東大生の潜入調査
冒険者ギルドを通じてドラゴン討伐の依頼を仮受任した俺たちは、募集が締め切られたあと同じように仮受任した冒険者たちを集めて開かれた説明会に出席した。
会場である公会堂に居並ぶ冒険者たちは、いずれも並々ならぬオーラを感じさせる実力者ぞろい。ただし、ギルドではこの規模であってもやはり無謀なクエストという評価がなされており、参加しているのはどちらかというと、売り出し中の若手パーティーが多かった。
集まった冒険者は総勢500名。国軍、騎士団ら500名と合わせて1000名規模の討伐隊となる。
危険を顧みない血気盛んな連中は、着席しながらも落ち着かなそうに今か今かと説明会の開始を待っていた。
そんな中、なるべく目立ちたくない俺たちは、後ろの方の席に陣取ってひそひそ話をしていた。
「なんだかみんな殺気立ってるわね……」
「ちょっとさっき話をしてきたんだが、どうやら連中、ドラゴン討伐で一番手柄を立てたヤツが『光の剣』をもらえると思ってるみたいだな」
「あの分かりにくい書き方は、きっと冒険者のやる気を引き出すためにわざとそうしたんでしょうね……あ、来ましたよ」
前方壇上に設えられた演台に向かって、官吏らしいパリッとした服を着た男が悠然と歩いてきた。
それまで騒がしくしていた冒険者たちが、男の登場に気づいて雑談をやめ、会場内はすっと潮が引くように静かになる。
男は演台に着くと、一同を睥睨し、エヘンとひとつ咳払いをしてから話し始めた。
「みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございます。私は、今次のドラゴン討伐計画の責任者を務める共和国政府魔獣災害対策局のアダマンです」
共和国には、近代的な官僚組織があるらしい。俺は新鮮な驚きを覚えるとともに、これからの仕事に対してどう影響するか考えた。
洋の東西を問わず、官僚機構というものは例外なく硬直化し、前例主義を美徳としているものだ。
そうなると、事前に決められている範囲を超えた情報収集の成果は、期待しにくくなる。
しかし、一方で硬直化した役所の中で、ある程度権力を持っている役人ほど鼻薬の効きやすい相手もいない。
このアダマンという担当者が与し易い相手かどうか、様子を見る必要があった。
俺が考えている間に、アダマンは今回のプロジェクトの説明を進めていた。
「本討伐計画では、冒険者のみなさんは共和国軍と協力してドラゴン討伐にあたっていただきますが、原則として軍とは別の役割を担っていただくことになります」
まあ、それはそうだろう。軍とは一糸乱れぬ組織力こそが最大の力であり、にわかに冒険者を組み込んだところで機能するものではない。
冒険者たちの方も、組織の中に入るのがいやでこの道を選んだという者が大多数を占めており、当然だとばかりに頷いている者が多い。
「具体的には、軍に先行して魔物たちをどんどん撃破していっていただきます。軍は、後方から必要に応じて支援を行います。と言いますのも、今回のドラゴン討伐予定地は急峻で知られる曙光山脈です。大規模な部隊展開は難しいので、軍の部隊編成は魔法科が中心となります。したがいまして、前線は小規模パーティーでの行動に優れた冒険者の皆さんにお任せするかたちになります」
なるほど、今回わざわざ報酬を払ってまで冒険者を雇い入れた理由はそこにあったか。
たしかに、平地での対国家戦争を主眼にした正規軍は、ドラゴン相手の山岳戦には向かないだろう。軍は魔法兵による後方支援を主務としながらも、冒険者たちと同数でもって討伐隊を構成することで、国としてドラゴン討伐を主導したという体面も維持できるというわけだ。
「基本的な方針は以上の通りですが、なにか質問はありますか?」
アダマンは説明を終えると、会場を見渡して質問を促した。
すぐにいくつか手が上がり、アダマンは会場前方の大柄な男を指した。その男は、このあたりでは名のしれた冒険者のようで、周囲から敬意のこもった視線を集めている。
男が立ち上がり、さっそく質問をぶつける。
「ドラゴンを倒すなんてのは数百年に一度の大事のはずだ。この世界でドラゴンを殺ったことのあるヤツなんて一人もいねえだろう。1000人で倒せるのか、どうやったら倒せるのか、弱点はあるのか。正直、俺たちにゃあどんな備えをすればいいかすらわからねえ。そのへんはどうなんだ?」
ド直球だが、いい質問だ。
俺は期待をこめてアダマンを見つめた。
アダマンもこの手の質問は十分想定の範囲内だったようで、軽く頷くと手元の資料に目を落として答え始めた。想定問答の用意もあるようだ。
「目撃情報から、ドラゴンは二枚の皮膜翼の生えた胴の太いトカゲのような見た目の巨大な魔物で、伝説にあるように自由に飛翔し、ドラゴンブレスと呼ばれる火炎を口から吐くことがわかっています」
俺の頭の中のドラゴン像の候補から、長い蛇のような和風の龍が消えて、西洋風のドラゴンが残った。
なるほど、シェンロンじゃなくてバハムートね。
アダマンの説明は続く。
「このことから、まずは皮膜翼を何らかの方法で無効化し、機動力を奪った上で、直接攻撃を加えるのが有効だろうと考えています。また、巨体なので直接攻撃手段としては、打撃よりも斬撃が有効でしょう」
なんとか飛べなくしてから、よってたかってタコ殴りするってわけだ。
「耐性に関しては未知数ですが、炎を吐く以上、少なくとも炎耐性はあるのではないかと思われます。そして、伝説の魔物とはいえ、一個の生物である以上、圧倒的多数による制圧は可能であろうと考えています」
いや、それはどうか。
一騎当千という言葉もあるくらいだ。1対1000を逆転する手段なんて俺でもいくらでも思いつくぞ。
しかし、質問した男はそれで納得したようで、「なるほどな」などと言いながら着席した。
「他に質問のある方はいらっしゃいますか」
今度は、小柄だが元気のよさそうな少年冒険者が指名され、質問を行った。
「伝説なんかだと、ドラゴンを倒したら、『光の剣』が手に入るのがお決まりですけど、止めを刺した人がもらえるってことでいいんですか?」
それを聞いた冒険者たちは、何を当たり前のことを聞くんだというような、半ば馬鹿にしたような顔をしていたが、アダマンはぴくっと微かに眉を動かした。
「……当然ながら、ドラゴンに止めを刺した人には、この上ない栄誉が与えられるでしょう」
その答えに、質問をした冒険者は納得したように頷きながら席についた。その冒険者もまわりの冒険者たちも、ハナから止めを刺したものに『光の剣』が与えられると思いこんでいるため、アダマンの答えを肯定と受け取ったようだが、これはもちろんそういう答えではない。
「野郎、はぐらかしやがったな……」
カンジが隣で歯ぎしりをする。
ナナミも俺の方に少し顔を向けて聞いてきた。
「どうする? ヒデトシ。注意書きのことを追求する?」
「いや、その件は俺たちの手札にしておきましょう」
俺は前を向いたまま、答えた。
その間も、何件かの質疑応答が続いたが、大して実のある質問は出てこなかった。
最終的には、どこかの団地で井戸端会議でもやってそうなおばちゃん二人と幼女からなる異色のパーティーが、やたら食べ物についてアダマンを質問攻めにし始め、げっそりしたアダマンが質問を打ち切った。
説明会はそれで終了となり、冒険者たちもそれぞれパーティーでがやがやと話しながら会場をあとにしていった。
最後に質問をしていたおばちゃんたちが、「ドラゴンって食べられるのかしら」「瑞恵さん、そういうの取らぬ狸のなんとやらっていうのよ」などとやかましく話しながら出ていくのを見て、俺がどこの世界にも似たような人種はいるものだなあと感慨に浸っていると、いつの間にか会場の出口のところまで行ってしまっていたナナミとカンジが振り返って俺を呼んだ。
「ヒデトシくん、さっさと来ないと置いていくわよ!」
「待ってください! いま行きますから!」
俺も慌てて会場をあとにするのだった。
*
宿に戻ってさっそく俺たちは作戦会議をする。
「で、俺たちはどうするんだ? 連中と一緒にドラゴン退治に行くってことでいいんだっけか?」
「違うでしょ。あの依頼を受けてしまったら、『光の剣』は没収されちゃうんだから」
カンジの発言をナナミがぴしゃりとはねつける。
そうなのだ。いかに悪どかろうとも、規約は規約で、相手は国だ。ごねたところでひっくり返るとは思えない。
俺たちは説明会後の正式な依頼受任申し込み手続きをパスして帰ってきていた。
「ですから、俺たちは独力でドラゴンを倒さないといけません」
「そんなこと、可能なのか?」
「おそらくは。なにせ、今回の説明会でいろいろ情報が出てきましたからね」
「そこはヒデトシくんに任せたわ。頼むわよ。天才商人!」
ナナミが、俺の背中をばしばし叩いた。
「痛っ! 痛いですって、ナナミさん! 作戦を考えているので、説明させてくださいって!」
「さすがだな、天才商人」
あやうくナナミにボコボコにされそうになった俺を、カンジもニヤニヤしながらからかう。
「俺は天才なんかじゃないですってば……」
心底からそうつぶやきながら、どちらかというと秀才型東大生だった俺は、ドラゴン討伐作戦の説明を始めた。