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私がわたしを描く世界   作者: 宇槻 叶
1章
8/70

のーととげんじつのかべ

車から降りると、不審な顔をしたコンビニの店長と思われるおじさんから声を掛けられる。


「君、1時間以上もエンジンつけっぱなしで寝ていたんだよ! ここはね、コンビニなの。何か買い物をしてから居座るならまだしも、何も買わずに一番混む昼時に駐車だけなんてね、非常識にもほどがあるよ。」


「すみません、立ちくらみがして、起き上がれなくなってしまいました…。」


一応、間違いは言っていない。自分の意識が飛び、夢を見ていたのだから。


「そうなの? それなら…仕方ないかもしれないけど…これからはしないでよ、営業妨害だから。」


「大変申し訳ございませんでした。」


深々と店長にお辞儀をする。頭が垂れることなく、背中と同じ高さをキープする。正面から見ても、横から見てもしっかりと90°のはずだ。営業のクレーム処理で一番褒められるのは、弓道で学んだ、この礼の綺麗さかもしれない。


「本当に、いいもんだよね、生きてたからさ。目を開けて倒れてるってお客さんから聞いた時は本当に…」


店長は自分の業務に戻りながら、ブツブツと言っている。


目を開けたまま、倒れていた?

本当に意識を失っていたどころではないでしょ…


ただ、これ以上相手を引き留めては、状況が悪くなる気がして、店長がいなくなるまで礼の形は崩すことがなかった。いなくなったところで頭をあげ、状況の確認へと移った。


腕時計に目を落とすと、時刻は12:37を指していた。謎な電話を取った時から約1時間が経過していたことになる。ジャケットの内ポケットの膨らみを思い出した。中から社用のスマホを取り出す。着信が2件とメールが3件来ていた。


寝不足で運転席で寝ていたとしても、電話を取り逃がすことなんてないのに…。

本当に気絶していたのだろうか?

それとも本当にあの世界へ…。


「まさか…ね。」


そう呟きだけを残し、車に置いてあるカバンから財布を抜き取り、心配と怒りで見に来てくれた店長のいるコンビニへと昼食を買いに向かった。事態に身体がついていかず、お腹が空かないのと、次のアポイントまで時間がないこともあり、パウチタイプのゼリー飲料とお茶だけ買って店を後にした。


次の営業先へと運転する間も、あの世界のことが頭を離れなかった。向こうにいた時間は、昼から日が落ちるまでの大体6時間。

夢ならば、恐らく時間の経過はその程度が普通だろう。日常の感覚よりは、早すぎるか遅すぎるかのどちらかが多い。ただ、あの強い腕の痛みや、花の匂い、木々の音…全てが夢で感じるものではないと思った。別に、あの世界を信じたいと思っているわけではないが、今までの夢の感じとは違う気さえした。まして、一重の私が目を開いたまま眠るはずがない。


そうこう考えているうちに営業先についた。しかし、一向に集中出来ず、残りの4件を含め、ほぼ営業結果につながる話はなかった。終わった後で上司の顔が頭をチラついた。朝の約束を思い出す。深いため息しか出てこなかった。その矢先、スマホに着信が入る。


もしかして、女の子かも…と思い覗くと、『部長』の文字があった。


「最悪…車に隠しカメラでもついてる…?」


大きく息を吸い込み、全てを吐き出す気持ちで息を吐き切る。その間に4コールなった。留守電設定が動き出す一歩手前の6コール目でやっと出た。


「お前、今日の結果はどうだったんだ? どこか商品入らないと今月の目標達成しないよな?」


電話越しにも見えない圧力を感じる。


「申し訳ありません。本日、営業先でいい結果を掴むことができませんでした。明日に全てを詰め込む気構いで臨みます。」


冷静過ぎても相手を煽るだけとは思っていながらも、出来る限り冷静に対処する。部長からの続く圧力は、パブロフの犬の如く、私の涙を引き出してくる。ここまで毎日言われていれば慣れていてもおかしくないはずなのに、心がどんどん折れ曲がっていく。


「ふざけるな! 朝に私に約束したはずだろう? 生意気な態度を示していただけでも苛だたしかったのに、それで何も出来ていないなんて、本当にお前は役立たずだ!」


「申し訳ありません。」


「いつまで1年目の気持ちでいるんだ!」


「申し訳ありません。」


そのあとも、罵声は続いた。女を否定され、実績を残した仕事を否定され、生きていることさえ否定された。すべて反論せず、謝罪しか返さなかった。10分を過ぎた頃、部長が言い飽きたのか言葉をきった。


「お前に割く時間が勿体無い! 明日はないからな!」


やっと終わった。言葉の全てを飲み込んだせいで、喉のところまで何かが詰め込まれている感覚がした。うまく息ができない。吸い込むことができない。吐くこともできない。どうにか立て直すために、出来る限り息を吸った。そして、ゆっくり吐き出した。これを何度も続けた。やっと息が詰まらなくなってきた。


この後も仕事が残っている。会社に戻らないと…


そう思っているのに涙がポロポロと溢れ出す。昼間の涙で涙腺が崩壊しているのかもしれない。涙を止めてからでないと、戻れない。先程の部長からの電話が終わって、裏向きにして助手席に置いたスマホを手に取る。時刻はまだ18時過ぎだった。現在の青梅市から会社までは2時間弱。少しゆっくり休んでから戻ることにした。


心を落ち着けるために、黄緑色のノートを取り出し、サクラ姫の話ではなく、部長が殺し屋に殺害される話を書こうと裏表紙から開いた。ボールペンを取り出して、ペン先をノートに這わせる。インクがなぜか出てこない。インクが詰まったのかと思い、側にあった捨てるはずのチラシに試し書きをする。


問題なく、インクは出てくる。


『その本には、あの物語の中のことしか書けないわよ。』


不思議がっていると、あの電話の声がする。気がつくと助手席のスマホが煌々と光り、電話中になっている。


「なに? なんなの? 昼も…一体…」


『あなたは私で、わたしはあなた。よ。』


ブツン…ツーツーツー


妙な言葉だけを残し、彼女はまた音を隠した。


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