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東大生とイフリート

「お前たちはドラゴンに認められた勇者なのであろう。魔神王たるこのワシにも、その実力を示して見せよ」


「なんでドラゴンのことを知ってんだ……」


 カンジのつぶやきに、イフリートが口角を上げる。


「ニーベルの奴は黙っていたようだが、そもそもここは勇者たりうる冒険者に伝説の装備を授けるための迷宮なのだ。ここでワシに実力を認められた者は、伝説の装備を得る。ワシとドラゴンは同じ使命を帯びておるというわけだ。お前たちの話も伝わってきておるぞ」


 謎の情報網があるらしいが、それならば俺たちがほとんどラッキーでドラゴンから光の剣を授けられたことも伝わっているのだろうか。


「もちろん、ワシやドラゴンと人間であるお前たちがまともにやりあっては、お前たちに勝ち目は万にひとつもない。とはいえ、ワシらとて、勇者には出てきてもらわねば困るのだ。であるからして、冒険者がワシに一本でも有効打を与えられたら勝ちと認めてやることにしている。それでも、認めてやれるのは数百年に一組といったところだがな」


「おうおう、余裕ぶりやがって。気に食わねえな」


 カンジが舌打ちした。


「しかし、これはとんでもない好条件ですよ」


「これはやるしかなさそうね……。こっちは三人がかりで当たらせてもらうわよ」


「それでかまわん。いつでも、どこからでもかかってくるがいい」


 イフリートは無防備をアピールするように両腕を広げて見せた。


 俺は覚悟を決め、対応方針を考える。


 3対1ということであれば、前衛が足止めをしつつ、残りで挟撃というのがセオリーだ。

 しかし、俺たちのパーティーの場合、悲しいことに俺は戦力から除外して考えざるをえない。戦闘そのものは残りの二人に担ってもらう必要がある。

 この迷宮での実戦経験を経て、ナナミの攻撃能力は相当なレベルに達している。実質、俺たちのパーティーはカンジとナナミの前衛2枚になっていると考えていいだろう。

 二人に前に出てイフリートにあたってもらい、その間に俺はなんとか倒す道筋を見つけ出すという一手しかなさそうだ。


「ナナミさんは右、カンジさんは左から当たってください。俺はなんとか打ち手を考えます!」


 俺の指示に二人は頷き、ナナミが全員に耐火魔法をかけ直すと、二人は左右に分かれてイフリートに迫っていく。

 ナナミの手には水をまとう魔法剣、カンジの手には曲がった大剣が握られている。


 一方のイフリートは、余裕の表情のまま、一歩も動かないどころか、戦闘の構えすらとろうとしない。


 間合いの直前で、二人はそれぞれ武器を振りかぶり、そのままイフリートの赤黒い両脚をめがけて大上段から斬りつけた。

 ここに至ってもまったく避けようとしないイフリート。


 もしかしたら、ドラゴンのときのように硬い皮膚に跳ね返されるかと危惧していた俺は、二人の剣の軌道が途中で不自然に変わることなく、きれいな半円を描いたのを見て、思わず心を踊らせた。


 が、すぐに違和感に気がつく。

 イフリートにダメージを受けた様子が見られないのはもちろん、刃物で切られたはずのイフリートの脚からは、血の一筋も流れていなかった。


 反撃を警戒して後ろに飛びのいた二人も、怪訝そうな顔をしている。


「おい! まったく手応えがねえぞ! どういうことだ」


「おいおい、こんな攻撃がワシに通ると思ってはおらんだろうな?」


「カンジ、もう一度よ!」


 ナナミはそう言ってカンジの返事を待たずにイフリートに飛びかかっていく。


 今度は斬撃に水魔法を乗せるのではなく、水属性の衝撃波をいくつも放って、イフリートを攻撃した。

 だが、やはりイフリートは余裕の表情を浮かべたまま、迎撃の構えも見せない。


 あっというまに衝撃波はイフリートに到達するが、不思議なことに、衝撃波はイフリートの身体をすり抜けたように見えた。

 そのままはるか後方の壁まで飛んでいき、そこで初めて岩壁に幾筋もの傷をつけた。

 肝心のイフリートは、当然のように無傷である。


 ナナミはそれを見て驚愕の声を上げた。

 

「すり抜けた!?」


「じゃあこいつはどうだ!」


 間髪入れずにカンジが地面の石を拾い上げて、イフリートに投げつける。

 その石はやはり、イフリートの身体をすり抜けて、後ろの地面にころころと転がった。


「すり抜けてますね……。これは……まさか、物理攻撃無効? ナナミさん、純粋な魔法攻撃をお願いします」


 この世界も、魔法や魔素などの要素はあるものの、当然ながらこの世界なりの物理法則に従っている。

 で、ある以上は物理攻撃無効なんてのは横紙破りもいいところだ。そんなデタラメな性質があってたまるかとは思いつつ、思いついてしまった以上、検証しないといけない。


「わかった!」


 ナナミはイフリートを睨みつけたまま答え、杖の代わりに魔法剣を掲げ、さっと振り下ろした。


「水よ!」


 出現した水球がイフリートに向かって飛んでいき、同様にすり抜けて反対側に落ちた。

 相変わらずイフリートは泰然と俺たちの様子を眺めている。

 見るからに何らの痛痒も感じていないようだ。


「魔法も効かない!?」


 ナナミが悲鳴のような声を上げる。


「いえ、いまの水魔法は魔法と言っても、物質的存在である水そのものの性質と運動エネルギーを用いた攻撃ですから、物理攻撃に近かったのかもしれません」


「つまりどういうこと!?」


「次は熱とか雷とか、そういう物質的実態に頼らないタイプの魔法でお願いします!」


「ええっ! でもイフリートは火属性なんじゃ……」


「構いません、やってみてください!」


「ほう?」


 イフリートは腕組みをしたままぴくりと片眉を上げた。


 これまでろくに反応を示していなかったイフリートが、初めて反応らしい反応を見せた。

 これは筋がいいっぽいと判断し、俺は検証をさらに重ねることにした。


「ナナミさん、ひとつひとつの威力はたいしたことなくてもいいので、なるべくいろんな種類の魔法を当てるようにしてください」


「わかった。いくわよ!」


 ナナミはふたたび剣を振り上げ、神社の神主が榊を振るように、何度も横に剣を振った。


「炎よ! 風よ! 雷よ! 光よ! 冷気よ!」


 それぞれに対応した、エネルギーの塊のような魔法がイフリートに向けて疾駆する。


 それに対し、イフリートは手のひらを殺到する魔法に向けた。


 すると、イフリートの手のひらから不可視の壁が現れたかのように、ナナミの魔法はある地点に到達した途端にことごとく地面に叩き落されてしまった。


 イフリートの表情は依然として余裕を保っているが、さきほどと比べて目の輝きが増しているようだ。

 イフリートが何かを言おうと口を開いたそのとき。


「魔法が当たるのは嫌みたいだなっ!」


 イフリートがナナミの魔法に対応した隙を狙って、反対側にいたカンジが大剣を振りかぶったまま突進する。


「でえええい!」


 走る勢いと、振り下ろす大剣の勢いを借り、カンジはイフリートに身体ごと突っ込んでいった。


 だが、やはりイフリートの身体をすり抜け、カンジはイフリートと位置を入れ替えるように、ナナミの側までつんのめってきた。


「うひぃ、身体を通り抜けちまった! これはアレだな、まるで雲かなんかみたいだ」


 雲……?


 俺はぱっと頭に閃きが走り、思わず口に出した。


「そうか、イフリートだから!」


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