白菊
久々に目を覚ますと、外にはもう霜が降りていた。
「もう霜の季節なんだ。」
縁側からそっと庭に出る。この家に人の気配はない。多分僕を置いてまたどこかで出かけたのだろう。僕はこの家に不必要だから。
「立派な庭。」
自己顕示欲の強い父のことだ。年に数回しか人に見せる機会なんてないのに、とても手が込んでいる。この美しさは庭師の力量かもしれないが。
僕が病気になる前はよく、お気に入りの盆栽とか見せてくれてたのにな。ああでも、この前は怒って母に投げつけていたっけ。あれは危なかったし掃除も大変だったと思う。
父は"先生"と呼ばれる職種の人で、何回か父を訪ねに媚び諂えた笑顔を顔に貼り付けた人たちが来ていた。僕のことも同じように敬ってくれていたのだろうけど、凄く鬱陶しかったのを憶えている。
僕がこんな風になってしまったから、きっと両親は器量の良い弟のことを可愛がっているのだろうな。それはそれで良い。弟は本当に要領も良く頭も良い。彼が家を継ぐなら、僕も安心だ。
それにしても冷たい風が肌を指す。時計を見るとまだ8:00だった。出掛けるには少し早すぎるような気もしたが、家の中からなんの音もしないし、いつもだったらこの時間は母が家中を動き回っているはずだ。朝から忙しい人たちだ。
「あ、菊……。」
一本くらい折っても良いだろうか。気品高い菊を、枕元に置いておきたいなと思った。次起きた時には萎れているかもしれないけれど。
ぼうっと考えながら菊を見ていると、段々手が冷たくなってきた。はあっと息を手に吐いてみると、その息も白い。
冬は本当に白ばかりだ。冬が白を作り出したのか、それとも白が冬をより一層映えさせているのか、どちらかはわからないけど、自然に生まれる白は冬ばかり。
そろそろ中に入らないと風邪をひいてしまう。そこら辺の菊を一本持ち帰ろう。
そう思って手を伸ばしたのは、より幻想的な白菊。
「これは、部屋に持ち帰ってもこんな綺麗には取っておかないなぁ」
ふっと口から笑みが漏れた。
どうせ霜で白くなっているんだから、どの花を折っても変わらないだろう。手当たり次第に一つ持ち帰った。
ああ寒い。起きてるうちにこの景色を楽しまないと。