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東大生の実験教室

 俺の叫びに、全員の視線が集まった。


 カンジとナナミの表情が、驚きから安堵へと変わっていく。


「待ってたぜ、ヒデトシ!」


「これで勝ったわね」


「そこまではまだわかりませんよ! 油断しないで! でも、試してみたいことがあります」


 もう一方からも声が飛んでくる。


「ほう? なにか気がついたのか?」


 イフリートはにやにやと笑いを浮かべていた。


 俺はそんなイフリートを真正面から見据えて、不敵に告げた。


「イフリートは、炎属性ではありません」


 それを聞いたイフリートの燃える炎の髪が、一瞬だけ勢いを増した。


 俺の言葉に、即座に言葉を返してきたのは、カンジだった。


「おいおい、どういうことだよ。イフリートは炎属性だよ。常識だ。あの髪を見ればわかるだろうよ。さっきまでさんざんサラマンダーを召喚してたしよ」


 その口調には少しだけ落胆の色がある。


「いえ。炎の精霊と言われることは多いのですが、これは誤解です。もともとイフリートは魔神たちの王。あらゆる属性の精霊たちの頂点に立つ者です」


「たしかに……。炎の精霊といえば、それこそサラマンダーよね。風がシルフ、水がウンディーネ……」


「じゃあイフリートってのは一体なんなんだよ」


「イフリートは、俺の知る限り、もとをたどっていくとコーランに登場するジンにたどり着きます。もちろん、それ以前から土着的に信仰されていた可能性はありますが」


「コーラン……?」


「ある宗教の、聖典です。1400年ほど前の」


「1400年……!?」


「そう。人と神秘が今より親しかった時代です。そこに登場するイフリートは、炎という属性に限定される存在ではありません。これがどういうことかと考えると、ひとつの仮説が浮かび上がってきます。つまり……イフリートの炎属性は、あとになって付加された、単なる『イメージ』なのではないか、と」


 もっとも、俺が言っているのは元の世界での話なので、この世界も同じとは限らないのだが、黙って俺の話を聞いているイフリートの様子を見るに、まんざら大外れというわけでもなさそうだ。


「じゃあイフリートにはどんな攻撃が効くんだ?」


「物理でなく、純粋なエネルギー性の攻撃、これは勘ですが、特に風のようにエネルギー流を生じさせる攻撃がよさそうです」


 俺の脳裏に浮かんでいたのは、いわゆるランプの精。あれもジンだ。

 煙のようにランプから出入りするランプの精は、突風が吹いたら吹き散らかされそうだな、と昔からずっと思っていたのだ。


「なるほどな。ナナミ、行けるか?」


「うーん、風ね……。普段ならもちろん行けるんだけど、こんな洞窟の中だと空気の動きがほとんどないから、あんまり威力は期待できないかも。やってはみるけど……」


 ナナミは、魔法剣を振りかざして、風魔法を唱えた。


「風よ!」


 あたりに、ふわっとつむじ風が発生し、そのままスピードを増してイフリートに向かっていく。

 しかし、あのイフリートに対しては威力不足は傍目にも明らかだ。

 実際、イフリートは避けようともしない。


 はたして風魔法はイフリートに直撃したが、イフリートの輪郭が一瞬ぶれたのみで、それもすぐに元どおりになった。


「作戦としてはいい線をいっておる。しかし、場所が悪かったな」


 イフリートは、純粋に褒めているようだった。

 しかし俺は、イフリートのその言葉に少々イラッときてしまった。


「俺たちを舐めるなよ」


 考えるより先に口からそんな言葉が出ていた。


「ほう?」


 イフリートは面白そうに片眉を上げて俺を見る。


「ではどうする?」


 そう、それだ。風魔法で正解だというのは、イフリートの言葉からも明らかだ。

 しかし、この場所は風魔法の呼び水となる風自体がないために、風魔法の威力が出ない。


 ならばどうするか。


 決まっている。風を起こせばよいのだ。とびっきり強烈な風を。


 俺は頭の中で、風の発生機序を思い起こし、この場の条件でどうやったら風が起きるかを検討し始めた。


「カンジさん、燃えるもの持ってますか」


「お、おう。松明用の油があるぜ」


 カンジは、部屋の入り口付近に放り出された荷物に駆け寄り、たぷっとした油袋を取り出した。


「何をするつもりだ?」


 イフリートは興味深そうに俺たちの様子を眺めている。


「悪あがきですよ。やれるだけやらせてもらいます」


 俺はそういいながら、荷物の中から矢筒を取り出し、中の矢を全部捨てて、中ほどに油をたっぷり吸わせた綿を詰めた。

 ナイフで矢筒の下の方に角度を付けた穴をいくつか開け、仕掛けは完成だ。


 俺は少しだけイフリートに近づいてその矢筒を地面に突き刺す。

 二、三歩後ろに下がりながらマッチを矢筒の下の穴から差しこみ、飛び下がった。


 全員が見つめる先で矢筒の中でマッチの火が綿に移り、炎が上がり始める。

 しかし、酸素の限られた筒の中ではさほど火の勢いは強くならず、見た目はかなり地味だ。油が過熱により揮発し、ただ熱気として陽炎のように筒の上に立ち上っている。


「これがどうしたと言うのだ?」


 イフリートは半ば困惑気味に装置を眺めていた。


 俺は気にせず、ナナミに依頼する。


「ナナミさん、風の魔法を、矢筒の下を掠めるようにお願いします。筒の穴を接点にした接線を引くように」


「接線……?」


「縁をギリギリ触れるようにってことです。できるだけ勢い良く空気を送り込んでください」


「了解。……風よ!」


 ナナミが再度魔法剣を振りかぶり、風魔法を唱えた。


 剣先を始点にした風の軌跡は、まさに筒の最下部の成す円周上の、穴を接点とする接線を描く。

 その風は、穴から筒の中へと斜めに入り込み、渦状の流れとして筒内に新鮮な酸素を供給した。


 その瞬間。


 爆音とともに筒が爆ぜ、巨大な炎の竜巻が巻き起こった。

 酸素不足により、熱気として立ち上っていた可燃性の上昇気流が、風魔法により渦として流れこんだ酸素を得て、一気に着火炎上したのだ。

 風魔法の空気の流れと、炎自身の生み出す上昇気流は、相互に加速し合い、もはや制御不能の竜巻と化した。


 数百度の炎熱からなるこの局地的暴風を、火災旋風と呼ぶ。


 関東大震災などで地上が地獄と化したのは、この火災旋風によるところが大きいという。


「ナナミさん。もう一度風魔法を、今度はイフリートに。種となる風要素は、十分ですよ」


「あっ、えっ!? あ、ああ、そうね」


 あっけにとられていたナナミは、俺の声に、慌てて魔法剣を構え直す。


 それを聞いたイフリートもまた、動揺した声音で慌ててさえぎる。


「ま、待て。お前たちの実力はわかった。ワシとて無駄に痛い思いをしたくはない」


「おお? じゃあ俺たちの実力を認めるってことだな?」


 カンジが喜色満面で確認する。


「うむ。お前たちの実力を認め、伝説の装備を授けよう。ついでに灼熱鉱石も持って行くがよい」


「本当!? やったあ! ヒデトシくん、ナイス!」


「こんなにうまくいったのはナナミさんの風魔法が絶妙だったからですよ。火災旋風はそうそう狙って起こせる現象じゃないはずですし」


「まあ謙遜すんなって。さすがは俺たちのヒデトシだ。ところで、そろそろアレは消していいんじゃないか?」


 そう言って、カンジは未だ荒れ狂う炎の竜巻を指した。


「あー……あれは特に制御可能なやつじゃないので……可燃物か酸素がなくなるまでは基本的にあのままかな……」


「おいっ! 何を言っておるのだ! 消してもらわんと困るぞぉーっ!」


 ボスフロア内に、魔神の王の悲痛な叫びと燃え盛る炎の轟音が響きわたった。


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