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東大生と岩トカゲ

 俺たちは両断した岩塊の間にひらけた道を通り、下のフロアに降り立った。

 一般的にダンジョン内では、フロアごとに出てくる魔物の種類が変わることが多い。

 さらに、深くになればなるほど強い魔物が出るようになるのもお決まりのパターンだ。

 俺たちも未知の魔物を警戒しながら一歩一歩踏みしめるように進んでいく。


 ナナミを先頭に黙々と歩き続けて数分か数十分か。

 そろそろ緊張が切れそうというころあいを見計らうように、曲がり角の先を顔だけ出して覗いたナナミが、さっと「止まれ」のハンドサインを出した。


 俺とカンジはぴたりと動きを止め、そっとそれぞれの武器を手にする。カンジは短剣、俺はムチだ。ナナミに手出し無用と言われているが、岩石系の魔物にはどっちにしろ歯が立たないだろうし、牽制に徹するつもりだ。


 続けて出されたナナミのサインによると、敵は五体以上いるが、奇襲可ということなので、こちらには気がついていないようだ。


 そのままナナミは少しの間、相手の様子を観察していたが、やがて「後退」のサインを出し、俺たちはそろそろと下がっていった。


 十分な距離をとったところで、俺たちはひとつの脇道に隠れて座り、作戦会議を始めた。


「あの先はちょっとした広場になっていたわ。そこに敵が6体か7体。岩トカゲよ」


「ああ、あの皮膚が硬い岩のウロコで覆われているデカいトカゲか。知能はないが、硬くてすばしこいんだよな」


「そう。一体一体は大したことないけど、倒すのに時間がかかるから、複数いると厄介なのよね」


 カンジとナナミの話しぶりから察するに、わりとメジャーな魔物のようだ。


「どんな攻撃をして来るんですか?」


「火を吐くんだよ。サラマンダーほどの火力はないし、それで死ぬってわけじゃないけどな」


「なるほど、厄介ですね」


 死ぬほどの火力でなくても、ダメージはあるし火傷したら集中力も削がれる。何より、人間を含めて、動物というものは火を忌避するよう本能にプログラムされている。


「やっぱりセオリーどおり、各個撃破がいいでしょうね。幸い、まだ気がつかれていないので、やりようはあるでしょう」


「とはいえ、俺たちの得物はコレだからな。岩トカゲ相手じゃあんまり役に立たないぞ」


 カンジは渋面を作った。


「基本的には、ナナミさんの魔法剣を主軸にしていくことになりますね。ナナミさんには負担をかけてしまいますが」


 しかし、ナナミは不敵に笑う。


「大丈夫よ。もともと私の修行なんだし」


「ありがとうございます。じゃあ実際どうやって各個撃破するかですが……」


 俺は地面に簡単に図を描きながら考えを説明する。二人からもさしたる反対はなく、さっそくそのとおりにやってみることになった。


「これが最後の一個です。せーの」

 

俺とナナミが両手に抱えた岩を、石垣のように積み上げた即席のバリケードに乗せて、作戦の準備は整った。


「よし。じゃあさっそく、おびき出してくるか」


 カンジが通路の先に消えて数分。ドタバタと大きな足音を立てながらカンジが走って戻ってきた。後ろには、岩トカゲを引き連れているようだ。


「連れてきたぞー!」


 カンジは、先ほどナナミの魔法で掘っておいた地面の穴を軽く飛び越え、壁とバリケードの間を抜けてこちらに戻ってきた。


 後ろの岩トカゲたちは、次々と地面の穴に落ちていく。


「あらあ、見事にハマったわねえ」


「知能が低いという話でしたからね。頭に血が上ってカンジさんを追いかけていると、足元になんか意識がいかないんですよ」


「まあしかし、そんな深い穴でもないし、すぐ出てくるだろうよ。おいナナミ、準備しとけよ」


「わかってるわよ」


 ナナミが剣を構えて、刀身に魔法で水をまとわせた。着ている革鎧にも、水属性の耐火魔法を付加している。

 やがて岩トカゲたちは次々と穴を這い出て、一斉にこちらに向かって迫ってきた。何匹かは怒って火の粉を吐いている。

 しかし、すぐにバリケードに阻まれ、狭い隙間を一匹ずつ通ることを余儀なくされる。

 そして、それを出口のところで待ち構えていたナナミが、水属性の斬撃を加えて一匹ずつ危なげなく処理していった。

 最初の数匹に対しては、さきほどのウォーターカッターの要領で剣先から水を放出したりしていたが、それよりもいつもの衝撃波に水属性を乗せた方が、狙いや攻撃力の面で効率がいいことに気がついて、途中からは剣をぶんぶん振って、水衝撃波を飛ばしていた。

 硬い表皮を誇る岩トカゲも、弱点属性の斬撃にはひとたまりもなく、まるで食材か何かのようにスパスパと切り裂かれていった。

 吐かれる火の粉も、事前に聞いたとおり致命的なものではなく、耐火性を付与された装備をまとったナナミにはまったく効果がなさそうだった。


「こんなもんかしらね」


 最後の一匹を華麗に両断したナナミは、ぶんと剣を振って鞘にしまった。


「いやあうまくいったな。こんな単純な仕掛けなのに」


「こういうのは、単純な方がいいんですよ。複雑であればあるほど、不確定要素が増えて予想外のことが起こりやすくなりますからね。ナナミさんも、またひとつ感覚をつかんだみたいですね」


「そうね。魔法剣ってこんな感じっていうのがやっとわかってきた気がするわ」


「だいぶ板に付いてきたよな。俺らの出番はなさそうだ」


「今度は一対多の戦闘をやってみたいけど、そのときはさすがに援護がないときついでしょうから、期待してるわよ」


 岩トカゲの魔石を拾って、俺たちは先に進む。

 もともと岩トカゲがたむろしていた広場を抜けると、先の方に重厚な鉄の扉が見えた。

 先頭を歩いていたナナミが足を止める。


「あれは……」


「いかにもボス部屋だな」


「ここまでの魔物の出方からすると、ボスは大サラマンダーってところかしら?」


「アイアンゴーレムという線もあるぜ」


「まあ、憶測で作戦は立てられません。まずは偵察しましょう」


 ナナミが扉にぴたっと身を寄せ、そっと少しだけ隙間を開けて中を覗き込む。


「うーん、見えないわね……」


「どれどれ、見せてみろ」

 カンジも隙間に顔を押し当て、中を覗こうとしたそのとき。


「そんなところでコソコソと覗かずに、入ってきたらよかろう」


 中から、地の底を揺るがすような、どすの利いた声が響き渡ったかと思うと、両開きの扉の両方が内側に向けて勢いよく開き、扉に身を寄せていた俺たちは、勢いよくボス部屋の中へと転がり込んでしまった。

 あわてて顔を上げると、部屋の奥には、文字通り真っ赤に燃える髪をした、身長5メートルはあろうかという、いかつい顔の半裸の巨人が腕組みをして俺たちを見下ろしていた。


「イ、イフリート……!」


 ナナミのつぶやきには、驚きと畏れが入り混じっているように感じられた。


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