す力を持った『勇者』とは、『勇者パーティー』そのものにほかならない。何者とても独力で偉業を成すことなどあたわず。忘れるな。お前たちが『勇者パーティー』である以上、お前たちは全員が『勇者』だ」
俺とカンジは、しばし言葉を失った。
「さて。お前たちに『光の盾』を授けたということは、ワシはこれから久しぶりの休みということだ。なかなか楽しかったぞ。それではな」
イフリートが満足そうに頷いて消えそうになったので、俺は慌てて荷物をあさりながら呼び止めた。
「ちょっと待ってください。これが何か教えてくれませんか?」
俺が取り出したのは、このダンジョンで手に入れたスクロールだった。この解読不能な文字を、イフリートなら知っているかもしれないと思ったのだ。
イフリートは俺が差し出したスクロールを受け取って、さっと中を見ると、目を見開いた。
「お前……こんなものを持っていたのか」
「この灼熱迷宮の中で見つけました。でも、現代の文字とは異なる文字で書かれていて、何が書いてあるかわからないんです」
「もちろんこれが何かは知っておる。しかし、それを教えるわけにはいかない。だが、ワシが教えなくともお前たちはやがてこの中身を読み解くだろう。それではな。また会える日を楽しみにしておるぞ」
俺にスクロールを返すと、イフリートは今度こそ煙となって消えた。
「なんだアイツ。偉そうなオッサンだったな」
カンジが俺の隣に来て口を尖らせた。
「そうですね……。まあ、実際偉いんでしょうけどね」
俺は嘆息すると、スクロールを荷物袋に戻し、改めて袋を背負いなおした。
「それじゃあカンジさん、灼熱鉱石を拾って戻りましょう」
「おう。そうだな」
俺たちは手分けして灼熱鉱石を集め、耐熱袋に入れていった。
それぞれひと抱え分ほど集め終わり、俺たちはボス部屋をあとにした。
来た道を少し歩いて戻ったところで、岩トカゲの残骸の山の上で休憩するナナミを発見した。
往路ではわざわざ三人がかりで罠を作って倒した岩トカゲの群れも、もはや正面から一人で当たって倒せるようになったらしい。すさまじい成長スピードだ。
俺たちの姿を認めたナナミは、ちょっと目を見開いたかと思うと、ゲラゲラと笑い転げた。
「アハハハハ! ちょっとカンジ、あんたなんてカッコしてんのよ」
カンジは前に灼熱鉱石の入った袋を抱え、背中に荷物袋を背負い、その荷物袋の上からさらに漆黒の『光の盾』を背負っていた。
「うるせえ! この盾が伝説の装備なんだぞ!」
「そんなこと言ったって、それじゃあまるでカメじゃないの! アハハハハ」
顔を真赤にして反論するカンジの努力はなかなか功を奏さず、カンジをちらちら見ては何度も吹き出すナナミも合流し、俺たちはさっさと入り口まで引き返したのだった。
まあ、昔のマンガでそういう流派もあったし、いいんじゃないかと俺は思うんだけどね……。




