第四十話 狙撃と酒
私は息を吸った。そして、耳を澄ます。
(・・・・最初は二キロ先南東方面から銃声が聞こえた。ただ、二発目、三発目。男の耳を撃ち抜いた時は二.五キロ先南南東。遠くなった・・・・)
私はそんなことを考えながら目を閉じた。すると、
バン‼
(一キロ先の南⁉)
一気に近づいてきたのだった。
前回の荒波戦で私の敵だった人形遣いなのかと思ったが、それは考えづらい。あの時と違って銃の音がバラバラじゃない。
私はスコープで銃声のする方角を覗いた。すると、
(・・・・え⁉)
心の中でそう思うほど、信じられない光景をスコープ越しに見てしまったのだ。
宙を歩いていた。いや、あれは滑っているのだろうか? とにかく、浮いていて、素早く移動していたのだ。姿は茶色のコートを羽織った女で、目には何かつけていた。
私は少し焦りながらも、とりあえず落ちついて、普通の銃弾を放つ。しかし、かわされ、そして、
パッリン‼
スコープが破壊された。
私は何かの冗談か、悪い夢かと思った。撃つ体勢ではなかったからだ。狙撃手は伏せるか、もしくは腰をおろして、片膝をつき撃つのが主流だ。立って撃つ人もいるが、それは反動にも耐えられる脚力をもっている人だ。それなのに私の八倍スコープを的確に命中させた。後ろに身体を傾け、私の弾を避けながら、まるで、必ず当たると確信しているかのように。
予備は持っているが、二倍スコープだ。それにたぶんそれも付けたら破壊される。なんとなくそんな気がするのだ。
(・・・予測強化。それもレベルや場数が私とは比べ物にならないくらいの・・・)
強者。狙撃手のとってのそれは、場数や経験、あとはセンス。この三つが高ければ高い者程強い。
予測強化のSCを持った狙撃手は今まで結構戦ってきた方だが、その中で断トツのうまさをほこるだろう。
だが、残念なことに、私はこの女の欠点に気付く。それは、
(・・・過信)
絶対勝てる。絶対に負けない。負けるわけがない。それは勝ち続け、負けの無い者ゆえの特有の絶対的自信を私はこの女に感じた。そして、それは確かなのだろう。ただ、それは時に欠点になりうる。『足元をすくわれる』というやつだ。
「・・・・あまりお痛しちゃだめよ」
そう呟いて、立ち上がり、そして、腰に付けていたヒョウタンを取り出し、
「・・・・ゴクッ、ンクッ、ウップッ・・・プハ~」
ラッパ飲みをした。そして、そんな私を、
バン‼
女は銃を放った。しかし、
「・・・・あ~、酔った~」
私はしゃっくりをしながら、女を見た。銃弾は私の右を通過した。かわしたというよりは、よろけたのだ。そして、
「あ~、私のあいじゅ~。あるぇ? 私のすこーぷない?」
ボーとした頭を回転させ、壊されたことを思い出す。
「あの子、ちょうしのちゃてるにゃ~? いじめはいげまでん」
そう言って狙撃銃を肩にかけ、スコープ無しで女を覗く。そして、
「・・・そこだぁ~」
バン‼
女の頬にはわずかな掠傷がつき、手で拭く。そして、驚いていた。
「? あれれ~、あたってない~? やっぱり、すこぉがないとわからないにゃ~」
そう言って、また引き金を引く。これを女は間違えなく避けれると思ったはずだ。だが、
「はい、残念でしたぁ~」
グィンン‼
あたりが一面明るく、そして、大きな音がなった。弾の名は轟音雷光弾(GSD)。これは戦闘中の酔い覚ましように用意している弾だ。とてつもない音と光で相手の耳と目に一時的な障害を起こす。
(もしものために持ってはいたけど)
なるべく使いたくなかった。これはその光に近ければ近い場所にいるほど、長時間障害を被る。あの女の位置で二、三分だろう。
私の位置でも十秒くらい障害が起こる。しかし、
「・・・ふ~、酔いがさめた」
そう言って目を擦る。そして、目の前を見ると耳を塞ぎ、地面に膝をつき倒れる女がいた。
予測ができない動きができるのは酔った人間だ。それにより、相手の弾を避けたり、掠り傷を付けたりする攻撃をすることができる。そして、動揺させ、いつでも撃ち抜けるという挑発的煽りも加える。そして、焦りや、怒りといった冷静とは離れた感情を作らせ、絶対避けるとだけ考えらせる。予測という手段を忘れさせるくらいの気持ちにさせる。
今回は意外とそれが早かったが、冷静さ、平常心が失われる瞬間というのはそういった煽りや思いもよらない行動で失われる。特に思いもよらない行動というのは『予測破り』にも繋がる。
そして、平常心を失った狙撃手は、もう銃をもった人にすぎない。後は予測出来たらなんとかなっただろうあの音と光の攻撃で行動不能にさせる。
「・・・ごめんね。君には狙撃手の心得が足りなかったね」
そう呟いて、眠り弾を放ち気絶させた。




