第五十一話 信頼と覚悟
「さぁ、かかってこいよ。戦う勇気があるのならな」
「・・・・」
さっきまで着ていた黒い服はびりびりに破れ、手とお腹は鍛えたような筋肉がついていて、その筋肉の成長のせいか、身体もひとまわり大きくなったような気もした。
「・・・・エマ」
「・・・・あぁ、わかってる」
この恐怖は初めてだった。それはグミにも伝わっているらしくて、ぶるぶると肩の上で震えているのがわかった。もちろん、僕も震えている。
「どうした? かかってこないのか?」
ニヤリと笑って言う男に僕は、
(・・・いったいどうすればいいんだ)
と考えていると、
「・・・エマ、逃げよう。もういいよ。勝てないよ。他の人に・・・」
そう言われた瞬間、僕はふと気が付いたことがあって、
「ダメだ、グミ。他の人がいるからこそ逃げたらダメなんだ。ここで逃げたら、誰が戦うんだ。
フウさんやラット、アカネだって戦って傷ついている。そんな力でこいつに勝てるわけがないんだ。だから、僕が倒す。もう腹くくってやるよ‼」
そう言ってナイフを抜いた。すると、
すぅぅぃぃぃいいん‼
と急に僕の身体が光り出したのだった。
「なんだ、なんか力が湧いてきた」
手を見て驚いていた僕にグミも驚いて、
「それは、感情系SC『覚悟強化』の力だ。ただ、この力は一時的、そして制限付きな力で、通常の何倍もの力を使える代わりに、この力は使えば使うほど疲労が積み重なり、まともな奴でも三十分後に倒れる」
「これが、覚悟の力」
「あぁ、だが、早く・・・」
「わかってる、三十分あれば充分だ」
そう言って男の顔を見た。男は、
「なんか、光っているが、大丈夫か?」
と苦笑して聞いてきた。僕は、
「大丈夫だよ。いいから、構えときなよ、捻り潰してあげるよ」
と答えた。すると、鼻で笑って、
「ふん、そう言えば、もう一人女が来たが、そいつは情けないことに俺の洗脳を解くことが出来なくて、出て行ったがその後大丈夫だったか?」
と言ってきため、僕も鼻で笑って、
「あぁ、その事か。大丈夫さ。僕の親友だぞ? たかが洗脳、たかが催眠術。そんな胡散臭いものに負けるわけがないだろ。あんなのここの問題だ‼ ここの‼」
そう言って胸をどんどん叩いて言った。
「さぁ、かかってこい。見せてやる。そして、証明してやる。僕ら仲間同士の信頼と覚悟の力を‼」
そう言ってグミを逃がして、ナイフを構えた。
△
(・・・・ハァ・・ハァ・・ハァ・・ハァ・・)
私は膝に手をつき過呼吸の息を整えていた。
「どうした? もうばてたか?」
そういう女、クラウンは全く息が上がっていない。
私は深呼吸をして、クラウンの方に向かって駆けて行く。懐からナイフを二本出して投げた。しかし、
「当たらんよ」
と言って、二本のナイフを弾いた。私は跳んで、二本のナイフを縦に払う。それに対して私が跳んだのを見ると、クラウンは両手に持っていたナイフを上に投げ、片手を地面につけて顔面を蹴った。空中でかわすことができなかった私は、その蹴りを顎に受け、身体がのけぞり、よろけ、そんな様子の私を落ちて来たナイフを両手で受け止めた後、お腹にパンチをした。
「・・・おいおい、勢いは最初だけか? もっと楽しませてくれないと間違って殺してしまうぞ」
その言葉に、私は歯を食いしばった。私は息が上がるだけ頑張っているのに、クラウンは間違って殺してしまうと言った。つまり、まだ本気で殺す気でやっていないと言う事だ。それがとてつもなく悔しかった私は、
「うううぅぅわああぁぁぁぁぁ‼」
気が付けば叫んで無我夢中で走って行った。悔しさ、そして怒りをSCによる攻撃に乗せて。しかし、
「・・・・おいおい」
とため息をついたクラウンは、まるで私の攻撃がわかっていたかのように、斜めにはらったナイフを受け止め、右腰に回し蹴りをした。それによって、後ろに下がる私のお腹に向かって、思いっきりパンチをぶつけた。
私はその強さにバランスを取りながら数センチ下がるが、結局バランスが崩れて尻をついて倒れた。
(・・・・ハァ・・・体力が・・・もたない)
感情系のSCというのはそれを維持するのに体力を使う。特に喜怒哀楽の『怒り』は感情系SCの中では一番体力を使う。
(・・・いったい、どうすればいい)
私は必死に考えた。絶体絶命のこの場面で。
(・・・何をしろって・・・・思いつくわけないよな)
私は思わず笑ってしまった。とその時、
「・・・・え」
私は思わずそんな声が漏れてしまうほど、驚いてしまった。さっきまで切れかけだった体力が少し回復したのだった。
そこで私は、ふと盲点に気が付く。そして、賭けに出た。
(できるかわからないけど、やるしかない)
そう思って深呼吸し、そして、
「・・・・なっ‼」
笑った。思いっきり笑った。体力が癒されていくのがわかる。怒りもやっぱり残っている。できたのだ。考えた通り。私のSC喜怒哀楽の『癒しの喜び』と『悪魔の怒り』の同時発生。王国戦の時、『悪魔の怒り』と『奇跡の楽しさ』を同時に発生させ、戦いに勝つことが出来た。しかし、戦闘中に怒りという感情は勿論、戦闘を楽しむという感情ができなくないだろうと思った。少し異常かもしれないけれども楽しむことはできるのだ。しかし、今回は正直無理だなって思った。喜びと怒りなんてそんなのはかけ離れて過ぎていたからだ。
けど、怒りを残しつつ、身体の怪我や体力が回復していく、そんな小さな喜びをつくることができたのだ。
(これで、回復しながら戦える)
そんな喜びもあってか、またどんどん回復していく。私は笑いつつ、クラウンを見ると、クラウンは
「なんだ? 何で笑っているんだ? お前は」
そう言うクラウンに私は笑って、
「あなたのSCは、『反射神経』の強化ですね」
と言うと首を傾げ、
「なんでそう思う」
と聞き返してきた。私は、
「どんな攻撃も必ず反応して受け止めて攻撃に転じていました。その瞬間予測系なのかと思いましたが、当たる直前で私の投げたナイフを弾いていたので、そうじゃないんだなって思いました。そこからはなんとなく予想してそう思いました」
「へぇ、そうかい。でも、それがわかっても、意味なくないか?」
「・・・・いや、今から始まりますよ。途方もない斬り合いが・・・・」
そう言って私は駆けだした。
「だから、どんなに突っ込んできても変わらないだろうが‼」
そう言って顔に向かってついたナイフを弾き横腹を切った。しかし、
「・・・・なっ‼」
クラウンは私のSCによってみるみる癒えていく傷にビビっていた。そして、
「これは、お返し‼」
そう言って頬に擦り傷を付ける。
クラウンは変化を感じたのか、後ろに下がる。そして、
「なるほどな。怒りながら喜ぶ。狂ってるなお前」
「そうですね。なら、これからはこの状態を狂った悪魔状態とでも呼ぶことにします」
そう言う私に、
「しますって、即興だったのかよ。やっぱりお前は面白い。いいぞ、なら本気で、殺す気でやってやる」
そう言った途端、クラウンの殺気が場を覆いつくした。私はただ、これが二度目だからなのかは知らないが、全く恐怖をいだかなかった。そして、
「行くぞ、うわぁぁぁぁ‼」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
とお互い叫びながらナイフをお互いぶつけ合った。そして、お互いの横腹を蹴ったり、顔を殴ったり、ナイフで斬り合ったし、とうとう、
ガギン‼ ガギン‼
(・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・)
私は右手のナイフが、クラウンは左手のナイフが折れたのだった。お互いのナイフの刃がぶつかり合うごとに脆くなり、やがて砕けたのだ。
「お前、やっぱり戦っていて楽しいな。お前もそうだろ?」
「そうですね。きっと、敵じゃなかったら友達になれたと思います」
「あぁ、そうだな。・・・だが、運命ってやつは意地悪だな。私らは残念ながら敵同士なんだよ」
「はい、そうですね。残念ながら。だから、そろそろ・・・」
「あぁ、そうだね。だから、そろそろ・・・」
お互い笑い合い、そして、
「「終わらせよう‼」」
そう叫んで、私もクラウンも一気に駆け抜けた。そして、
シキィィン‼
昔、ここより東の国、それこそアカネがいた国にいた人で〈サムライ〉という職に就いていた人がいたらしい。その人達は決着がなかなかつかない時、軍の代表者同士が戦い合いあったのだという。その時、互いに横腹を切り合い、相打ちに終わった戦いもあって、その場合はまた代わりに代表者を出して勝敗を決めたのだという。
今の私達が、まさしくそんな感じだった。ただ違ったのは、相打ちではなかったことだ。
クラウンは横腹から血が出てばたりと倒れたが、私は別に回復もしていないのに血が一滴も出ていなかった。不思議に思って横腹を見ると、ポケットがあって、手を中に入れると、中に何か入っていたため取り出し、出てきたものに思わず私の目から涙が出た。そして、
(・・・・ありがとう・・・エマ・・・)
と朝まで入っていなかったはずなのに、いつの間にか入っていた不思議なお守りに私はお礼をした。




