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東大生と闖入者

 ドラゴンは喉元の尖った鱗をキラリと輝かせ、ぐるると喉を鳴らし、大きく口を開けた。

 その向く先は、撤退しつつある軍の討伐部隊だった。

 今度は何にも邪魔されることなく、ドラゴンブレスは発射され、閃光と轟音があたりの空気を震わした。

 心なしか、ドラゴンの表情が満足気に見える。


「おい、急がないとこいつらみんな死んじまうぞ、どうするんだ」


 カンジの声にはっと我にかえり、高速で思考を始める。


 今解決すべきことは二つ。ドラゴンを倒す方法と、冒険者たちを助ける方法だ。

 最悪後者だけでもいいが、ドラゴンに邪魔されずに助ける方法を考える必要がある。


 ドラゴンはこれまでのところ、鉄壁にみえる。500人規模での魔法攻撃でかすり傷ひとつつかないとなると、それ以上の火力のあてがない以上、俺たちで倒す手段は今のところ思いつかない。ひとつあるとしたら、ドラゴン自身のブレスだが、それをどうやったらドラゴン自身に当てるのかは皆目見当がつかない。


 しかしながら、ドラゴンブレスに関しては、もうひとつの目的である冒険者の救出には使える可能性がある。

 あのブレスを、こちらをかすめるように撃たせることができれば、灼熱の余波で氷を融かすことができそうだ。

 よし、まずはこれでいくか。そのあとの治療も未解決課題だが、とにかく氷を早く融かさないことには話が始まらない。


「ナナミさん、俺とカンジさんがポジションに着くまでちょっとドラゴンを足止めしてもらっていいですか?」


「わかったわ!」


「カンジさん、こっちです!」


 言い終わらないうちに、俺は斜面を斜めに駆け下り始めた。慌ててカンジもついてくる。

 ドラゴンがこちらに向き直る気配を背後に感じたが、間髪入れずにナナミが閃光の魔法を唱え、ドラゴンの目を眩ませた。


 俺はとカンジは、その隙に森林限界に達し、低木林に駆け込んだ。


「カンジさん、ここからドラゴンに武器を投擲できますか?」


「ここからだと遠すぎて威力は期待できねえぞ」


「それは大丈夫です。それじゃあ、何でもいいので、この林の中を移動しながら次から次に武器を投げつけてください」


「お、おう」


 カンジは、身につけた荷物袋から棒手裏剣に似た棒状の小刀を取り出した。


「こいつでいいか?」


「バッチリです! じゃあ、さっそくお願いします!」


「よし! 食らいやがれ!」


 カンジはそう言いながらドラゴンに向かって小刀を一投し、すぐに林の中を走って行って別の箇所からさらに投擲した。

 俺も反対側へ走り、小石を拾ってドラゴンに投げつける。

 いずれもドラゴンに届くかどうかというものだったが、ドラゴンは鬱陶しそうにこちらを向いた。

 ドラゴンはドラゴンブレスを放とうとしたが、こちらは林の中を反対側に移動しながら二人で投げつけているため、狙いを絞れず逡巡していた。

 やがて狙いをつけるのを諦めたのか、ドラゴンは適当に俺とカンジの真ん中あたりに向かってブレスを放った。

 轟音と閃光と、そして肌を焦がさんばかりの灼熱が俺とカンジの間を通り抜けていった。


 林はその部分だけ丸裸になり、焼け焦げた地面が露出した。


 そして、その向こうでは、思惑通りに冒険者たちの氷が一瞬にして昇華していた。立ったまま凍っていた冒険者も、氷が融けて支えるものがなくなり、地面にばたりと倒れ伏した。


 ドラゴンはそれを気に留めることもなく、俺たちに次の一撃を加えようと口を開けた。

 そのとき、林の中から場違いなほど緊張感のない女性の声が聞こえてきた。


「あらあ! 木が丸裸になっちゃってるわ、橋田さん!」


「ホントねえ。何だか焦げ臭いわ。山火事かしらねえ」


「こんなに強い火力が使えたら、美味しいピザが焼けそうね」


「ニコラ ピザ たべたい!」


 出てきたのは、説明会で見かけた中年女性二人と女児だった。


「アンタら、こんなとこで何やってんだ! ここは危ない、早く逃げろ!」


 カンジが小刀を投げつけながら、現れた女性たちを怒鳴りつける。


「あら。棒手裏剣じゃない。あなた、忍者なの?」


「ニコラも しゅりけんやるー!」


「ちょっと瑞恵さん、大変! あっちで人がたくさん倒れてるわよ!」


「あら本当だわ! どうしよう、助けなきゃ」


「スライム仁丹を使うのはどうかしら」


 女性たちはまったく話を聞かずに大騒ぎである。心なしか、ドラゴンすら予想外の展開に戸惑っているようだ。


「ニコラにも しゅりけん かして!」


 カンジなど、あっけに取られている間に幼女に小刀を一本奪い取られてしまった。


「あ、コラ! 子供がそんなん持つと危ないぞ!」


「わーい、しゅりけん、びゅん!」


 女児がカンジの真似をして小刀を投げると、俺の予想を遥かに上回る剛速球となって小刀はドラゴンに向かっていった。

 しかし、ドラゴンの身体に物や魔法が触れると、運動エネルギーを失ってしまう以上、この投擲もドラゴンを傷つけることはかなわない……はずだった。

 その小刀は、予想に反してドラゴンの喉元の一際輝く鱗に当たり、キーンと高い金属音を立ててから落ちていった。

 ドラゴンは、あたかも長剣を突き刺されたような、大きく苦しげな咆哮を上げた。


「当たった!?」


「わーい! ニコラ、じょうず?」


「上手っていうか、お前、なんで当てられた!? しかもなんかダメージ通ってるっぽいぞ!」


 カンジは、幼女の肩をつかんで揺さぶった。


「えへん、ニコラすごいでしょ」


 幼女は誇らしげにしているが、俺は対するドラゴンの様子がおかしいのに気がついた。


「たしかにすごいですが、なんか猛烈に怒ってるっぽいですよ……」


 ドラゴンにとってはとるに足らない小刀がぶつかっただけのはずなのに、苦しげな荒い呼吸で全身を上下させながらこちらを睨みつけている。

 飛翔の余裕もないのか、地面に降り立って猛獣のように四本足をついていた。


 一体なんなんだ?

 俺は少し考えて、はたと気がついた。

 ドラゴン、すなわち龍が怒るときたら、原因はひとつである。


「逆鱗か!」


 龍の喉元には、一枚だけ逆さに生えている鱗があるという。普段は大人しい龍も、その鱗に触れられた途端に激烈に怒り出すらしい。その鱗のことを、逆鱗と呼ぶのだ。


 注意してドラゴンの喉元を見てみると、全身を滑らかに覆う鱗の中でも、喉元の一箇所だけ突出しており、輝きも他と違っているようだ。

 まるで、何か、別のものが突き出しているような……


「ナナミさん! 拘束をおねがいします!」


 気がついた瞬間、俺はナナミに叫び、ドラゴンに向かって駆け出した。

 倒れている冒険者の治療にあたっていたナナミは、俺の声を聞いて治療を中断し、ドラゴンに向き直って拘束の魔法を唱えた。

 次の瞬間には、ドラゴンの四本の足と尾が、せり上がった地面に捕らえられ、ドラゴンの動きを止めた。


「次、閃光!」


 俺は走りながら目をつぶって叫んだ!


「閃光!」


 ナナミの叫び声とともに、まぶたの裏からでもわかる強烈な閃光が当たりを刺した。

 俺は目をつぶったまま走り、その勢いのままドラゴンに飛びつくと、喉元の突起を掴んだ。


 その瞬間、ドラゴンは大きな苦悶の叫びを上げ、同時に激しく首を振り回した。

 俺は振り落とされないように必死で突起を掴み、そのまま突起を軸に腹筋を使って逆上がりの要領でドラゴンの喉に足を着くと、一気に身体を伸ばした。

 すると、ズルリという手応えとともに、思いのほかあっさりと、突起がドラゴンの身体から抜けた。

 突起を手がかりにドラゴンの身体に逆さにぶら下がっていた俺は、そのまま落下し、背中を地面にしたたかに打ち付けた。


「おい、ヒデトシ、大丈夫か!」


 カンジが駆け寄ってくる。

 カンジに抱え起こされたところで、ナナミの声が飛んできた。


「二人とも、気をつけて! ドラゴンの様子がまた変わったわ!」


 俺とカンジが上を見上げると、ドラゴンは喉元から血を流したまま、二本足で直立し、翼までピンと伸ばして立ち尽くしていた。

 と、見ているうちにドラゴンの喉元の血が止まり、しゅうしゅうと音を立てながら、突起が抜けたあとの傷が治癒していった。


「やばい、逃げるぞ!」


 俺はカンジに肩を貸されて立ち上がると、引き抜いた突起をつかんでカンジとともにナナミの方へと走っていった。


 やがて完全に治癒を終えたドラゴンがゆっくりと目を開け、身構える俺たちの方をその燃えるような目でギロリと睨みつけた。

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