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東大生の推測

 結論からいうと、カンジは戻ってこなかった。


 元々、冒険者というのはそんなにお行儀のよい連中ではない。

 ダンジョンで宝箱を見つけたときと同じように、目の前に札束があれば、それを自分のものにするというのは、考えてみればとても冒険者らしい振る舞いだ。


 カンジとはこれまでにも取引を重ねて信頼関係を気づいていたつもりだったが、その認識は甘かったのかもしれない。思わず愚痴がこぼれる。


「こういうのが、勉強とビジネスの違いだよなあ。勉強は裏切らないからなー」


 冒険者が本気で身を隠したとなれば、一介の商人が行方をつかむのは難しい。とはいえ、そのままにしておける金額でもなかったので、俺はほろ苦い気分で損失を計上しつつ、カンジ追跡の算段をはじめた。


  *


 街の大通りにある冒険者ギルドの中に入ると、カウンターは長蛇の列だった。見知った顔もいくつかあったが、そのうちの一人が俺に気がついて声をかけてくる。


「あら、ヒデトシくん。どうしたの?」


 銀髪の魔法使い、ナナミ。すらっとした美人で一流の冒険者なので人気が高いが、服装的には、魔法使いというより魔女のイメージに近い。


 理系東大生だった俺は、現世でも大して変わらない性格に育ってしまったので、まあ当然女性は苦手だ。

 とはいえ、声をかけられたからには無視するわけにもいかず、列に並ぶ彼女に近づいていく。


「こんにちは。ナナミさん。実はカンジさんを探していまして」


「カンジ? そういえば最近見てないわね。一週間くらい前に、やたらと何か買い集めてるって話は聞いたけど。あいつに何か用があるの?」


 一週間前といえば、ちょうどカンジが店に来て、金の買い付けを依頼したころだ。そのまま持ち逃げしたわけじゃなくて、いちおう買い付けに取り掛かってはいたということか。


「ちょっと商売の話で……そんな大したことじゃないんですけど。もし見かけたら、ヒデトシが探してたって伝えてもらっていいですか?」


「それはいいけど。ヒデトシくん、ちょっといい?」


 そういうとナナミは列から外れ、俺の腕をとってギルドの出口に向かってずんずん歩きはじめた。


「ちょ、ちょっとナナミさん! なんですか急に! ほら、みんな見てますって」


 俺は慌てふためき抗議するが、聞く耳を持たないナナミに抵抗しきれず、ズルズルと引きずられてついにギルドの外に出てしまった。

 周りの冒険者たちの好奇に満ちた視線にさらされたからか、顔が熱い。

 ようやく手を離したナナミに文句を言おうとすると、いつになく真剣な顔をしたナナミがぐっと顔を近づけてきた。


「ヒデトシくん、最近大迷宮の様子がおかしいの知ってる?」


「え、ええ。うちの店に来る冒険者の皆さんが、大迷宮に潜れなくなったって……」


 俺は心持ち体を引きながら答えた。


「そうなのよ。それでみんな大迷宮探索の代わりに依頼仕事(クエスト)で稼ごうってことで、ギルドに集まってきてたんだけど」


「だけど?」


「実はね、依頼仕事も様子がおかしいのよ」


「おかしいって、どんなふうにですか?」


「諸侯が依頼主っていう仕事がやたら多くてさ。しかも、みんなやたら高山とか大森林とか、秘境の探索ばっかり、競うように依頼を出しまくってるのよ」


「それは……おかしいですね」


 権力闘争と蓄財にしか興味のない諸侯が、いっせいに冒険心とか博物学に目覚めたとも思えない。


「何を目的とした探索かは、わからないんですか?」


「変わったものを見つけたら、報告しろとしか書いてないのよ。私も一度受けたけど、探索するエリアの指定だけ。そのエリアも、毎回違うらしいわ」


「なるほど……」


 大迷宮に入れなくて手に入らなくなっている資源を探している……?

 いや、それなら他のダンジョンからも入手できないこともない。大金をはたいて雲をつかむような依頼を出すのは割に合わない。

 具体的な指示がなくても、見たらわかるものってことだよな……。


「しかも、貧乏貴族ほど血眼らしくて。一体何を探してるのやら。ちょっと気持ち悪くってさ。ヒデトシくん、何か思いつく?」


「うーん……」


 俺はちょっと考えこんで、ある考えに思いあたった。


「え。マジか……」


「その顔は、何か思いついた顔ね!」


 ナナミが俺の顔をのぞきこみ、そのまま詰め寄ってくる。

 しかし、ここであっさりナナミに話してしまうと、商売にならない。ここははぐらかして……


「いいから話しなさい!」


 ナナミの顔が俺的接近限界半径を突破して、俺の思考回路は機能を喪失した。


「は、話しますぅ……」


 頭がぐるぐるしたまま、俺は推測を口にする。


「現在の大迷宮に潜れないという事象と、諸侯が競って何かを探しているという事象が同じタイミングで起こっているということは、それらは関係があると考えるのがまずは妥当ですよね」


「たしかにそうね。じゃあ、探しているのは大迷宮に関係があるモノ?」


「はい。普通だったらこのタイミングで動くとしたら、大迷宮そのものや王都近辺での調査や工作だと思うんですよ。でも、諸侯はこぞって秘境で何かを探している……。大迷宮に何かが起こっている今、見つけると価値のあるものってことになりますよね」


「そうね。そしてそれは具体的な指示がなくてもそれとわかる、変わったものってことね……」


「それは、大迷宮です」


「……どういうこと?」


 ナナミは思いっきり眉を寄せた。俺の言ったことの意味がわからないといった表情だ。


「俺の推測が正しければ、王都の近くにある大迷宮は数週間前に死んでいます。ダンジョンが死ぬ、つまりダンジョンのエネルギーが失われると、別の場所に生まれ変わって新たなダンジョンが生成されるといいます。そして、その新たなダンジョンは、かつてのダンジョンと同等のものになる、と」


 俺が説明していくにつれて、ナナミは目を見開き、焦りの表情を見せ始めた。


「ちょ、ちょっとまって、そんなこと全然……」


「これが事実なら、国にとっては大変な危機です。当然、トップシークレットでしょう。もし、王家以外の諸侯が新たな大迷宮を手中に収めたら、この国の支配者が変わります」


「そんな……」


 呆然とするナナミ。

 ちょっと怖がらせすぎたかと反省した俺は、わざと軽い感じでフォローを入れることにした。


「……っていうのは、別になんの証拠もないただの憶測です。大丈夫、『ダンジョンの死』は300年に1度起こるかどうかの大災害っていわれてますし、そうそう起こらないですって」


「そ、そうよね……びっくりしたあ。もう、変なこと言わないでよ!」


 そう言ってナナミは俺の背中をバンバン叩いてきた。


「いた、痛いですって! ナナミさん! やめて!」


 そのとき。通りの向こうから、一人の冒険者風の男が大声で何かを叫びながら、こちらへ向かって走ってきた。


「大変だ大変だ!!!」


 道を行く人々はみんな驚いて、その男の方を振り返る。

 男は俺たちの前を通り過ぎて冒険者ギルドに駆け込み、入り口のところで怒鳴った。


「ワグナス子爵が大森林で新たな大迷宮を発見して、新国家の樹立を宣言したってよ!」


  *


 その後、街はひっくり返ったような大騒ぎになった。


 それもそのはず、善政で知られていた現王家と異なり、ワグナス子爵は苛烈な領地支配で悪名が天下に轟いている。そんな人物が国富の源泉である大迷宮を手中に収め、新たな国家を樹立したというのだ。

 しかも、直後に挙兵して、国軍と真正面からぶつかりあい、これを撃破し、王都を占拠したという。迷宮産の新装備の面目躍如だそうだ。


 つまるところ、国が滅んだ。


 貨幣経済が揺らぐという俺の予想は、想像を超えて大的中だったわけだ。金を入手しそこねたのが残念でならない。

 まだ新たな国王たるワグナス王がどんな施政を行うかは明らかではないが、早々に大粛清を行っているという噂は耳に入ってきており、明るい未来は描けそうにない。


 俺は財産をまとめて、より安全なところに拠点を移す準備を始めていた。

 ナナミが訪ねてきたのは、そんなときだ。


「ヒデトシくん、助けて……」


 いつも凛としたナナミの、そんな弱った姿を見たのは、これが初めてだった。


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