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東大生とサンショウウオ

「お前たち、この灼熱迷宮に来たのは初めてだな。ニーベルはどうした」


 イフリートは悠然と俺たちを見下ろしながら問う。

 口調は穏やかだが、相対するこちらの受ける重圧は生半可なものではない。

 生命としての領域が違うということを、対峙しているだけで痛感させられた。


 これは、あのドラゴンと同じ。人の身でどうこうできる存在ではない。

 イフリートとは、炎の精霊ともいわれる、魔神の王。

 ドラゴンが生物の頂点だとしたら、イフリートは精霊の頂点に立つ者だ。


 本来、ダンジョンのボス部屋で出くわすようなものではなく、大規模な儀式でもって召喚して初めて顕界するもののはずだが……


「私たちは、魔法剣の修行をしに来たんです。決してあなたの領域を荒らそうなんてつもりはなくて……」


 ナナミが震え上がりながら弁解する。


「ああ、よいよい。お前たちがこの迷宮で何をしようともかまわん。最近ニーベルのやつが顔を見せんので、どうしたのかと思ってな」


 どうやらイフリートは、侵入者を目にしたら条件反射で襲いかかるタイプではなかったようで、俺たちは密かに胸をなでおろした。


「ニーベルさんなら、ダンジョン入口前の工房で元気に鍛冶屋をやっていますよ。俺たちにここで修行するよう勧めてくれたのはニーベルさんです」


「あと、広場で灼熱鉱石をとってくるように言ってたな。そんなの見当たらなかったが」


「あやつ、自分で取りに来るのが面倒になりおったな……。灼熱鉱石ならこの部屋にある。いくらでも持っていくがいい」


 イフリートが部屋の奥の方を手で指した。

 そちらの方には、赤熱して輝く岩壁があり、すでに採掘を繰り返されているようで、ところどころに穴があき、鉱石のかけらが転がっていた。


「おお、助かるぜ。それじゃさっそく」


 そう言ってカンジがイフリートの指した方へ向かおうとすると、イフリートがにやりと口角を上げた。


「ただし、ワシを倒せたらの話だ」


 言い終わるや否や、イフリートはパチンと指を鳴らした。

 すると、イフリートの手前の空間がぐにゃりと歪み、そこからぼとりと何かが落ちてきた。

 四本脚で器用に着地し、ぐるるると唸るそれは、てのひらに乗るほど小さなトカゲのような生き物だった。

 ただし、その全身は炎に包まれている。


「サラマンダー!」


 ナナミが目を見開いた。

 その姿はたしかに、話に聞くサラマンダーそのものだった。


 サラマンダーの出現は一匹にとどまらず、次から次へと空間が歪み、新たな個体が現れる。

 全部で二十数匹も出てきたところで、ようやく出現が止まる。


「なんだこの数は……さすがに多すぎだぜ」


「サラマンダーの一匹一匹は大したことないはずよ。火力にだけ気をつければ平気」


 たしかに、サラマンダーが身にまとう炎による熱気は、数メートルも離れたこちらの肌を焦がすほどだが、一匹一匹の力がそれほど強いようには見えない。

 ナナミは、剣を身構えながら、俺たちの身体に耐火魔法をかけた。


「そうか、魔法剣の修行をしに来たと言ったな。ちょうどいい、まずはお前が魔法剣でこいつらを片付けて見せよ」

 イフリートはそう言うと、俺とカンジの方をちらっと一瞥した。


 その瞬間、全身に電気が走ったかのような感覚とともに、一瞬にして身体の自由が奪い去られた。

 どういう原理かはわからないが、身体の周りの空気が突然固体になって、その中に閉じ込められているように感じた。

 視線だけを動かすと、カンジも同じような状態らしく、中途半端に身をかがめた状態で固まっていた。


「え? ちょっとふたりとも、どうしたの?」


 ナナミは、急に動けなくなった俺とカンジを見てうろたえているが、ナナミ自身は特に身体に問題はなさそうだ。

 そんなナナミに、イフリートが告げる。


「お前が一匹でも討ち漏らせば、男どもが丸焼きになるぞ」


「そういうこと……! わかったわよ。さっさと来なさい。全員まとめて三枚にオロしてやるわ」


 ナナミが改めて剣を構え直す。すでに、水を剣にまとわせているようだ。


「行け」


 イフリートが短く命じると、現れ出たままその場にわだかまっていたサラマンダーたちは次々にナナミの方に向き直り攻撃を始めた。


 サラマンダーたちの攻撃には一切の秩序がなく、てんでんばらばらだった。

 ある者は、ナナミの方へとすごい速さで這いずりはじめ、またある者は、その場で炎を噴射してくる。ぴょんぴょん跳ねながら火の玉を飛ばしてくる者もいた。


 サラマンダーたちの攻撃は、数の力による手数の多さがやっかいだったが、ナナミは冷静にひとつひとつ対処していった。

 飛んでくる火の玉を避け、火炎放射には水をまとった衝撃波を飛ばして相殺。近づいてくるサラマンダーには、むしろ剣で斬りかかっていく。


「ほう、これはなかなかやるではないか」


 ナナミの奮闘に、イフリートも感心のつぶやきをもらした。


 実際、ナナミは圧倒的な数の不利の前に苦戦しながらも、致命的な攻撃をくらわないまま、一匹、また一匹とサラマンダーの数を減らしていっていた。


 つい先日までは魔法使いとして後衛に専念していたはずなのだが、この戦いぶりは、すでに並の前衛職に引けをとらない。

 さらには、戦いの中でどんどん身のさばき方や魔法剣の使い方に習熟していっているのが見ていてわかるほど、すごい勢いで成長を続けていた。


 四方八方から襲いかかるサラマンダーを、まるで剣舞でも舞うかのように流麗にさばいていく。

 気がついたら、二十匹はいたサラマンダーも、残り四、五匹ほどになっていた。


「これはワシがお前の力量を見誤っていたようだ。詫びとして、もう少し骨のあるやつを練習台にくれてやろう」


 イフリートは、そう言って再度指をパチンと鳴らした。


「な!? 今度は何?」


 ナナミが残りのサラマンダーを一気に水の衝撃波でなぎ払うと、サラマンダーたちが消滅すると同時に、さきほどと同じような空間の歪みから、今度は一抱えほどもある巨大なサラマンダーが現れた。

 続けて五体ほどが現れる。


「大サラマンダー!? ちょっと待って、こいつは一匹でボスモンスタークラスでしょう? やりすぎよ!」


 どうやら、この巨大なサラマンダーは、大サラマンダーというようだ。

 どうでもいいことだが、サラマンダーの見た目はトカゲではなくてサンショウウオに近いなと気がついた。

 そういえば日本固有の特別天然記念物であるオオサンショウウオの英語名はジャイアント・サラマンダーだったということも思い出す。


 俺が益体もなく脳内ウィキペディアをたどっている間にも、大サラマンダーたちは次々とナナミに襲いかかる。


 大サラマンダーは、単に身体が大きくなっただけではなく、身にまとう炎も勢いを増している。

 もちろん、質量が増大した分だけでも、その分運動エネルギーが大きくなるということなので、純粋に破壊力が増している。


 もはや火だるまか焼夷弾がこぞってナナミに突っ込んできているような状態で、ナナミも守勢に回らざるを得なくなっていた。

 いまや防ぐのがせいいっぱいで、有効な攻撃を加えられていない。


「ああ、もう、めんどくさーい!!」


 ナナミは何を思ったか、剣をその場に突き刺したかと思うと、炎に巻かれるのも厭わず、呪文を唱え始めた。

 ナナミが二フレーズ以上の呪文を唱えることは極めて珍しく、俺は身動きがとれないまま目を見開いた。


「ほう」


 イフリートは、ナナミが何をしようとしているのか察したのか、興味深そうにナナミの所作を見つめている。


 やがてナナミは数十秒ほどの詠唱を終え、剣の柄にてのひらをあて、気合とともに叫びを上げた。


「ハッ!!」


 次の瞬間、ナナミと剣を中心とした竜巻状の水流が大サラマンダーたちを巻き込んで轟然と立ち上った。

 凄まじい水量の渦巻く水柱は、数秒間持続したかと思うと、ふっと消失した。


 あとに残されたのは、肩で息をするナナミだけ。大サラマンダーたちは一匹残らず消滅していた。


 耐火魔法はとっくに剥がれ落ち、ナナミの革鎧は元の色もわからないくらい焼け焦げている。

 顔や髪なども、炎の直撃こそ免れていたようだが、煤まみれだ。

 まさに満身創痍といってよい。


「どうよ……。あんたの、かわいい、トカゲちゃんたちは、みん、な、倒したわ、よ」


 激しく傷つき消耗したナナミは、剣を支えになんとか立ちながら、それでも目に力をこめてイフリートをびしっと指差した。


「見事だ。魔法剣のなんたるかを掴んだようだな」


「ええ……おかげさまで、ね……。もう、いいで、しょう。二人を戻して」


「おお、そうであった」


 イフリートは、俺とカンジの方を向いて軽く手を振った。

 その途端、周りの空気がぱっと硬直を解き、俺とカンジは解放され、姿勢を崩して倒れ込んだ。


「うわっと……助かったぜ……」


「ナナミさん、ありがとうございます」


「お礼はいいわよ。パーティーなんだし、さ。早く、灼熱鉱石をもらって、帰りましょう」


 俺とカンジが立ち上がり、ナナミもようやく息が整ってきた。


 しかし、俺たちの前に、再びイフリートが立ちはだかる。


「まあ待て。灼熱鉱石は、ワシを倒せたら持っていってよいと言ったのだ。まだワシを倒しておらんだろう」


 イフリートがさも面白そうにニヤリと笑う。

 その渋みある笑顔は、俺たちを絶望の淵に叩き込んだ。


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