東大生と鍛冶屋さん
魔動車は、前世でいう自動車に近い箱型の乗り物だった。
ハンドルを握るのは、魔素のコントロールができるナナミだ。ハンドルといっても、円形ではなく操縦桿型の棒状になっており、ドライバーというよりはパイロットという印象だ。
乗り心地の方は、高級品というわりには、正直なところもうひとつだった。車輪やバネは発明されていても、ゴムタイヤとチューブが発明されていないのだろう。未舗装路の路面状態が、ダイレクトに臀部に伝わってくる。
魔素を惜しまなければ空中に浮かんで進むこともできるらしいが、コスパが見合わないということなので、素直に地面をひた走る。
タイヤチューブなんて俺には作れないので、せめて次回はクッションを用意しようと心に誓った。
数時間後、俺たちはメイジャーからもらった地図に記された場所にやってきた。
街道の裏道の、そのまた裏道が、夜行森林の外縁部をかすめるあたり。人がほとんど足を運ぶことのなさそうなところだった。
そこにあったのは、一軒の古い家だ。
魔女が出てきそうな森の一軒家である。
車から降りた俺たちは、その家を見上げた。
「これかあ? 鍛冶屋っつーか、ただの民家にしか見えねえが」
「工房なのかもしれませんね。奥に大きな煙突が立ってますよ」
「灯りがついてるみたいだから、とりあえず呼び鈴を鳴らすわよ」
ナナミはなめした革でぐるぐる巻きにした光の剣を腰から下げて、その家の玄関まで歩いて行き、呼び鈴の紐を引いた。
すると、家のなかで金属を打ち付けるような想像以上の大音響が鳴り響き、ドッタンバッタン音がし始めた。やがてドタバタが収まったかと思うと、すっとドアが開いた。
中から出てきたのは、なんだかずんぐりむっくりとした背の低い女性だった。
「なんだあ? お前たち。でけぇ人間が三匹もがん首そろえて、ひとんちの前でぼさっと突っ立ちやがって。なんとか言ったらどうだい」
一見するとあどけなさの残る少女にしか見えないその女性の、見た目に不相応な悪態と、不当になじられた困惑にたじろいで、思わずのけぞってしまう。
ナナミは改めて目の前の女性を観察して、目を丸くした。
「ド、ドワーフ?」
「あったりめえだろうよ、他に何に見えるって言うんだ」
ドワーフの女性は、憤慨してぷんすか鼻を鳴らした。
と、急に鼻をフンフンさせて、あたりの匂いをかぎはじめ、ナナミの腰の剣の包みに顔を近づけた。
「おやあ? これ、なかなかいいニオイさせてるじゃないのさ。ちょっと見せてみな」
言われたナナミが相手の勢いに押されて剣の包みを差し出すと、その女性は自分の身長ほどもあろうかというその包みを両手で抱え、くるりと踵を返して家の中へと戻っていった。
「ちょ、ちょっと……!」
「何ぼけっとしてんだい。さっさと入りな!」
慌ててナナミが声をかけると、それに被せるように家の中から威勢のいい声が飛んできた。
俺たちは互いに顔を見合わせ、言われるままに中に入ることにした。
ドアをくぐって入ると、いちおう応接セットのようなものが置かれた空間があったが、そこにはありとあらゆるがらくたが所狭しと置かれており、とても客を応接できるようには見えない。
先ほどのドワーフの女性も、俺たちが中に入ったのを確認すると、さっさと奥に進んで行く。
外からだとあまり広そうな建物には見えなかったので、不思議に思いながらついていくと、廊下を進んだ先に、地下に降りていく階段があった。
「なるほど、地下が工房になってるってのか。道理で見た目は普通の民家に見えたわけだぜ」
カンジは納得したように頷くが、そう簡単なものではない。
「ここが鍛冶工房だとしたら、地下に作るのは不自然ですよ。高温で炉を燃焼させるには、十分な酸素が必要不可欠なはずです。普通に考えて、どんなに換気をよくしようとしても地下だと限界がありますし、よくて不完全燃焼、最悪の場合、一酸化炭素中毒のおそれがあります」
「はあ? サンソって、なんだそりゃ? 魔素の仲間か?」
カンジが思いっきり眉を寄せた。
……この世界には化学の概念がないんだった。
俺がどう説明したものか悩んでいると、意外なところから助け舟が出された。
「へえ、そこのチビスケは見た目によらずしっかり勉強してるようじゃないか」
前を行くドワーフの女性が、顔だけ振り返ってにやっと笑みを浮かべてみせた。
チビスケってのは俺のことか? お前の方がチビじゃねえか! ……と、言い返さないあたり、俺はチビではなく立派な大人なのだ。
「サンソがどうたらはともかく、物を燃やすには新鮮な空気が必要だわさ。地下はたしかに相性が悪い……普通ならね」
「何よ、もったいぶらないで教えなさいよ。ここは普通じゃないってことなの?」
「そもそも、この階段の長すぎねえか? どこまで降りるんだよ……建物通り越して森の下になってるのか?」
ナナミとカンジが疑問の声を上げるが、ドワーフの女性は、さも可笑しげに二人を見るだけで、疑問には答えようとしない。
「まあ黙ってついてきな。じきに分かるよ」
ドワーフの女性は、くつくつと笑って、長い階段を先導しながら降りていった。
そうして十分ばかりも階段を降り続け、ようやく階段が終わり、開けた空間に出た。
その空間には、いくつかの大きな作業台があり、壁には作りつけの丈夫そうな棚が巡らされている。
作業台には工具や打ちかけの武具類が乱雑に放られており、中でも大きな金槌が目を引いた。
そして、何よりその空間の主のように堂々たる存在感を示していたのが、中央奥に怪物のように大きく口をあけた、熔鉱炉だった。
中では赤々と何かが燃え続けており、部屋の入り口に立ち尽くす俺たちのところまで肌を焼く熱気が吹き付けて来ていた。
ドワーフの女性は、炉にもっとも近い作業台に陣取ると、目を輝かせながら、あたかも自分のものであるかのように躊躇なく剣の包みを解きはじめた。
「ねえちょっと、それ私たちのなんだけど!」
ナナミがドワーフの女性に近づいて抗議すると、ドワーフの女性は手を止めてナナミを見上げた。
「ああん? アタシんとこに来たのは、どうせコイツがらみなんだろ? どっちにしろ見ないと始まんないんだから、ケチケチするない」
「な! ケチケチって!」
ナナミが絶句して怒り出しそうな雰囲気になってきたので、俺は慌ててなだめに入る。
「まあまあナナミさん、落ち着いて。遅くなってしまいましたが、自己紹介させてください。俺はヒデトシ。こっちはナナミで、あっちにいるのがカンジ。三人で組んで冒険者をやっています」
俺がまとめて自己紹介をすると、ドワーフの女性はフンと鼻を鳴らして、作業台に剣を一旦置いた。
「アタシゃニーベル。見ての通りドワーフの鍛冶屋だ。本当なら知らない奴とは仕事をしない主義なんだけどね、こんなモン持ってこられちゃ話は別だ。用件はなんだい」
「この剣の鞘を作ってほしいんだけど……あなたにできるかしら」
ナナミがわざとらしく、剣を取り上げ、もったいつけながら革の包みを外してゆく。
そして、ついに光り輝く剣身があらわになった。
「なっ……!」
ニーベルは、眩しさに目をやられないように、手で目を半分覆いながら、光の剣を凝視した。
「これは……『光の剣』かい! なんだってこんな伝説の武器をアンタらみたいなヒヨッコが!?」
「ヒヨッコとは失礼ね。正真正銘、私たちが曙光山脈のドラゴンから譲り受けたものよ」
ナナミが得意気に言うが、正真正銘というほど正当に認められて手に入れたという気もしないので、俺とカンジは少し微妙な表情である。
まあ、「ドラゴンを倒して手に入れた」とは言っていないので、ウソではない。
「そうかい。なるほどねえ。コイツを見るのは何百年ぶりだろうね。たしかに鞘がないと危なくてしょうがないだろうよ。いいだろう。鞘を作ってやる。使うのはどいつだい?」
気になるフレーズがいくつもあったが、それについて聞く前に、ナナミが身を乗り出した。
「私よ」
「アンタかい。剣を使うような身体はしてなさそうだけど」
ニーベルは、ナナミをじろじろ見て言った。
「魔法剣を使えるのは私だけなの。修練場で魔剣士の訓練を受けるわ。だからあなたは私に合うように鞘を作ってくれればいいのよ」
「修練場だって? 冒険者ならそんなとこで練習してもモノになんないことくらいわかりそうなもんだけどねえ。しょうがない。アタシが鞘を作ってる間、修行してきな」
そういうと、ニーベルは、部屋の奥に鎮座する熔鉱炉の脇にある鉄扉を指差した。
「ウチの、灼熱迷宮でね」