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東大生の観戦

 翌週。

 俺たちは街で軍と冒険者たちからなる討伐隊の出発を見送った。

 冒険者たちが先行し、軍がそれに続くかたちで隊列を成していた。

 冒険者たちは軍の統制下には入っていなかったが、自分たちでリーダーを決めて、その指示に従って動いているようだ。

 少し間をあけて、俺たちもこっそり討伐隊の後を追い始めた。


 千人規模の人数がいっせいに動いたことで、魔物たちを刺激したのだろうか、俺たちが先週通ったときにはほとんど姿を見せなかった魔物たちが今日は次から次へと現れて、冒険者と衝突を繰り返している。

 しかしさすがにこの人数が揃えば、ちょっとやそっとの魔物は鎧袖一触だ。

 冒険者たちは、ちょうどいい肩慣らしとばかりに、パーティー同士で連携をとりながら魔物を倒していく。

 軍の魔法兵たちも、折を見て後方から魔法を打ち込み、効果的に援護を行っている。

 初めての連合部隊とは思えないほどの見事な連携ぶりだ。

 一般的には厄介とされるウェアウルフなどの魔物が数十匹単位の群れで出てきても、危なげなく殲滅していた。


「さすがに数は力だな。あれだけの魔物をものともしてねえ」


 カンジが感心してつぶやいた。

 俺たちは、身軽さを生かして先回りし、討伐隊の戦闘を森の中から観察している。

 大規模な所帯の上、断続的な戦闘が続いているため、討伐隊の進行速度はゆっくりとしたものではあるが、一定のスピードを維持していた。

 

「山道に入っても、行軍ペースが落ちませんね」


「直接戦闘にあたっている要員以外は足を止めていないのよ。でも、そこまでして先を急ぐ必要はあるのかしら」


 ナナミの言う通り、討伐隊は次から次へと現れるモンスターに対して、それぞれ最初に接敵した周囲の冒険者が対処し、その間に本隊はそのまま行軍を続けていた。


「まあ、全体を止める必要がないっていうのもあるんでしょうけど、冒険者たちは一刻も早くドラゴンを見つけて倒したくて気が逸っているんでしょうね。正規軍はそれに付き合わされている感じじゃないでしょうか」


 見事な集団行動が実現されているようだが、この不合理なまでの行軍スピードは、既に彼ら自身のコントロールを脱しつつあると見たほうがいいだろう。


 そうして見ている間にも、目の前を討伐隊がどんどん進んでいく。山道なので、横に並べるのはせいぜい4人。全部で約1000人なので、250列におよぶ長蛇の縦隊となっている。

 やはり、隊列の中でも冒険者が後ろを顧みずにどんどん進んでいき、軍はそれに追いすがっているという様子が見て取れた。


 しばらく討伐隊の行軍の様子をうかがっていた俺たちも、先へ進むことにする。見つからないように気をつけながら、森の中を進み、森林限界が近づいたところで再度木々と茂みの間に潜んだ。

 ここから例の稜線まではもういくらもない。

 前方をうかがうと、早足で進んでいた最前列が、ちょうど稜線を越えるところだった。


 討伐隊の最前列集団が稜線を越えて、向こう側へ消えて間もなく、わっと沸き立つ声と叫び声、ガチャガチャと騒々しい物音が聞こえてきた。


「出たぞ! ドラゴンだ!」


 その叫び声が俺の耳に届くのとほぼ同時に、同じくその声を聞いた討伐隊の後続が色めき立って我先にと駆け出した。

 冒険者たちの隊列はあっという間に乱れて、あとには軍の魔法兵たちが取り残された。

 魔法兵たちは、どうやら稜線を越えるつもりはないらしく、山道を踏み越えて横にも広がり、陣形を整え始めた。


 稜線の向こう側からは、金属音や打撃音、人の叫び声や地を揺るがすようなドラゴンの吠え声などが聞こえてくる。派手に戦闘が繰り広げられているようだ。

 ぽろぽろと、何人か手負いの冒険者が稜線からこちら側に逃げてくるのも見える。


 やがて陣形の整った軍は、観測兵の小隊を前に出し、稜線の向こう側を観測させた。

 観測兵たちは観測位置に付き、戦闘地域をじっと見やると、複雑な手信号で本隊に合図を送る。

 手信号を受けた本隊の方では、説明会のときに前に立っていたアダマンが大声で何やら指示を出す。その指示が部隊長などの下級指揮官によって繰り返され、波のように浸透していった。

 続けて、アダマンのカウントダウンが聞こえ、ゼロになった瞬間、魔法兵たちが一斉に稜線の向こう側を目がけて氷魔法を打ち出した。


 数秒後、数百の氷弾が一斉に着弾し、耳をつんざくような爆音が峰々に轟いた。


「ちょっと! あれじゃあ冒険者たちを巻き込んでるわよ!」


 ナナミが顔色を変えたが、軍の方では粛々と第二波の準備を整えていた。

 何人かの冒険者がまた稜線からこちらへ逃れてくる。中には血だらけになっている者もいるようだ。

 ドラゴンの攻撃によるものか、それとも氷魔法によるものかは判断がつかない。


 着弾を観測した観測兵たちは、逃れてくる冒険者たちには目もくれず、ふたたび手信号を送る。

 それを受けたアダマンの号令一下、再度数百の氷魔法が飛んでいった。

 さきほどと少し軌道が異なっており、微修正がなされたようだが、もはや氷弾というよりブリザードに近い氷魔法の嵐の前には多少の修正はあってないようなものに思われた。


 再びすさまじい轟音が響き渡り、続けてドラゴンの咆哮が聞こえてきたかと思うと、稜線上が灼熱を伴うまばゆい光線で薙ぎ払われた。

 あまりの眩しさに反射的に目をつぶった俺がふたたび目を開けたときには、稜線上に位置どっていた観測兵たちの姿はもうどこにもなかった。


 続いて、やけに大きな羽ばたき音が聞こえたかと思うと、稜線上空にドラゴンが姿を現した。


 それを待っていたように、アダマンに指揮された魔法兵たちは三度氷魔法を斉射した。

 さきほどのように稜線を越えるための山なりの軌道ではなく、直線的な軌道で放たれた多弾の氷魔法は、吸い込まれるようにドラゴンに向かっていく。

 狙いの精度の高さは、さすが正規軍ともいうべきもので、冒険者たちではこうはいかないだろう。

 数秒も待たず、氷魔法は全弾ドラゴンに直撃するかと思われた。

 だが、氷弾がドラゴンの身体に触れるその一瞬前に、すべての氷弾は推進力を完全に失い、ドラゴンに当たることなく重力に従って落下していった。

 稜線一帯の山肌が氷結し、辺りに冷気が立ち込める。

 その上空では、三度の魔法攻撃を経ていまだ無傷のドラゴンが羽ばたき、次なるドラゴンブレスを放たんとして口を大きく開けているところだった。

 魔法兵たちのほとんどは攻撃がまったく効いていないことと、いままさに自分たちが危機にさらされていることに動揺し、恐慌をきたしていた。

 話が違う、稜線からこっちにこないんじゃなかったのか、などというような悲鳴混じりの声も聞こえてくる。

 それでも一部の兵たちは、なんとかドラゴンを撃ち落とそうと氷魔法を散発的に放っていたが、当然ながら一切効果は見られなかった。


 そのとき、しびれをきらしたカンジが茂みから飛び出して叫んだ。


「補助魔法を使え!!」


 アダマンをはじめ、何人かの軍人が驚いた顔でこちらを振り向いたが、すぐにアダマンは魔法兵たちに指示を出し、気を取り直した魔法兵たちは一斉に煙幕の魔法を放った。

 ドラゴンの周囲に、非常に濃度の高い黒煙が発生し、ドラゴンの姿は完全に見えなくなった。

 ドラゴンの苛立ったような吠え声と翼の羽ばたき音が聞こえるが、数百人規模での煙幕魔法はそう簡単には晴れない。


 カンジが飛び出してしまったために存在が暴露してしまった俺たちは、茂みから飛び出した。

 目で合図を送り合い、ドラゴンが煙に巻かれているすきに行動を起こす。

 目指すは稜線の反対側。冒険者たちを救出するために姿勢を低くして駆け出した。


 一方、一時的に絶体絶命の危機を逃れたとはいえ、軍には、俺たちをとがめるような余裕はない。

 そのままだと数十秒後にはふたたびドラゴンブレスの的になることが明白だからだ。

 アダマンが額に青筋を浮かべてほうぼうに指示を飛ばし、魔法兵たちは小隊規模に分散して、森林限界ぎりぎりの低木林に飛び込み、撤退をはじめていた。


 俺たちが薄れていく煙幕を気にしながらも、なんとか峰を越えると、そこはさながら氷像の倉庫のような有り様だった。

 武器を構えて立っている者、傷つき倒れている者、頭をガードしてうずくまっている者。

 数百体もの冒険者たちが、例外なく凍りつき、一切の熱量を失っていた。

 前世で見たポンペイの遺跡を思わせる惨状に、俺たちは思わず立ち尽くした。


「こりゃひでぇ……ドラゴンより軍の方がよっぽど被害出してんじゃねえか」


 カンジがつぶやく。

 まったくもってその通りだった。そして、これは軍にとっては予定通りの展開だったのだろう。

 冒険者たちでドラゴンを足止めし、その隙に大火力魔法で冒険者ごと叩く。

 冒険者の損耗を気にしなければ、たいへん合理的な作戦だ。

 ただし、ドラゴンの守りの堅さと、稜線を越えられるというのは誤算だったようだが。


「こいつら、助かるか?」


 カンジが、一番そばの氷づけになった冒険者に駆け寄って調べていたナナミに聞いた。

 ナナミは難しい顔のまま、頷いた。


「いますぐ氷を融かして身体を温めて、治癒魔法をかければまだ助かる可能性はあるわ……」


「ヤツがそれをさせてくれれば、ってことですね……」


 俺はすっかり薄くなった煙幕を完全に振り払いつつあるドラゴンを見上げた。

 真下から見ると、輝く鱗に覆われたドラゴンは、ひときわ凄まじい存在感を全身から発していた。


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