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東大生の岩石除去

 石の箱の中には、ぽつんと細長いものがひとつだけ置かれていた。


「のり巻き……?」


 思わずつぶやきが漏れたが、二人には聞こえなかったようだ。

 座っている俺の肩越しに二人も箱の中を覗き込んだ。


「なんだこれ? 箱の大きさのわりに中身は寂しいな」


「スクロールじゃないかしら」


 俺はナナミを振り返った。


「スクロール?」


「ええ。魔法が記された書物で、魔法使いじゃなくてもその魔法が使えるようになる便利なアイテムよ」


「ああ、なるほど巻物(スクロール)ですね」


 そう言われてみると、たしかに紙が巻かれたような形状をしている。


「とりあえず取り出してみようぜ」


 カンジに言われて、俺は注意深く両手でスクロールの両端に指先で触れ、崩れたりしないことを確認すると、そっと持ち上げた。


 取り出して改めて見てみると、軸も装紙もなく、いわゆる絵巻物や忍者の巻物といって想像する巻き物とは少し様相が異なっていた。

 表面にまみれていた火山灰のように黒い砂を払い、一巻き分ほどそっと開いてみる。


「これは……」


 中には、よくわからない抽象的な図形が大きく描かれ、それを取り巻くように文字とも絵ともつかない記号が羅列されていた。

 古代エジプトのヒエログリフよりはかなり文字に近く、構成部品は体系だっているように見えた。

 ハングルと同じような思想で作られた人工文字かもしれない。


「これ、読めるのか?」


「いえ、見たことない文字ですね……ナナミさんは見覚えありますか?」


 魔法の道具なのであれば、魔法学でこの文字も解明されている可能性がある。

 しかし、ナナミは首を振る。


「初めて見るわ……普通のスクロールは、読んで理解できるように現代語で書かれているの。これじゃ中身がわからなくて、何の魔法が使えるのかもわからない」


「それじゃこのスクロールを手に入れた意味はないってことか」


 カンジががっかりしたように言うが、そう決めつけるのも早計だろう。


「ニーベルさんに見せてみると、何かわかるかもしれません。持っていきましょう」


「たしかに、何百年も生きてるドワーフなら、この文字も知ってるかもしれないわね」


 それを聞いて、カンジは眉をハの字に寄せ、情けない顔をした。


「あいつかぁ……俺、あいつちょっと苦手なんだよな……」


「あの子を得意な人なんていないと思うわよ」


 俺も苦笑しながら、スクロールを慎重に荷物袋の中にしまい込んだ。

 そのまま荷物袋を背負い、立ち上がる。


「小休止もできましたし、先に進みましょうか」


 二人も立ち上がり、横穴を出て再びナナミを先頭に階段を降り始める。

 岩塊が転がり落ちていったにも関わらず、土を踏み固められたようにしか見えない階段には欠けひとつ見当たらない。

 ダンジョンの構造物の中には物理的な破壊が不可能なものがあると聞くが、この階段もそのようなものなのかもしれない。


 やがて階段を降りきると、階段の最下部には、先ほど転がっていった岩塊が道を塞ぐようにはまり込んでいた。

 岩塊は直径4メートルほどもあり、物理的な攻撃で破壊するのは、なかなか困難に思われた。


「どうする? この曲がった大剣でぶっ叩けば、まっすぐに戻るかもしれねえが、この岩をぶっ壊すのは骨が折れるぜ」


「魔法剣を試してみるわ。ふたりとも、下がってて」


 俺たちが、何段か戻ると、ナナミは岩に相対して魔法剣を構えた。

 振りかぶり、えいっという掛け声とともに剣を振り下ろすと、魔法の刃がずばっと岩に向かって走っていった。

 さきほどまでロックゴーレムを何体も実験台にして磨いた技だけに、いい具合に攻撃力が集中している様子が見て取れる。

 瞬時に魔法の刃が岩に到達し、がっと鈍い音とともに刃は岩の表面をざっくりとえぐった。


「おお! やるじゃねえか!」


 カンジが歓声を上げるが、ナナミはかぶりをふる。


「でも、これじゃあ通れるくらいに砕くまでに何時間かかるかわかんないわ」


 岩石を破壊するにはどうしたらいいだろうか。

 俺は考え始めた。

 前世では、岩石を破壊したい場合はダイナマイトで発破をかけるものだったが、こんな閉鎖空間で発破なんて自殺行為だ。

 あと、硬いものを何とかする方法といえば、熱応力か……?

 物体は熱によって固有の係数で膨張するので、熱膨張係数に一定の差がある物体を加熱すれば、その膨張率の違いで歪みが発生し、破壊に至ることがある。

 しかし、この岩石、均一ではないだろうが、そこまで膨張率の違う物質で構成されているとも思えない。


 俺がうんうんうなっていると、カンジが突然思いついたように、ナナミに提案した。


「おいナナミ、魔法剣で属性魔法を使うとどうなるんだ?」


「え? やってみるわ」


 俺は考えを中断し、ナナミの試みを注視した。


 ナナミは再度剣を振り上げ、今度は掛け声とともに剣を振り下ろす。


「炎よ!」


 剣の軌跡から、炎がぶわっと吹き上がり、岩へと飛んでいって岩の表面を焦がした。

 俺たちのところにも熱気が上がってくるが、それで終わりだ。


「うーん。破壊にはほど遠いわね」


 しかし、俺はそれを見てひとつ思いついたことがあった。


「ナナミさん、振り下ろすのではなく、剣を突き立ててもう一度やってみてもらえませんか?」


「いいわよ」


 ナナミは岩塊にもう一歩近づき、剣を突き立て、またもや炎の魔法を使った。

 すると、炎は剣先からのみ噴出したようで、岩石の外には何も変化がないまま、岩石がみるみる赤熱していった。

 しかしその熱は、当然剣にも伝わってきたようで、ナナミはしばらく我慢していたものの、数秒後には剣を引き抜いて飛び下がった。


「あっつ!」


「すげえな……」


 赤熱している岩塊を見つめてカンジがつぶやく。


「でも、これじゃ熱くなるだけで壊せないわよ。さすがに岩が融けるまでやってるとこっちがもたないし」


「しかし、これで光明が見えました」


 いまの実験で、剣を対象に突き刺すことで、一点から持続的に属性魔法を維持できるということがわかった。

 つまり、アレが使える。


「ナナミさん、今度は剣の尖端が触れるくらいの状態で、水魔法を魔法剣に乗せてください」


「水? 水魔法なんて補給とか対火力防御用で、攻撃にはほとんど役立たんのが常識だろ。まして水をかけてこんな巨大な岩がどうにかなるわけねえよ」


「いいんです。ナナミさん、お願いします」


「え、ええ。分かったわ」


 ナナミが、俺の指示通りに剣を岩に触れさせ、そこから水魔法を発動した。


「水よ!」


 途端にキーンという耳障りな高い音が鳴り始め、岩が針のように細い水流に穿たれはじめた。

 やがて、水流は岩石を貫通する。

 カンジとナナミは唖然としてその様子を見つめていた。


「そのまま、剣を上下に動かして、岩石を切断してください」


 ナナミが剣をゆっくりと上へ動かすと、そのまま水流はまるでレーザーメスのように岩石を切断しはじめる。 上半分の切断が完了すると、今度は下へ。

 ものの数分で、岩石の切断は完了した。


「おいおい、これはどういう魔法だ?」


 目の前の現象が信じられない様子で呆然とつぶやくカンジに、俺はにこりと笑って言った。


「ウォーターカッターですよ。水に破壊力がないなんて、誰が決めたんですか?」

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