第三十四話 涙の理由と戦う理由
「・・・さて、エマ。結果として、私が勝ち、あなたを殺してしまうのだけれど・・・何か言い残すことはありますか?」
仰向けになった僕の身体の上にまたがって、馬乗りの状態となったカレンは僕を見下ろしてそう言った。僕は、目をつむり、鼻で笑って言った。
「言い残したいこと・・・か。なら、ひとつだけ・・・」
そして、目を開いて言った。
「君じゃ、僕を殺せない。・・・いや、違うな。正しくは。殺さないだ」
そう言うと、カレンはぷっと吹き、あははと笑って言った。
「エマ、あんたって、ほんと頭の中がお花畑ですねぇ。私があなたを殺さない? まさか、私が外すとでも? よく本で見るような、ありきたりな結果になるとでも? 私は、あなたを殺す‼ 絶対っ‼」
「・・・そうか」
そう言って、僕はニヤリと笑って、
「なら、さっさとやれよ」
そう言うと、口角をぐっと下に向けて、言った。
「殺す、絶対に・・・絶対に・・・」
そう言って、ナイフを両手で握り、上に持ち上げて、
「あぁあぁあぁあぁぁぁぁぁぁ‼」
グシュッ
そのナイフは、僕の頬を掠め、土の地面に突き刺さった。
「・・・なんで・・・」
そして、カレンはもう一度、持ち上げ、振り下ろす。もう一度、振り上げて、振り下ろす。もう一度、もう一度。何度も何度も、地面に向かってナイフを振り下ろし、そして、頬一筋の水が伝った。
「・・・・なんで、よ。なんで、殺せないのよ。なんで、なんで、なのよ・・・」
「・・・優しいからだよ」
そう言って僕は、カレンの頭を優しく撫でた。
「カレン、君は、自分より弱い敵を痛めつけることはしない。そして、友人や仲間の事は何より大切にする。その証拠に僕が困っていたら必ず助けてくれた。だから、今のカレンが敵に操られていても、きっとそれは変わらないって思ったんだ」
そう言って、僕はカレンを抱いた。
△
今から、数年前。私はエマとケンカした。些細な事だった。私が『無能力者』のエマを気にし過ぎて、余計なことを言ってしまったことにより起きてしまった。
ほんと、些細で馬鹿馬鹿しいケンカだったものの、しばらく距離をとっているうちに話さなくなってしまった。
(・・・・何してんだろ・・・私・・・)
そんな事を思いつつ、窓の外を見て日々が過ぎていった。
そんなある日の事だった。
「よぉ、カレン・・・」
「・・・あなたは・・・」
私に急に声をかけて来たそいつらはエマを無能力者だからとよくいじめる男三名だった。そいつらはSCを使って、エマを殴ったり、罵声をとばしたりと、最低最悪な男達だった。
「何か御用ですか?」
私は男達を睨みつけると、
「いや、何、たまたま目についたから声をかけただけだ。そう邪険にするなよ」
「邪険? まさか、今までエマにやっていたことを忘れろと?」
「はん、そうかよ。まぁ、俺らもお前らと仲直りしに来たわけじゃないしなぁ」
「・・・たまたま目についただけとも言っていましたしね」
「そうだなぁ。たまたま目についた、そのついでに・・・」
ボン‼
「・・・・んぐっ‼」
私はお腹を殴られ、地面に手をつく。
「・・・今までのお返しに来た」
そう言って、顔を上げた私に向けてニヤリと下品に笑う。
「・・・そう・・・です、かっ‼」
そう言って、私はSCを使って思いっきり男の腹をぶん殴る。しかし、
「・・・・はい、残念」
男は私の拳を受け止めていた。
「力は上がるSCみたいだが、遅いし、軽いな」
そう言って、私を蹴り飛ばした。
そして、倒れる私を、男たちは何度何度も踏みつける。不幸なことにここは比較的人通りが少ない道だった。
(・・・・ほんと・・・・何やっているんだろ・・・私・・・)
そう思いつつ、ここにエマがいなかったことを幸いに思った。こんなところエマには見せられないし、見せたくない。
そして、抵抗してもきっと人数的にダメだと思った私は、何度も何度も蹴られ、踏まれを繰り返した。そんな時、
「・・・・何してんの、君ら・・・」
前を見ると、そこにいたのは、
(・・・エ・・・マ?)
私は目を見開いて、驚いた。
「って、カレン⁉ なんで‼」
驚いた様子でエマは私に近づいてくる。
「・・・来ちゃダメ‼ カレン‼」
私は思いっきり叫ぶ。すると、一度止まって、
「な、来ちゃダメって、何でさ、カレン」
「来たら、またいじめられる。だから・・・‼」
私がそう言うと、エマは笑って、
「なんだ、そんな事か。なら、大丈夫」
そう言って、また近づいてくる。
「だって、僕がいじめられてたら君は助ける。なら、僕は君が困っていたら、助けるのは当たり前だろ。これまでも、これからも、それは同じだ。ただ、それだけだよ」
そう言って、微笑んだ。
「・・・・俺を無視して話すなんて泣けるねぇ」
「あぁ、君はいつの日か僕をいじめた人達じゃないか。そっか、そっか、君らが・・・・」
そう言って、エマは男を睨みつけて言った。
「・・・・失せろ、君らに用はない」
その時の出来事と場を凍りつかせるようなあのエマの表情は今でも忘れない。その後、エマは、泣いてこの前の事を謝る私をぎゅっと抱きよせ、
「いいよ、僕も怒る事じゃなかったし。それに、僕らは友達だし、人間だ。いろいろな考えがあるし、だから、争いも起きる。だけど、こうして抱き合う事も、仲直りすることもできる。でしょ?」
そう言って、私の目を見て、私に向かって微笑んだのだった。
そして、今。私の親友で大好きなエマは笑ってこう言うのだ。
「僕は戦わなければいけない。君をこんな風にさせる敵を倒さなければいけない。だから、そこをどいてくれるかな? カレン」
と。そう言って、あの時と変わらず微笑むのだった。私に向かって。




