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東大生の衝動買い

 町に帰り着いた俺たちは、まずは宿に戻った。

 まばゆく輝く光の剣は、そのまま持って町に入るには目立ちすぎるため、ひとまず布でぐるぐる巻きにしてあったのだが、 それはそれでなかなか不審なシロモノとなっていた。

 そこで俺たちは、まずは光の剣の鞘を調達することにした。


「しかし、こんなのを武器屋に持ち込んだら、一発で噂が広まっちまうよなあ……」


 宿の部屋で、机にどんと置かれた光の剣を前に、カンジがぼやいた。

 ナナミはいまだに微妙な困り顔だ。

 俺は気にせず答える。


「商人のネットワークはすごいですからね。でも、相手が商人だからこそ、秘密を守るのも簡単ですよ。これがあればね」


 俺は、袋から無造作に取り出した黄金のコインをぴんと指で中空に弾いた。


 しばらくして、宿の主人を通して呼んでもらった商人が俺たちの部屋を訪れた。


「ご用命ありがとうございます。この自由都市を拠点に手広く商いを手がけております、メイジャーと申します」


 ゆったりとした衣服に身を包み、ニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべた丸い男が、腰低く自己紹介した。

 貿易や仲介をしている人を紹介してくれと頼んで出てきたのが、このメイジャーだった。


 手広く商いをしていると言ったが、つまりは前の世界でいうところの総合商社のようなものだろう。態度に余裕があり、着ているものも質がよさそうなので、稼いでいるんだろうということが推察された。


「メイジャーさん、急にお呼び立てして申し訳ありません。俺はヒデトシといいます。こっちがナナミで、こっちはカンジ。三人組の旅の冒険者です」


「これはこれはご丁寧にありがとうございます。それで、今回のご用件というのは……」


 メイジャーは雑談を省いて、いきなり本題に入った。

 一見失礼なようだが、いかにも訳ありな呼びつけ方をした顧客に対する対応がわかっていることの証左として、俺は好感を持った。


「実は、剣の鞘を誂えたいんですが、ちょっと事情があって、普通のルートでは鍛冶屋に持ち込みにくいんです。信頼できる鍛冶屋を紹介してもらえませんか」


 単刀直入に用件を話すと、メイジャーは少し考え込むような素振りを見せた。


「ふむ……。そういうことであれば、うってつけの人物を知っておりますが……。少々連絡がつきにくい人物なので、直接行っていただくのがよいでしょう。紹介状をお書きします」


 そう言うと、メイジャーは持参した荷物の中から便箋とペンを取り出し、さらさらと書きつけて、手際よく封蝋を捺した。


「はい、こちらをお持ちください。地図もお渡ししましょう」


「ありがとうございます。紹介料は、これでお支払いしてもよろしいでしょうか?」


 俺はメイジャーから紹介状と地図を受け取ると、代金として、わざと硬貨ではなく金の小粒を渡した。

 それを見たメイジャーは一瞬目を見開いたが、すぐに元の笑顔に戻り、両手で金を受け取る。


「ほう……これはこれは。ちょっと拝見してよろしいでしょうか?」


「もちろんです。どうぞじっくり検分してください」


 メイジャーは布ごしに粒を取り上げると、明かりに照らしたり、取り出した秤で重さを計ったりしていたが、やがて納得したように粒をテーブルに敷いた布の上に置いた。


「ありがとうございます。この重さでしたら、これくらいでいかがでしょうか」


 メイジャーは数字を紙に書いた。冒険者ギルドで金を貨幣に替えたときとほぼ同じレートの計算になる。なかなか良心的だ。


「ありがとうございます。それでけっこうです」


「そうですか。ではこちらはちょうだいします」


「ところでメイジャーさん、もうひとつお願いしたい取引があるのですが」


 金をしまい込み、荷物をまとめなおそうとしているメイジャーは、俺の言葉に手を止めた。


「なんでしょうか?」


「乗り物を買いたいんです」


「乗り物、ですか? どのような?」


「三人パーティーの旅に最適で、かつできるだけ高価なものを」


 具体的な条件を言うと、メイジャーは俺の方を向き直った。


「三人パーティー向けの高価な乗り物となると、魔動車になりますか。最高級品となると、お屋敷を買えるくらいのものまでありますが……」


「かまいません。現在、持ち合わせがこれくらいあります。残りは別の形の資産として保有していますので、一ヶ月後の払いとしてほしいのですが、いかがでしょうか?」


 俺は宿の金庫からアルビロポリ共和国の金貨と紙幣をありったけ取り出し、テーブルの上に積み上げた。その際、わざとメイジャーから金庫に入った金が見えるように、中の金を積み直してみせる。

 メイジャーは少し考えてから、頷いた。


「なるほど、わかりました。初めての取引で掛け払いというのは、普通でしたらお受けできないのですが、皆様とは今後もよいお付き合いをさせていただきたいので、お引き受けいたしましょう」


 そういうと、メイジャーは人を呼んで自分の店に使いを出し、魔動車の資料や書類を取り寄せた。

 メイジャーの店はそう離れたところではないらしく、いくらも待たずに書類は届いた。

 書類をもとに、俺たちは魔動車の説明を受け、頭金として総金額の四分の一ほどの現金を支払い、残りを支払期限を一ヶ月先とする債務として手続きを済ませた。

 担保として、ギルドに預けてある金の引き出し権を、債務総額の額面を極度額として設定し、そのための証書を書きおえたころには、魔動車が宿の裏手に準備されていた。


「それでは、私はこれで失礼いたします。今後もぜひメイジャー商会をごひいきにお願いいたします」


 想定外の巨額取引が舞い込んでホクホク顔のメイジャーは、丁寧に頭を下げて帰っていった。

 メイジャーを見送り終えるやいなや、カンジとナナミが詰め寄ってきた。


「おい、なんだ魔動車って! ほぼ全財産を使っちまったんじゃないか?」


「そうよ。いったいどういうことなの? 光の剣の鞘を作るためにあの人を呼んだんでしょ?」


「事前に相談していなかったのはすみません。信頼できる商人が見つかったらと思っていたんですが、メイジャーさんが予想以上にいい感じだったので……」


 俺は頭をかいた。実際、いきなりメイジャーを相手に今回の取引を持ちかけることになるのは俺にとっても予想外だったのだ。


「じゃあ魔動車を買うことは決めていたってこと?」


「そうですね。まず、移動手段は絶対に必要だと考えていました。今回だって、曙光山脈まで往復一週間もかかりましたが、旅を自分の足でするのは非効率すぎます」


 冒険者として活動し始めたばかりの俺としては、歩き通しというのも辛いし、野宿も辛い。

 東大生が体力を持ち合わせていないのは常識だ。

 六大学野球でも抜群に弱いしな。


「それにしたっておまえ、いきなり魔動車なんて超高級品を買わなくても、馬車とかいろいろあるだろう。全財産を魔動車に変えたなんて、正気の沙汰じゃないぞ。しかも借金までして」


「いえ。むしろこのタイミングで、なるべく大きな金を借りて、投資をしたかったんです」


「どういうこと?」


「俺たちにとって今回のミッションは、ドラゴンを倒してレベルを上げることはできませんでしたけど、結果として光の剣が手に入りました。大成功といっていいでしょう。でも、国としてはどうでしょうか?」


「どうって……魔法兵500がほぼ全滅しただろうから、まあ大損害だな」


 この世界は、前の世界と比べると科学文明がほぼ発達していない。一部魔法で代替している部分はあるが、経済や技術は全体的に未発達だ。前の世界で言うところの中世レベルである。ということは、必然的に維持可能な人口水準も低い。

 何がいいたいかというと、500の損耗はこの国の軍隊にとっては前世の近代軍隊とは比較にならないダメージだということだ。

 しかも、魔法兵は他の兵科と違って魔法の素質が要求されるため、補充が容易ではない。

 まさに大損害というほかなかった。


「この立て直しは容易ではありません。この国の軍事力は著しく低下してしまいました。すると、何が起こるでしょうか」


「他国の侵略……とまではいかなかったとしても、他国から干渉を受けるのは間違いないでしょうし、どんなに甘く見たとしても少なくとも政情不安に陥るでしょうね」


 ナナミが元王族らしく、外交、政治面から分析してみせた。


「そのとおりです。そうなると、経済も混乱し、この国の通貨は大暴落します。ハイパーインフレですね」


「ん? 通貨が暴落するってどういうことだよ。通貨の価値は書いてあるとおりじゃないのか」


「通貨の価値を保証しているのは発行元である国家ですから、その国家がどうなるかわからないとなったらどうです? 物を売る側は、胴元が揺らいでいるその国の通貨じゃなくて、もっと信用できるもので払ってほしいですよね。そうなると、誰も欲しがらなくなったその通貨の価値は、ますます下がっていってしまいます」


「なるほど、腑に落ちたぜ。それが起こるから、この国の通貨をあるだけ吐き出して、いざとなったら金に替えられる高級魔動車を買ったってわけか」


「そうですね。もっと言うと、この国の通貨で借金をしておくと、その借金が実質的に軽くなることが期待できます。一ヶ月後にはこの借金も十分の一くらいになってると思いますよ」


「はー、なるほどねえ。ヒデトシくんの頭がおかしくなっちゃったかと思ったけど、そういうことだったのね……。そんなことよく考えるわねえ」


「まったくだぜ。戦闘ではまったく役に立たんが、こういうときは本当に心強いな」


 ナナミとカンジは合点がいった表情でしきりに褒めてくれるのだが、いまいち褒められている感じがしない。

 本当なら、「借入金」の利活用とか「現在価値」と「将来価値」の話もしておきたかったのだが、二人はすっかりお腹いっぱいという顔をしていたので、今日のところはやめておくことにした。


「じゃあさっそく、魔動車で紹介してもらった鍛冶屋に向かいましょうか」


 俺はもらった地図をひらひらさせて、二人に提案した。


 地図によると、目的地はこの町から徒歩で2日くらい。慣らしにちょうどいいドライブになりそうな距離だった。

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