(重なり合う運命の詩)
ランレイが一番後方で周囲の警戒を強める。
彼女の耳は研ぎ澄まされた野生の動物のようにすべての音が入り込む。メルローが先頭で植物が作ってくれる道を辿りながら踏みしめる土の音。迷ったときは深くなり、軽快な時には浅い音に変わる。警戒心が薄いから乾いた木の枝をすぐに踏みつける。その度に睨みを効かせて注意するも彼には全く意味がなかった。
中央を歩くシャルはかなり慎重でルーキを担いでいるにも関わらず、音が乱れることはなくほとんど聞こえないくらいの足音で進んでいく。
彼女は2人の音を聞き分けながら全方向に意識を飛ばしている。植物の蔓がどう伸びていくのか、気配はどこにあるのか。鳥やねずみと言った動物たちの動きすら彼女はすべて理解していた。
―――前を歩くメルローの音が止まった。植物たちが道を開けるのをやめたのだった。足の付け根ほどまで伸びる草が彼らの邪魔をする。メルローが口を開く前に、彼女は大きく息を吐いてから声を上げた。
「追手は来ていないわ。一度、この辺りで止まりましょう」
「よっしゃ!」
メルローの緊張感が足りなすぎる言葉にランレイが「頭が痛い」と力なく呻く。一行は植物の根を踏んで、踏み倒さないように注意しながら斜め左の針葉樹の下へと動いた。シャルはその二人の間に入ることもなく、大きな幹にもたれかからせるようにルーキを降ろした。
しゃがみこむと一番背の高いシャルの身体も植物たちがすっぽりと覆ってくれている。簡単には見つかることはなさそうだ。
「それにしても、この辺りの植物たちはゲンダツバの奴らの支配下ではないのだろうか?」
肩を小さく回しながら、シャルが口を開いた。
「そうだよね!急に道を作らなくなったんだもん。きっとそうだよ!」
「考えたくもないけど、ユゴーが殺されたっていう可能性も否定できないわよ」
ランレイの言葉にシャルとメルローの顔が曇る。しまったと思ったのか彼女は言葉を続けた。
「でも、そんなもしも話をしていたところで埒が明かないわ。どこに行くかそれを考えないと」
「そうだな! きっとさっきもらった紙になんか書かれているはずだよな?」
ランレイは自分の荷物の中から4つ折りにされた紙を取り出した。中には綺麗な文字で文章がつづられている。少し引きつった笑みを浮かべながらメルローはランレイの頭上からそれを眺め、シャルは辺りを警戒している。ランレイは声にして読み上げた。
朝と夜の終わる方角に光がある
守るべきもののためにそれぞれが刀をとる
嘘と真実の狭間で咎人は口を開く
全てが偽の皮を失った時、すべての歯車は動き出す
「それで終わり!?」
メルローが大きな声を上げ、夜が明けかかっている澄んだ空に反響した。ランレイが「馬鹿!」と彼の右足の甲を叩く。あまりの激痛にメルローは悶絶してしゃがみこんだ。そのまま口を開きそうだったため、彼女は彼の後ろに回り込み、口元を両手で押さえつける。もちろん、彼は「何をするんだ」と言っているのが伝わるほど必死に抵抗している。
風が織りなすざあざあという木の音とその間を埋めるように鳴く数羽の鳥の声が聞こえる。ふうふうと荒い息を上げるメルロー以外、気配を消した。しんとした空気がより一層2人の警戒心を強める。数分が経ち、辺りから目を離さずに警戒していたシャルがランレイに異常がないことを手で合図して、やっとランレイが口を開いた。
「メルロー、本当に追われてる自覚を持ってよね……」
手を離されると、メルローの口から勢いよく空気を吸い込む音がした。少し青白くなった彼の肌に赤紫色の空が薄く色を付ける。肩を上下させて息を整えている彼を無視して、シャルは低い声で話し出した。
「この詩はゲンダツバがメルローに渡していたこれからの運命と言っていた内容によく似ているな」
「なにそれ、あんたそんなのあいつらからもらったの?」
やっと息が整ったメルローは不貞腐れた顔をしながらも、自分の鞄からあちらこちら折れてよれよれになった2つの紙を取り出した。黄色の字が書いてあることを光に照らして確認すると、ランレイに仕方なさそうに手渡した。彼女はそれをひったくるように取り上げた。
「でもよ、こっち読んでもわかんねえよ?」
今度はメルローも小さな声を出した。「黙って」というように右手の平をメルローの前に突き出した。
黒き世界から1人が消える
逃れた旅人は風を頼りに一人を探す
運命は血塗られた歯車
回り始めたら止めることはできない
「あんた、これ、なんて渡されたの?」
ランレイは紙から目を離さずに聞いた。
「え?……ばあちゃんが頼んでたかなんかでもらったんだよ」
記憶を辿ってもうまく思い出せなかったメルローがしどろもどろに答えるといい終えるのと同じくらいに「そうじゃなくて、これは何を示しているものか聞いてるのよ!」とぴしゃりと返ってきた。
「たしか、『あなたの運命だ』と言われていたはずだ。しかもこれからの運命だと」
声のした方向はメルローではなく、シャルだった。膝にルーキを乗せたまま、右手で顎のあたりを触りながら思い出す様に口を開いていた。
「ゲンダツバは運命を司るものだから意味は教えられないとも言っていた。……そういえば、ハイネ様はメルローの前回の内容を知っていると言っていた。それを言われたとき、ハイネ様はハッと何かに気づかれたような顔をしていた」
「つまり、この詩はこいつのもしくは私たちのこれからを言い換えているってことね……。確かに、メルローの2文目、ちょうど今のことみたいじゃない」
「これって……1つの文章って考えるんじゃなくて、1文ごとに考えるってことなのか?」
シャルが目を丸くして、頷いた。
「それはあるかもしれないな。……タイミングが異なるのかもしれない。」
「ねえ、こっちの2行目とユゴーからもらった1行目、もしかして組み合わせられるんじゃない?」
2つの紙を見比べていたランレイが声を上げた。2人に見えるように地面に置いた。シャルもルーキを抱きかかえて紙が見える位置まで動く。
「もともとこっちはメルローの、こっちはユゴーからもらった私たちの運命なわけでしょ?どっちにもメルローは入っている。つまり、この運命の言葉が関連しているところがあるって考えられるわけでしょ?」
「あ、確かに!」
「つまり、朝と夜が終わる方角にハイネはいるってことよ、きっと!」
「そうか!つまりどこだ?」
シャルとランレイがメルローの言葉に大きなため息をつく。
「普通に考えれば、西……ゲンダツバの西……つまりテンにいる可能性が高い」
「風の便りにっていうのはテンに入ることができないからカルラ族を使うもしくは誰かに聞けっていうことでしょうよ」
「あー……それならそうやって書きゃいいのにな」
「こんな奴の運命占うくらいならあたしの運命占ってほしかったわ」とランレイが小さくぼやいた。シャルもその言葉にその通りだというようにしみじみと頷いた。
「ほんとお前ら感じ悪いぞ!」
メルローがぷいっとそっぽを向く。その感じが特別面白いわけではないのに、気付いた時にはランレイとシャルは思わず笑っていた。そっぽ向いていたメルローも「なんだよー」と言いながら笑う。
全員の肩の力が抜けていく。白んでいた空に夕焼けのように赤い光が重なり合っていく。世界がまばゆい光を上げながら夜に別れを告げる。
「さあ、とりあえず、カルラに向かいましょう」
「そうだな」
「俺が言おうと思ってたのにー」
ルーキは変わらずにシャルの腕の中で眠り続けている。何かを待つように。運命の歯車が少しずつかみ合い始めるのを聞きながら。




