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私がわたしを描く世界   作者: 宇槻 叶
7章
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(絡み合う運命)


 暗雲が北側から城の上空へと向かって流れている。ただ、城の庭園は変わらない。辛うじて残る太陽が緑や祠の周りの泉を青く輝かせ、色とりどりの花々が美しく辺りを飾り付ける。小鳥のさえずりが聞こえる庭に少年と少女の楽しげな声が混じり合う。


 「キンナラにはキンナラ様っていう神様がいてさ、音楽が大好きなんだ。だから、みんな生まれたら親が子どもの楽器を作ってその子に渡すんだ」


「へえ! じゃあ、オルも持っているの?」


「うん! 俺のはね、横笛なんだ」


 腰につけている袋から紺地に赤い刺青のような線が入った笛を取り出し、少女に差し出した。少女は雪のように白く細い指でそれに触れると「綺麗」と呟いた。オルはまるで自分が褒められたかのように照れくさそうに笑い、袋へとしまった。


「祭りとか誰かの結婚式とかだとみんなで音楽を奏でるんだぜ」


「それは素敵ね。……テンにもそういうのあったらいいのに」


「テンは祭りとかないのか?」


「ええ、ないの。どこの街よりも暮らしは発展しているらしいのだけれど、誰も笑ったり、楽しんだりしないの。みんなキカイみたいに」


 少女は視線を地面へ落とした。長いまつ毛に浮かぶ小さな雫がきらりと光る。

 オルは「どうしたの? 大丈夫?」とそんな彼女を横から心配そうに覗き込む。


「ええ、大丈夫。ごめんなさい」


「ならよかった。……じゃあさ、聞いてもいい? さっきのキカイって何?」


「キカイっていうのはね、マナという力を利用して動くものなの。私たちの代わりにいろんな仕事をやってくれるのよ」


「勝手にやるのか? すごい、姫様の魔法みたいだなあ」


 どんなものなのか想像しているのか、オルはぽかんと口を開けている。少女はそれを見てまた笑いだした。


「きっと見た方が早いわね。……そうだ! テンに行ってみない?」


 パチンと両手を叩いて、今までにない大きな声を彼女は出した。その音で夢から覚めたようにオルは彼女に視線を戻した。


「え!? テンに?」


「そう! きっと初めてみるものがたくさんあるわ。オルがいてくれたら楽しそう!」


 少女は黄色の目を大きく見開き、輝かせた。オルは何かを口にしようと開いたが、口を閉ざし下を向いて少し考え込んだ。


「やっぱり……いけないよ。姫様の許から離れるなんて……」


「大丈夫よ! だってここには姫様を守る人がキンナラの人たちだけでなく、たくさんいるわ! 少しお休みしてもきっと大丈夫よ」


「でも……」と渋り、オルは彼女から目を逸らす。膝の上の固く握られた両手を彼女は包み込むように手を添えた。彼女の綺麗に結われた白い髪、細い首筋、優しく微笑む彼女の顔がオルの頭に張り付くように映りこんだ。


「オル? どこなの?」という声が2人の静かな世界に終わりを告げた。オルは手を振り払うように勢いよく立ち上がると声の方向を探った。


「オル?」


「俺、ここだよ」


 声にこたえると、キンナラの衣装に身を包んだハイネが祠と城を繋ぐ道を遮るようにして現れた。いつもより顔色が悪く、どこか焦っているようにオルには映った。


「ああ、よかった。オル。城中を探したのよ。ここにいたのね」


「ごめんなさい」


「……ハイネ様……?」


 ハイネが声の方へ視線を向ける。その視線の鋭さに少女は驚きながらも立ち上がった。


「あなたは……テンの……」


「マリアと申します。ハイネ様。お噂は拝聴しておりました。本当に美しい方なのですね。でも、髪が……」


「ああ、これ? 少し邪魔になって切ってしまったの」


 ハイネは笑顔を浮かべて何事もないかのように金色の髪を左耳にかけた。


「お似合いですが、とても美しい髪だったからもったいないですね」


「ありがとう、マリア。でも、今は気に入っているのよ」とマリアに答えると、オルに向き直して真剣な顔を浮かべた。

 オルに耳を貸すようジェスチャーをすると、左耳を差し出したオルに小声で耳打ちした。


「姫様たちのことで報告が入った。テンに向かうわよ」


 「え!? みんなに何かあったの?」とオルは耳打ちした意味をなさない素直な反応をしてしまった。これにはハイネは頭を抱えたが、深いため息をついた後、マリアの方に視線を向けた。そして、何か思いついたのか彼女にも聞こえるように言い直した。


「そうみたい。だから、姫様たちを追ってテンに向かうわよ」


「でも、城は平気なのか?」


「もう少なからず、ここに姫はいないという情報は噂されているわ。ねえ、マリア?」


 驚くオルには目も向けず、マリアに視線を向ける。彼女も初めは驚いたそぶりをしたが、驚いたのはあくまで視線を向けられたことだった。確かに彼女の周りでも姫たちの一行が様々な街を回っているらしいという噂がつい最近から流れ始めた。そして、確かに城で姫の様子を見ることが少なくなったと実感していたから。

 

 ただ、マリアの答えを待つ前にハイネはもう一言彼女に向けた。


「あなたも一緒に来てくれないかしら?」


「え?」


「あなたにぜひ、道案内をお願いしたいの。すべての事情は道すがら伝えるわ」


 マリアは驚いてオルの方を見たが、彼は口を魚のように動かしてハイネとマリアの顔を交互に見ているだけだった。一方でハイネは真剣な眼差しを痛いほど向けてくる。


「わかりました。……ですが、城での仕事が……」


「そのことなら、大丈夫よ。私の方から連絡しておきます」


「ってことは、みんなでテンに行けるってことだよな?」

 オルはやっと状況が分かってきたのか、言葉を発した。


「そういうことになるわね」とハイネが答えると、オルは楽しそうな笑顔を浮かべてマリアを見た。


「遊びに行くわけではないのよ、オル」


「わかってるって、ハイネ! でも、そうと決まれば準備しないと!」


 誰よりもぽかんとしていたオルが誰よりも先行して城の中へと向かっていった。あとに残された2人はそのことに思わず顔を見合わせて、2人で笑った。


「あなたが来てくれるの、本当に心強いわ」


 立ち上がったマリアの肩を抱き、2人はオルに遅れること数分で城の中に入っていった。誰もいなくなった庭の池から空気が漏れるような音が聞こえ出す。青く澄んだ池の水に赤い筋が全体に伸びていく。

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