東大生対関西弁
「お前らなあ、それ引っこ抜くの遅いわ!」
突然聞こえてきたその関西弁の主を探して、俺は思わずきょろきょろと周りを見回したが、それらしき人物の姿は見当たらなかった。
「お、おい、ドラゴンがしゃべったぞ!」
カンジが信じられないものを見たというふうに、目と口をあんぐりと開けている。
それを聞いて俺もその可能性に思い当たり、改めてドラゴンを見た。
カンジの言葉を聞いたドラゴンは、気分を害したように目を細めた。
「なんや、しゃべったら悪いんか」
やはり、間違いなくドラゴンがしゃべっている。
「い、いや……悪いってわけじゃないんだが……」
悪くはないが、あまりにも予想外で現状認識が追いつかない。
そこへ割り込んできたのは、またしても例の中年女性たちだった。
「悪いに決まっているじゃない! しゃべれるのなら最初からしゃべってくれたら、話し合っていろいろ解決できたかもしれないでしょう?」
「そ、そない言うたかて、さっきまではワシの逆鱗に刺さっとったソレが痛うて、しゃべるどころやあれへんかったんや……」
ドラゴンが気圧されている。あれだけドラゴンの力を見せつけられた上で、これほど堂々とドラゴンに物申すとは、この女性たちはよほどの実力者なのだろうか……。
そこで、はたと気がついた。もしや、ここでドラゴンを倒して勇者になるのは、このおばちゃんたちなのでは?
俺はつい女性たちの方をまじまじと見てしまった。
すると、片方の女性の陰から、いつのまにかどこかへ姿を消していた幼女がひょっこり顔を出した。
「ソレってなんのこと?」
幼女に問われたドラゴンは、いまいましそうに答える。
「ソレいうたらソレや。そこの男が持っとる、ワシの逆鱗から引き抜いた棒やがな」
カンジやナナミ、おばちゃんたちの視線が一斉に俺の方に集まった。
正確には、俺が握りっぱなしになっていた、ソレだ。
「これ?」
俺は改めてソレに目を落とし、みんなに見えるように掲げて見せた。
「ヒデトシ、お前それ……」
カンジが目を丸くする。
俺も、ただの棒だと思っていたソレの予想外の全体像に、思わず思考停止した。
「あらー、きれいな剣ねえ。光り輝いて……」
「ねえ瑞恵さん、アレって、あの有名な、アレじゃないかしら」
「はっ! たしかに。橋田さん、きっとアレは、アレよね」
「ミズエとハシダは、いっつも『アレ』とか『ソレ』ではなすんだもん。ニコラ、なんのことだかぜんぜんわからないよ」
盛り上がる女性二人とあきれる幼女だが、今回に限っては俺にも「アレ」というのが何を指しているのかが明確にわかった。
「光の剣……」
勇者の物語には必ず登場する、伝説の武器である。
ドラゴンを倒すことで手に入るとされているその剣が、いま俺の手にあった。
「まったく、ロクなもんちゃうで。世の中の魔素が強くなったんに反応して、急に元気になってもうてな。ちょっと居眠りしてる間に、グサーってワシの逆鱗に刺さってんねん。死ぬか思たわ」
ドラゴンは、首を振りながらため息をついた。
俺は予想外の展開とドラゴンのキャラクターにすっかり毒気を抜かれてしまったが、なんとか立て直して目的を達すべく、ドラゴンと会話を試みる。
「俺たち、この光の剣がほしいんですけど、あなたを倒したらいただけるということでいいんですか?」
「いらんいらん。そんなんしばらく見たくもないわ。持っていき。……あ、でも魔王倒したら返しにくるんやで。それはそういう決まりやからな」
か、軽すぎる……。そんなんでいいのか。
「そ、そういうわけには。ほら、倒さないにしても、なんか力を証明するとか、そういうのがあるんじゃないんですか」
「まあ、いつもやったらそうやねんけどな。今回はもう、完全にやる気なくなってもうたわ。なんで刺さんねん。意味わからへんわ……。でも君らが来てくれてよかったわ。他の連中は人の気ィも知らんと、攻撃してくるばっかりやったからなあ。こっちはこっちで、痛くて話もできへんかったし……」
ドラゴンはひとしきりぶつくさ文句を言ったあと、改めてこちらを向いて、おざなりに宣言した。
「おめでとう! これで君らは勇者や。がんばって魔王倒しや!」
それだけ言うと、ドラゴンはくるりと背を向けて飛び去ってしまった。
残された俺たちは互いに顔を見合わせ、狐につままれたような顔を確認し合ったのだった。
*
不思議な粒で冒険者たちを次々に治していく三人の女性たちにあとを任せて、俺たちは早々に下山の途にあった。
山道を下りながら、カンジがいまだに解せないという顔で首をひねる。
「俺たちは無事に『光の剣』を手に入れて勇者になった……ってことでいいんだよな?」
「まあ、ドラゴンが言うからにはそうなんでしょうね。ねえヒデトシくん、ちょっと振ってみてよ」
ナナミに言われて、俺は立ち止まって光の剣を両手で握り、誰もいない斜面に向かって軽く振ってみることにした。
剣の扱い方はまったくわからないが、思い切ってぶんっと振ってみると、剣身の重さに遠心力が加わって、予想以上の勢いがつき、身体が持っていかれそうになってしまった。
さらに、振った瞬間に心なしか身体の力が抜けるような感覚もあった。
「おっとっと……! これは重い……っていうか、なんか脱力感もありますね……」
俺が光の剣を見つめながらそう言うと、カンジが横から首を突っ込んできた。
「ん? ちょっと貸してみろよ」
俺がカンジに光の剣を渡すと、カンジは軽々と剣を振ってみせた。
光る剣身が残像を引いている様子は、3Dゲームのエフェクトを彷彿とさせ、俺は目を奪われた。
俺が感心してしばし見とれていると、カンジは素振りをやめ、残念そうな顔で首を振りながら、ナナミに剣を渡した。
「ダメだ。魔素を吸われてる。これは魔法武器だな」
「えっ」
ナナミは驚いて目を丸くしながら剣を受け取り、ためつすがめつ眺めた。
「本当だ。じゃあ魔素を流してみたら……」
ナナミがそういって少し剣を強く握ると、剣身の輝きが一層増した。
そのまま素振りをすると、剣の軌跡がそのまま光の刃となり、剣を振り下ろした勢いでひゅんと飛んでいった。
思わず、感嘆の声がもれた。
「すごい……! これは、ナナミさんが使うしかないですね」
「えっ? でも、これはヒデトシくんが手に入れたものでしょう?」
ナナミが戸惑うが、そんなにおかしなことを言っているつもりは俺にはなかった。
「俺じゃなくて、俺たちが手に入れたものですよ。もともと俺は非戦闘員だし、カンジさんも俺も魔法使いじゃないから魔素が操れない。だったらナナミさんが使うのが合理的じゃないですか」
「違いないな」
カンジもうんうんと頷いている。
しかし、ナナミはまだ納得がいっていないようだ。
「でも、私も剣の心得なんかないわよ」
「魔法の心得がない人が魔法を習得するより、剣の心得がない人が剣の扱いを習得するほうが、いくらかハードルが低いんじゃないですか?」
「そんな簡単に言うけどねえ……」
「そういや、魔剣士を養成する有名な修練場の話を聞いたことがある。たしかちょうどアルビロポリ共和国にあるんじゃなかったか」
カンジが名案とばかりに言うと、俺もそれに乗っかった。
「それはいいですね。ナナミさんに、そこで速やかに魔剣の扱いを学んでもらいましょう!」
「ちょっと、勝手に決めないでよ!」
「ナナミさんは、嫌なんですか?」
「嫌ってわけじゃないけど……フェアじゃないっていうか……」
ナナミは、こういうときに急に遠慮深くなる。
光の剣は、俺がドラゴンから引き抜いたのだから、俺が持つべきだと考えているのだ。
ナナミの遠慮深さは美徳だが、しかしそれはこの場においてはあまり意味がない。
合理性を至上の価値判断とする俺としては、せっかく手に入れた伝説のアイテムが最大の効果を発揮することこそが重要なのだ。
「いいじゃねえか。勇者・ナナミの誕生だ」
「決まりですね。では、さっそく町に戻って、情報を集めましょう!」
俺たちはまだ渋っているナナミを引きずって、町への道を急ぐのだった。