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東大生と灼熱迷宮

「灼熱迷宮……!?」


「そんなダンジョン聞いたことねえぞ。まさか未発見ダンジョンか……?」


 この世界において、ダンジョンの所有は一国家の所有に等しい。前世で中東の産油国が、欧米の工業国と渡り合っていたのをイメージすると近いかもしれない。富は力だ。

 知られていないダンジョンがあるというのは、それ自体が大事件なのである。

 しかし、この世界では、そんな大事件を凌駕するような出来事が、ついここ十年ほどの間に起こっていた。

 それが原因と考えると、ありえない話ではない。


「ニーベルさん、もしかして、このダンジョンは『大災害』で生まれた新しいダンジョンですか?」


「未発見? 新しいダンジョンだってえ? おかしなこと言わないでくれるかい? このダンジョンは何千年も前からアタシらドワーフと共にあるもんだよ。人間ってやつらは、このが全部自分らのもんだと思ってやがるんだ」


 俺たちは返す言葉に詰まった。

 そんな俺たちの様子を見て、ニーベルは、フンと鼻を鳴らした。


「わかったらさっさと行ってきな! この入り口から奥に進んだところにある広場で、灼熱鉱石を採ってくるんだよ。剣はこいつを使いな」


 ニーベルは、壁ぎわの棚に無造作に置いてあった剣を一本取り上げ、ナナミに投げてよこした。


「言っとくけど、ここの魔物は一匹残らず岩石系だ。普通の剣は通らないよ」


 ニヤリと笑うニーベルに得体のしれないプレッシャーを感じて思わず後ずさりしそうになるが、なんとか踏みとどまった俺たちは、ニーベルの示す鉄扉に相対する。

 隣の赤熱する熔鉱炉の熱気とは対照的に、その両開きの鉄扉はひんやりと質量を感じさせた。

 鞘に入った剣を左手に摑んだナナミが、俺とカンジに目配せしてひとつ頷くと、右手を鉄扉の片側にかけて、ぐぐっと力を入れた。


 鉄扉は重厚そうな見た目にふさわしく、ゆっくり重々しく奥の方に開いていく。

 その向こうに現れたのは、四辺が柱で補強され、カンテラが等間隔で並ぶ、よく整備された坑道のようなトンネルだった。

 その岩肌は滑らかに黒光りし、主成分が鉱物であることを感じさせた。ところどころに白や青白いほのかに発光している

 

 そのまま、ナナミを先頭に俺たち三人は扉の向こうに踏み込んだ。


「焼け死なないように頑張りな」


 背後からかけられた声に振り返ると、相変わらず少女のようにしか見えないニーベルがさもおかしそうに笑っていた。

 俺たちは顔を見合わせて肩をすくめると、ダンジョンの奥へと足を進めた。


 このダンジョン、「灼熱迷宮」というわりにはひんやりとしている。岩壁が靴音を吸収しているのか、あまり音の反響もなく、生命の気配も感じられなかった。

 整備されているとはいえ、俺たちにとっては未知のダンジョンだ。少しの油断が命とりになる。

 普段から前衛役を担っているカンジを先頭に、気を張って進む。ちなみに並び順はカンジ、俺、ナナミの順だ。

 例によって戦闘において頭数に入っていない俺は、前後の警戒を二人に任せ、岩石系の魔物への対処法を考えながら進むことにした。


 何度かの分かれ道を経てしばらく歩いていると、突然背後からガラガラと岩の転がるような音が鳴り響いた。


「落盤!?」


 慌てて俺たちが振り返ると、道の先に、ゴツゴツした岩に手足が生えたような魔物が三体ほど現れていた。


「ロックゴーレムかしら……」


 よく見ると、その魔物のいるあたりの岩壁が、ちょうど魔物三体がぴったりはまるくらいの大きさにえぐれたような穴になっていた。


 岩壁のその部分が魔物になったと見て間違いないだろう。

 あるいは、魔物がそこに潜んでいたという可能性もあるが、その場合はなぜ俺たちが通り過ぎてから姿を現したのかという疑問がある。

 そのどちらであるかを考える間もなく、ロックゴーレムは猛然と転がってこちらに襲いかかってきた。


 前後が反転したために、真っ先に接敵するのはナナミだ。

 ナナミはさきほどニーベルに借りた剣を構えた。


「行くわよっ!」


 敵とはまだ少し距離があったが、迫りくる三体のうち一番前の一体に狙いを定め、大きく剣を振りかぶり、そのまま勢いよく振り下ろした。


「えぇいっ!」


 ナナミの気合に呼応するように、剣から青白い光とともに、全方位に衝撃波のような破壊力を伴う波動が発生する。

 衝撃が通り過ぎる感覚があり、とっさに目を瞑る。

 再び目を開けると、ナナミを中心に半径2メートルほどの球状に壁や天井が押し込まれたようにへこんでいた。

 ナナミのすぐ後ろにいた俺たちは目を瞑るくらいで済んでいたが、前から転がってきていたロックゴーレムたちは衝撃波をもろに受けて、その動きを止めていた。


「おお、すげえな、魔法剣……」


 カンジが感嘆の声をもらした。


「でも、効いてないみたい……」


 ナナミは、敵を睨みつけながら答える。

 ナナミの言うとおり、ロックゴーレムたちは一旦動きを止めたものの、すでに態勢を整えて、再びこちらに突っ込んでくるタイミングをうかがっているようだった。


「やることが間違ってるとは思えねえしな。威力の問題か」


 カンジが唸るが、それなら試すべき方針がある。


「ナナミさん、さっきの技、有効範囲とか調整できそうですか?」


「原理的にはできるはずよね。実際魔剣士はそうやっているわけだから」


 ナナミは、俺に答えると同時に自分にも言い聞かせているようだった。


「でしたら、なるべく短時間、なるべく狭い範囲に衝撃波を集中するよう意識してください。できれば、波というより点を飛ばすようなイメージで」


 同じエネルギー量なら、集中して作用点での密度を最大化するのが破壊力の向上には有効だ。

 魔法剣だろうがなんだろうが、レーザーやウォーターカッターなどと同じ原理が使えるのではないかというアイデアだ。


「やってみる!」


 ナナミが再び剣を構えると、それをタイミングと見たのか、敵の三体もいっせいにこちらに向かって転がり始めた。


「一点に集中して……とりゃあっ!」


 ナナミは慎重に狙いを定め、精神を統一した上で、剣を頭上に振り上げてから一気に振り下ろした。

 その瞬間、またも剣身が発光し、衝撃波が発生した。

 点とはいかなかったが、今度はナナミの前半球のみに衝撃波が伝わっていったようだ。

 つまり、俺たちには衝撃が届かなかった一方で、前方のロックゴーレムたちや前方の壁や天井にはまたしても衝撃波が到達したらしく、ロックゴーレムたちは激しく後ろに転がされ、通路の壁や天井の凹みも、もう一段進んでいた。


「おお、すげえ! さっきより断然強くなったじゃねえか!」


 カンジはさきほどよりもさらに弾んだ声を上げるが、当のナナミはかぶりをふる。


「でも、全然イメージ通りにはなってないわ。イメージしたのは小さな点なのに……」


「そこはほら、練習あるのみってことじゃないですか?」


「そうね……敵もまだまだ相手してくれそうだしね」


 俺の言葉に、ナナミは気を取り直したように前方はるか遠くでようやく態勢を整え直したロックゴーレムたちを見やった。


 心なしか、ロックゴーレムたちがびくりと震えたように見えた気がしたのだった。

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