第三十六話 強き欲と風の音
「おら、どうしたよぉ‼ 強欲‼」
「・・・くっ‼」
マリンキャップを被った男は戦っているうちにとてつもなく強くなっていった。武器を出す隙も与えないくらいの攻撃の速さと重さで私は逃げるのが精一杯だった。私は少し距離をとって、
(・・・仕方ない)
と意を決して、男を見て言った。
「お前、名前は?」
「名前・・・・そんなのはないが。組織では『タイラント』と呼ばれているが、それがどうした?」
「そうか、ならタイラント。お前に聞こう」
そう言って私はニヤリと笑って言った。
「お前は『風の音』を聞いたことはあるか?」
「は?」
そう首をひねり、男はそう返したが、私はそんな男の返事を無視して、走り出した。そして、
プシッ‼ プシッ‼
「なっ‼」
男、タイラントは急に横腹が出血したことに気付き、驚いた。しかし、私の蹴りは正確にかわし、私のお腹に一撃。間一髪、地面に向かって思いっきり息を吹き、その一撃から逃れる。そして、私は、
「さっき、お前の横腹を切った。それが『風の音』だ。『音』っていうのはつまり振動だ。だから、私が起こした風の振動で出来たのがお前の傷なわけだ。つまりその傷は私の『音』による振動でできた掠り傷。ここまで説明して、わからなければ単なる馬鹿だが。一応聞こう、降参しないか?」
私はそう言うと、男は一瞬目を見開いて驚いていたが、やがて、ぷっと吹き出し、
「え? 何? 追い込んだつもりなのか? むしろ追い込まれているのにお前はいつ気付くんだよ。風の音? 何の話だ? さっぱりだよ、七鬼の強欲さんよぉ」
とタイラントは笑い、私もニヤリと笑って、
「だよな。良かったよ、私よりも馬鹿で」
そう言って私は、男のいる位置と反対側に走って行った。タイラントは、またもそんな私を見て笑い、
「おいおい、大口叩いて、逃げんのかよ」
と大声で笑いながら言った。
勿論、そんなわけはない。逃げたのではなく、離れたのだ。私の力を、技を存分に発揮させるために。そして、私は男から五メートルくらい離れたことを確認すると、一度止まり、そして、背中を向けたままジャンプした。そして、
プジュ‼ プジュ‼ プジュ‼
それはさっきよりも早く。本当に言葉通り、一瞬の出来事で、男は驚いていた。男の横腹、右肩、右腿に風穴があいていたのだ。そして、さらに男は驚く。さっきまで自分とあんな距離があった私が、なぜか自分の背後にいたためだろう。私は呟いた。
「・・・風神の鎌鼬」
そして、男はばたりと倒れた。しかし、男は必死に立ちあがろうとした。
私は言った。
「やめておけ。起き上がると思って、立ち上がれないように、私は右腿を狙ったんだ。これでな」
そう言って、胸の内ポケットから出したのは竹で出来た筒だった。
「吹き矢ではないが、それに似た攻撃だ。私の息はSCで強化されているものの一つの物を集中的に貫くことはできない。だって、息は紙を吹き飛ばすことはできても、穴をあけることはできないからな。それは竜巻を起こすくらいの肺活量を持った私とて同じこと。ただ、この筒を使って吹けば話は別だ。一気にまとまった風が速さによって矢のようになり、相手の身体を貫く。その速さは音速だ」
ちなみに、さっき離れた理由は、私自身が自分のSCを利用して移動するために的確な距離をとる必要があったからだ。
移動手段はいたって単純。私が飛んだ瞬間思いっきり息を吹き、そして、男の歯後まで一瞬で移動。例えるなら、ロケット風船を膨らませて前に飛ばすような感じだ。後は、竹筒を通して音速の風を男の身体めがけて撃つだけだ。
「安心しておけ、致命傷にはならない」
そう言い残して、先を急ごうとするが、一度足を止め、少し男の方を見て言った。
「私は確かに強欲だ。ただ万物が欲しいわけじゃない。すべてを欲しない。そういう欲じゃない。ただ私は、仲間を守れたらそれでいい。そのために強くなりたい。たとえどんな手段を使ってでも。そんな強い欲だ」
そう気絶して意識もないであろう男に言って、また貧民街の最深部に向かって走った。
冬休み~‼
書くぞ‼ 全力で‼ 一日一話‼




